2
一度、抗ったことがあった。
どうしても彼女の選んだ相手が、自分には許せず、その恋を止めようとしたことがあったのだ。
自分の恋心も、もちろんあった。だから、嫉妬と言われてしまえばそれまでだけれど、どうしてもその人物が気に食わなくて、最後まで彼女を説得し続けた時があった。
けれど結局、運命は変えられず。
彼女はその男と生涯を共に過ごした。
相当な苦労をすることは、目に見えて分かっていたはずだ。予想通り彼女は、いつも大変そうで苦労も絶えず、その男もとてつもなく面倒な人間で、最後まで自分は認められなかった。
幸せだと、彼女は笑っていたけれど。その男を選ばなければ、もっと幸せな未来があることを知っていたから、最後まで腑に落ちなかった。
「でも今回、カナリア様からここが乙女ゲームという世界だと聞いて、やっと腑に落ちたんですよね。必ずロビンは選んだ相手と生涯を共にするし、私の分かりやすい好意も全部分からなかったのは、鈍感だけじゃ済まされないですし」
「それで確信めいていると……。ですが、まあ、今回は色々変わりましたし、なんとかなるのではないかしら。貴方を好きになる可能性だってゼロではありませんわ」
「どうでしょうね。どれだけ止めてもあの男を選びましたし、私とのルートは無いですからロビンが恋愛対象として私を見れるかどうか」
拗ねたようにぶつぶつと文句を言うクロウが、その男を思い出しているのか、苛立ちを増幅させ、殺意が込もった目をする。
尋常ではない憎しみに、カナリアは絶対こいつだろうなと、馬鹿王子を頭に浮かべた。
「……それで? 最後まで許せなかったその男の名前は?」
「ホーク・アリア・トレ・パーチ。この国の王になる馬鹿王子です」
「あらまあ〜〜〜、でしょうねぇ〜〜〜!!」
予想的中。想像通り。 最早、笑えてしまう。
急に笑い始めたカナリアに、クロウは訝しげに眉を寄せるも、自分と同じ憎しみの込もった目をしていることに気付き、おずおずと口を開いた。
「前世では、あまり好きではなかったのですか?」
「前世の私は箱推しですから、当然好きでしたわよ」
「え、じゃあ何故そんなに……?」
「前世の感情を覆す程の嫌悪と憎しみが、私の中にあるということですわ。クロウさん、私あの男と幼馴染ですのよ」
「ええ?! うわぁ……それは、なんて言ったらいいか……うわぁ……」
「そうでしょうね、その反応でしょうね。気の毒で可哀想でしょうね、私!」
最終的に高笑いをし始めたカナリアは、クロウの反応に満足する。
クレインの時には無かった自分への同情と労りに、この反応が欲しかったのだと、彼女は馬鹿王子を頭の中で殴り飛ばしながら思った。
「私とは違った傍若無人の俺様ドS馬鹿王子。ゲームでも、そのウザったらしさは健在でしたわ。ロビンさんと出会ってからは、彼女に諭され、まともになってはいきますけれど、その優しさは身内にのみ! クロウさん、貴方はあくまで外の人間。それ相応の対応をされていたみたいですわね」
「ええ、まあ。ロビンの友人として、ある程度の扱いはされてましたけど。見下されてはいましたよ。まあ、王様ですから? 当たり前なのかもしれませんがね? 当然、腹は立ちましたけどね?」
ふつふつと湧き上がる怒りと憎しみに、二人が燃え盛っている。
最早、作戦会議なんて放り出し、これから次期国王の悪口大会が始まりそうだ。
「……このままですと、あの男の恨み言で明日の朝日が見れてしまいますわ。作戦会議の続き……というか、貴方の目標地点を明確にしましょう」
「そうですね、その方が良いです。私の目標地点ですか……」
「貴方の恋は、難しい恋ですわ。ロビンさんは貴方のことを信頼し、好意を持っているけれど、それは恋愛ではなく友愛」
クロウといつも一緒にいるロビンは、彼女を親友として信頼し切っている。初めて出来た友人で、自分をいつも励ましてくれる大切な人。
そんな恋愛対象外の大事な親友の本当の想いを知ったら、彼女はどう思うのだろうか。
予想はだいたい出来る。だからこそ、クロウは友情に逃げていると、言ったのだろう。
「彼女との関係を恋愛にしたいのか、それとも彼女の恋を邪魔し続け、親友として隣に居続けるように仕向けるのか。貴方はどうなさりたいの」
「私は……、もう誰かのものになるロビンは見たくないです。ただ、彼女の幸せの邪魔はしたくない。だから、本当に友情エンドが私の理想ではあるんですよね。恋が叶わなくとも、彼女の一番の理解者が私で、彼女の隣に私が居られるのなら、それで良いかな、と」
偽りのない真っ直ぐな瞳で言い切ったクロウにカナリアは、最初の頃と比べて随分と図太く素直になったものだわ、と、フッと笑みを浮かべる。
恋が叶わないことに、悲哀も未練も一切見られない。
何度も経験して、諦めて吹っ切れたのだろうとも思えるが、この言い方からして、彼女にとって本当に辛かったのは、ロビンにとって一番の理解者が自分では無くなることだったのだろう。
親友であることに変わりない。けれど、一番最初に頼る相手は、もう自分ではない。
彼女の隣で笑い合うのは、自分ではない。
「では、変わらず友情エンドを目指して、二人の邪魔をしていきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「……貴方も自分の幸せの為になりふり構わなくなりましたわね。良いと思いますけど」
「クレイン様には悪いと思いますよ。でも、彼もロビンの友人として、楽しそうにしているルートをいくつか見ていますから。王宮で活躍していて、ロビンや私と歌うこともありましたし」
「あら、楽しそうなことですこと」
「……今回は、カナリア様だって居ていいと思いますよ」
「貴方もしつこいですわね、追放されますわよ私は」
不服そうに視線を逸らしたクロウに、カナリアは微笑む。
クロウは作戦会議をする度に、自分を追放させない提案をしてくるのだが、その度にカナリアはそれを一蹴していた。
自分を引き止めようとするその姿は、いつも自分の決意を少し揺るがせる。
――嫌ですわね、本当に。目的が同じだけの仲間なのに。貴方は、そう思ってくださらない。
「そろそろレッスンに行きましょうか」
「はい」
二人、隣歩いて、いつもの第六音楽室へ向かう。
優しい二人が待つ場所へ、二人は笑い合いながら歩いた。




