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「あーら、ロビンさん。何かお探し? もしかして、あの汚れたハンドタオルかしら。あまりにも汚かったから、ゴミ箱に捨てておいてあげましたわよ」
「あっ、本当ですか? ありがとうございます、カナリア様! 捨てようと思ってたんです!」
「……あら、そう」
***
「ねえ、ロビンさん。先程、カナリア様が貴女のことをこの学園にいらない存在だとか、酷いことを散々言ってたわよ」
「カナリア様って、本当に傲慢で最低よね。ロビンさんが可哀想だわ、努力だってしているのに。レッスンでも酷いことを言われているんでしょ? あんな人の方が学園にはいらないわよね」
「……カナリア様のこと、悪く言わないでください。カナリア様は本当のことしか言ってないです。努力なんて皆してますし、私、全然まともに歌えてないですもん。あの方に認めてもらえるくらい、頑張らなくちゃ!」
「何故……」
***
「この音痴! 下手くそ! いつまでそのままでいるつもりですの?! 歌い出しで音を外し、ビブラートも汚らしい! そこで息継ぎするバカはいませんわよ!!」
「すみません! クレイン様、クロウ、もう一度お願いします!!」
「うん」「はい」
***
「何故ですの!?」
「わっ、急になんですか。静かにして下さい、ここ図書室ですよ」
眉間に皺を寄せ、人差し指を顔の前に出して静かにしろとジェスチャーをするクロウに、カナリアが不機嫌そうに口を閉じる。
放課後のレッスンまでの空いた時間、二人はロビンに適当な理由を付けて図書室へ来ていた。
定期的に行われている作戦会議をする為だが、溜まっていた鬱憤をカナリアは抑えきれず、吐き出してしまった次第である。
「それでどうしたんですか、カナリア様」
「どうもこうもおかしいんですのよ」
図書室のいつも使っている個室席に入り、イライラとしているカナリアにクロウが首を傾げる。
それにカナリアは、これでもかと眉間に皺を寄せて言葉を続けた。
「私、ロビンさんを虐めてますのよ。なのに、彼女からの私の印象が全く悪くならない! 何故私をあんなに信頼してますの?! 逆に怖いですわ!」
「……ああ、まあ、うん、はい」
「ここ三ヶ月間ずっと! 両親から入学した時に貰った大切なハンドタオルを他の学生が嫌がらせで捨てていたのを、私が捨てたことにしたり! 私を疎ましく思っている学生の前でわざとロビンさんの悪口を言って、遠回しにロビンさんに伝えたり! レッスンではあれ程、罵詈雑言を放っているのに! 何故ですの!!」
「落ち着いて、落ち着いてください、カナリア様。個室部屋だとしても外に聞こえます」
「クロウさん! 私はちゃんと悪役ですわよね!?」
必死な形相で自分の悪役ぶりを確認する令嬢を前に、クロウは腕を組んで、うーんと悩む。
その様子にカナリアは、眉間の皺を深くした。
「あのですね、カナリア様。言いづらいのですが、ちょっと初手で間違えてしまったかもしれません」
「は?!」
「最初の嫌がらせでロビンを助ける形になったじゃないですか。カナリア様の言葉で、レッスンを続ける感じになってしまいましたよね」
「で、でもあれは、後からまた虐めてますし、挽回出来てるはずですわ」
「その……、カナリア様の虐めって、なんというか、ちょっと違うんですよね。言葉はキツイけど言ってること正論だし、やってることは理不尽じゃないし、そもそも自分から虐めをしていないし」
「はい?」
訳が分からないとでも言うように、クロウを睨み付けるカナリアに、漆黒の令嬢は困ったように眉を下げた。
「つまり、カナリア様はロビンにとって目指すべき目標で憧れ。しかも、そんな存在が自分を気に掛けてくれているって感じになってます」
「意味が分かりませんわ!? ポジティブヒロインめ!!」
机を叩こうとしたカナリアの両手を、慌ててクロウが掴んで止める。
悔しそうに歯を食いしばる悪役令嬢に、クロウはどうしたものかと、気の毒そうにその姿を見つめた。
彼女の虐めは、今まで見てきたループのロビンには効果てきめんで、彼女から嫌悪されるには充分だった。他の生徒が行っていたロビンへの嫌がらせも、全ての元凶は彼女だと思い込む程には、彼女への印象は最悪だったのだ。
だが今回は、カナリアの行動によって様々な変化が現れ、ロビンからカナリアへの印象は大幅に変わっている。そして、それはロビンだけでなく、他の人間にも作用しているのだ。
「ロビンがポジティブなのは、もうずっとそうなので仕方ないです。ただ、クレイン様からカナリア様への印象が変わっているのも、問題ですよ。理由は言わなくとも、分かっていると思いますがね」
「うっ……、仕方ないでしょう! 王位継承権第二位の方からの要望を、バークライト家の人間は拒否出来ませんわ!」
「ふーーーん?」
「権力には屈しますのよ、私も!」
必死に弁解するカナリアに、嘘つきめと、全ての事情を聞いているクロウがシラケた視線を送る。
今までのループで、クロウは権力に屈する彼女を見たことなどない。寧ろ、権力に楯突いて、王族を敵に回したルートを見てきている。
そんな彼女が、王位を継ぐ気もない、妾の子のクレインにレッスンをしているこの現状。そして、クレインが彼女に好意的且つロビンとの会話では二人共に彼女を肯定しているこの現状。どこが悪役令嬢か。
「もしかして、カナリア様はクレイン様がお好きだったりしますか?」
「は?! 急に何言ってますの!? 有り得ませんわ!!」
「そうですか、二人きりでレッスンしたり、時々二人だけの空間を作っている気がしたので、お好きなのかと」
「ちょっと止めて下さる?! 私、色恋にかまけていられる程、暇ではありませんのよ! 婚約の話だって全て蹴散らしてますのにっ」
クロウの言葉に顔を真っ赤にして怒るカナリアは、声を荒らげて未だに自分の手を握る彼女の手を振り払った。
嘘ではないその様子に、クロウは静かに頷いて手を組む。むくれるカナリアから気まずそうに視線を逸らしてから、彼女は落ち着いた声で怒れる紅の乙女を宥めようと口を開いた。
「ごめんなさい、クレイン様は優しいし素敵な方でロビンも……好きですから。カナリア様も好きになっちゃったのかなって」
「あるわけないですわ、そんなことになったら四角関係になるじゃないですの。なんですの、そのドロドロ関係は」
「え、四角関係?」
「クロウさんは、クレイン様をお好きなんでしょう。私はその中に入ろうなんて思いませんわよ。そもそも、貴方とロビンさんの友情を成り立たせつつ、あなたの恋も成就させる為に私は動いていますのよ」
とてつもなく大変なのですからね、と、眉間に皺を寄せて言ったカナリアに、ポカンと呆けた顔をクロウが晒す。
その間抜けな顔にカナリアは目を丸くし、数秒二人の間に沈黙が流れ、そして、クロウが頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
「うーーーん、そうですよね。知らないですもんね。どこまで話しましょうかね」
「な、なんですの、その反応。私、おかしなことでも言いました? だって貴方、いつも失恋してたって言ってたじゃありませんの。今度こそ成就させたいんでしょう?」
「成就……成就は、したいですよ。したいですけど、きっと出来ないだろうって確信めいてもいるんですよね。だから、友情に逃げているというか……。もう、誰のものにもなって欲しくないから邪魔するというか……」
頭の中がはてなマークだらけのカナリアは、 クロウの言葉に、もしやと、冷や汗を流す。
今まで予兆はあった。引っ掛かる部分もあった。
けれど、ゲームの設定が頭にあったから、違うだろうと、決めつけていた。
だが、ゲームでもクロウの行動は不可解な部分が多く、彼女のこの言い方からして、今頭の中にある仮定が真実になろうとしている。
「四回ループをして、毎回失恋してますのよね」
「はい、そうです」
「失恋相手は毎回同じ相手ですの?」
「はい、そうです」
「貴方の好きな人は……ロビンさん?」
「はい、そうです」
――あーーーーーー!!!!!!
全員ロビンちゃん好きじゃないですの、ちゃーんと四角関係ですわ〜〜〜!!!!
ロビンちゃんハーレムじゃないですの、流石魔性の女〜〜〜!!!!
項垂れ、頭を抱えながら、ヒロインを心から賞賛するカナリアは、目の前の漆黒の令嬢へ視線を向ける。
彼女は乾いた笑みを浮かべ、自分の恋を遠い目で眺めていた。




