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シスター達が教会で賛美歌を歌っている。当たり前の光景だが、その当たり前は指揮者のシスターが指揮棒をあらぬ方向に投げた瞬間、変わった。
身廊部に吹っ飛んだ指揮棒など気にもせず、参拝者達へと体を向けた指揮者が体を揺らし、手拍子をしながら歌い始める。
聖歌隊席のシスター達も手拍子を始め、ピアノの隣ではサックスを吹き始めるシスターも現れた。
ジャズのリズムを取り入れた賛美歌は、たちまち参拝者を虜にし、彼らもシスター達と同じように体を揺らし、手拍子をする。
厳かな教会が一瞬にしてジャズハウスのような様相に変わり、皆が一体となって楽しげにリズムを刻み、歌う。
全てをひとつにしたその歌は、見ているこちらも手拍子をしたくなる程、心を弾ませる歌だった。
歌が終わり、記録石から映し出されたライブ映像が消えれば、共に見ていたクレインが興奮したように声を上げる。
「素晴らしい! とても素敵なアレンジです!」
「これは西の国の教会の映像ですわ。元々ジャズシンガーだった指揮者の方が、シスターとなりましたの。西の方では、週末は礼拝の日らしいのですが、子供達は毎回つまらなさそうで、それを楽しませる為にアレンジしたと聞き及んでいますわ」
「これなら確かに子供達も楽しいでしょうね。厳かな礼拝は、この国でも小さな子には難しくて、眠たそうにしていますから」
何度目かの金曜日。
いつもの王宮の庭園のガゼボで、カナリアのレッスンをクレインは受けていた。
今回は、他国の賛美歌についての勉強である。学園でも他国の歌は学ぶのだが、ひとつのジャンルに絞って詳しく教えてくれはしない。クレインの得意ジャンルである賛美歌は、世界で変化を遂げているのだが、彼はそれを知らないようだったので、カナリアがレッスンに組み込んだのだった。
「賛美歌は色々なジャンルと相性が良いですわ。今見せた西の国のジャズや北の方ではポップス、アコースティックでのアレンジもありますわね」
「そんなに……、僕の先生は教えてくれなかったなぁ」
「当たり前ですわ。この国は格式を重んじてますもの。私のラテンダンスも、初めは賛否両論でしたのよ。東の国では歌いながら踊るなんて、ポピュラーですのに」
「ああ、そういえば。今ではカナリア嬢のダンスも見慣れましたが、最初はとても驚きましたからね。ダンサー以外の方がダンスをするなんて、と」
「この国は役職が決まってますものね。それは、とても良い事ですわ。ただ、シンガーも耳だけでなく、目も楽しませる努力をしなければ」
「西の国の賛美歌のように、ですね」
頷いたカナリアに、クレインはにっこりと微笑み、テーブルに積み上げられた本を手に取る。
彼が読んでいる西の国の歌の歴史を纏めた本は、カナリアが歓談会で出会った西の国で活躍する歌手から贈ってもらったものだ。
彼女は、バークライト家の幼い娘に自身の娘を重ね、とても優しくしてくれた。もう交流は無いが、彼女はいくつもの西の国の話と本を、鳥籠の少女に贈り、自身が歌う姿を残した。聖歌隊を纏めるシスターとして、力強く楽しく自由に歌う姿は、カナリアの憧れのひとつである。
「クレイン様は古典的な賛美歌歌手ですわ。それは悪いことではありません。格式と伝統は守るべきものですもの。ただ、これを見てどう思い、何をしたいかが重要ですわ」
「何をしたいか、ですか」
「ええ、世界の歌を知ることで自分の知見は広がりますわ。それを自身の歌にどう反映させるか、それとも、反映させたくはないか、取捨選択が必要だと思いますの」
「なるほど」
顎に手を添え、何かを考え始めたクレインに、カナリアは静かに息を吐く。
彼はとても賢く、手の掛からない生徒だ。三学年首席の名は伊達ではなく、ひとつの事を教えれば、百の物事を考え、理解する。彼を教える歌手達が、優秀過ぎる彼を王宮に留めようとするのは、自然の流れではあるのだろう。
歌手を目指して世界中からこの国へやって来る人間も多く、そんな歌手憧れの国の代表格として彼がいれば、箔も付くというもの。
妾の子関係なく、彼ならば富、名声、権力、全てを手に入れることも難しくはない。
外の世界を知らなくとも、幸せになれるだろう。
「……でも、知りたいですわよね。鳥籠の外」
沢山の本をキラキラとした目で読む彼を一瞥し、カナリアは美しい庭園へと視線を向ける。
彼にレッスンをしていると、カナリアは少し気恥ずかしくなった。
沢山のことを教えてくれた先人達も、こんな気持ちで過去の自分を見ていたのだろうか、と考えてしまう。知らない世界を知り、自分の世界が広がって、嬉しそうで楽しそうなその姿。見ているこちらも嬉しくなってしまうが、自分もこんな顔をしていたのかと思うと、どうにも恥ずかしさが勝ってしまう。
「決めました、カナリア嬢。今度、試しにジャズのリズムを加えてみます」
「そうですか、取り入れますのね」
「はい。色々試してみたいですし、もしかしたら、僕は賛美歌よりジャズの方が得意かもしれませんからね」
いたずらっ子のように笑った彼に、カナリアも口角を上げる。
本を読むクレインの質問に答え、カナリアのレッスンが終盤に差し掛かった頃、ふと、クレインが『歌魔法とその歴史』と書かれた本を手に取って、思い出したかのようにカナリアへ話しかけた。
「そういえば、そろそろ合同合宿の時期ですね」
「ええ、そうですわね」
「一年生の皆さんは、どんな歌魔法が発現されるのか今から楽しみにしているのではないですか? この時期になると、一年生はそわそわし始めますよね。僕の時もそうでした」
「クレイン様、私はとうの昔に発現済みですわ。それに、その他の有象無象の様子など、微塵も興味ありませんの」
「……はは」
乾いた笑みを浮かべたクレインが、困ったように眉を下げる。スンっと澄ました顔をするカナリアは、そんな彼に肩を竦めた。
「カナリア嬢の歌魔法は、やはり火属性ですよね。バークライト家は代々その魔法ですし」
「愚問ですわ、クレイン様。バークライト家は、この国の暖と灯りを司っていますのよ。私の歌魔法は、国の灯りとして使用されていますわ」
「では、この王宮の灯りも貴女の歌魔法ですか。流石、バークライト家のご淑女だ」
「あら、クレイン様の光魔法も医療現場では大活躍なのでは? 王族の皆様は、貴重な癒しの光魔法をお持ちですものね」
「そうですね、重宝されていますよ」
にっこりと微笑むクレインに、カナリアは彼の持っている本の表紙を一瞥した。
歌魔法とは、その名の通り歌に宿る魔法である。
この世界の住人は、例外なく誰しも歌に魔力が宿っているのだが、歌を歌えば勝手に魔法が使えるというわけでもなく、世界中で流通している”歌を吸収する魔法鉱石”を介さねば、歌魔法は使用出来ない。今使用していた記録石も、記憶魔法を持つ歌い手が石に魔力を込めた事で、その力を発揮することが出来たのだ。
この世界では、歌魔法を込めた石によって生活や経済が回っており、歌魔法によって人生が決まるといっても過言では無い。歌魔法が役に立たないものであれば極めて恐ろしい世界だが、基本的には遺伝の要素が強く、人々は歌魔法に合わせた仕事をしている為、路頭に迷う者は少ない。
「合同合宿で毎回わざわざ儀式を行うなんて、面倒ではないのかしら。入学した時点でさっさと発現させれば良いですのに」
「歌魔法の発現には色々と国への手続きが必要ですし、魔法を発現している人間から魔力を注いで貰わないと発現しませんから、こればかりは仕方無いですね。それに、一年生が発現した魔法の種類によって、僕達が使い方や伸ばし方をサポートする為の合同合宿でもありますから」
苦笑いを浮かべたクレインに、カナリアはつまらなさそうに、「そうですわね」と頷いた。
歌魔法の発現は、他者からの協力と儀式がなければ、発現しない。何とも面倒な設定の魔法だ。
ゲームでは使うこともそこまでなく、重用ではなかったが、何故か無駄に設定は練られていた。
「まあ、ロビンさんが発現するか見ものですわね。あの下手くそな歌では、儀式が失敗しそうですけど」
「……カナリア嬢、何故そんなに酷いことを言うんですか。これまで儀式が失敗する事は、この国が出来てから一度もありませんよ。ロビンさんにもきっと、素敵な魔法が発現します」
「そうかしら」
個人の魔力を引き出す為、通常十六歳になる年に歌魔法の儀式を行う。この学園では、一学年から三学年の生徒を集めた合同合宿で、その儀式を行うのだ。
ゲームでは、経験値と好感度確認の為のイベントである。好感度の一番高い相手と儀式を行うことになり、経験値が基準に達すれば、ヒロインは魔法を発現した。
だが、基準値に満たなければ、魔法は発現せず、攻略対象者全員の好感度を大幅に減少させることとなる。
――私とクロウさんにとっては、それが一番都合が良いけれど。この時点で基準に達していないとなると、バッドエンドへの道も出てきてしまう。
難しいところですわ。
「本当にカナリア嬢は、ロビンさんへの当たりが強いですね。ロビンさんは貴女のことをとても尊敬しているのに」
「……はい?」
クレインの言葉に、考えていたことが吹っ飛んだカナリアが、苛立ちと困惑を込めた返事をする。
そんなカナリアを見て、クレインは笑った。
「レッスンが終わって、生徒会の仕事をロビンさんとクロウさんに手伝ってもらっている時、ロビンさんは貴女の話ばかりしてますよ」
「どうせ悪口でしょう」
「彼女は貴女を尊敬していると言っているでしょう。貴女の勉学の優秀さや実技での歌の完璧さ、自分のことのように、嬉しそうに話してますよ」
――なにそれ、幸せ過ぎますわ。録音してほしい。毎夜ロビンちゃんの言葉を聞きながら眠りたいですわ。
内心狂喜乱舞で頭の中がお花畑になっているのだが、カナリアの表情は心底気持ち悪そうにしている。
心で喜んでも、悪役は顔に出してはいけないのだ。
「なんて気持ち悪い。自分が何も出来ないからと、私に自己を投影し、逃げているのではありませんの? 周りから遅れている人間のすることは、いつも逃避ですわ」
「違いますよ。ただ憧れているだけです」
「それが逃避ですわ。憧れとは、その対象に自分は劣っていると認めているようなもの。憧れは捨て去るべきものですわ」
「……そうですかね、僕は憧れる人がいれば、自分への励ましや鼓舞にもなると思いますよ。その人のようになりたいという、モチベーションの保持にもなりますし」
「そうだとしても、結局劣っていると自分で認めているようなものですわ。憧れを超える気概を持たない限り、励まされる側にいてはスター歌手にはなれませんことよ」
カナリアの固すぎる信念と頑固さに、クレインが呆れつつも、これがカナリア嬢かと、諦める。
それに、彼女の言っていることは、正しくもあり、否定するのも違うような気がしてしまった。
これぞ人の持つ正しさの難しさかと、クレインは遠い目をして溜息を吐く。
「嫌ですわ、本当に。私がロビンさんのことを嫌っていると、あの方理解していないのかしら」
「おや、嫌っているのですか?」
「見ていて分かりませんの?」
「……ふふ、そうですねぇ。分からなかったです」
「はあ?! これだから、なんでもポジティブに捉えようとする人間は嫌いなのですわ!」
ふんっと鼻息荒く言い放ち、カナリアは眉間に皺を寄せる。
目の前の言葉と表情が強い令嬢を見据え、クレインは微笑みながら、彼女がわざわざ考え抜いて持ってきた沢山の本のひとつを開いた。
「慣れてしまえば、なんてことないんですよね」
「はい? なんですって?」
「いえいえ、このジャズの本をお借りしても良いですか?」
「次の金曜日には返してもらいますわよ」
「はい、ありがとうございます」
滲み出る優しさを言葉と表情で隠しながらも隠せていない令嬢に、クレインは嬉しそうに笑う。
そんなことをなにひとつ気付けていないカナリアは、ロビンにどうやって嫌われようかと、頭の中で戦略を立てていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第二章終わりです。
愛しのあの子は違うこの子で、もうひとりの愛しのあの子には、間接的に鍛えてる感じになりました。
矛盾も楽しそうな悪役令嬢で良かったです。
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遅筆ではございますが、どうぞこれからもよろしくお願いします。




