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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第二章『愛しのあの子を鍛えましょう』

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「うああああもうー!! 何故こうなりますのー!?!!」


 素直になれない弟が姉自慢をしている一方その頃、強くて格好良い自慢の姉は、部屋の中で情けない声をあげていた。

 ドッタンバッタン、大きな音を鳴らし、枕をベッドに叩き付けて叫ぶカナリアは、傍から見たら、いや見なくとも、狂気的で恐ろしい。

 髪を振り乱して、どうしようもない自分への怒りをベッドにぶつけている彼女は、いつもの彼女とは全くもってかけ離れていた。


「何してますの! 何してますの、私!

 何故レッスンをすることになってますの!? 馬鹿ですの、アホですの、私は何をしてますのーー!!!」

「おじょー」

「まだ待っていなさい! 私は今! 忙しい!!」

「はーい」


 カナリアの部屋の前では震えるメイドとジェイが立っており、カナリアの支度をしに来た二人は顔を見合わせる。

 金切り声と暴れ回る音を聞いているメイドは、すっかりと怯えてしまっていて、ジェイは眉を下げた。


「支度さー、オレが手伝っとくから戻っていいっスよ」

「で、でも、着替えは私がやんなきゃだし……」

「大丈夫、大丈夫。オレ、最近までお嬢の着替えの手伝いしてたし、お嬢はひとりで着替えくらい出来るしさ。任せて戻っちゃってー。怖いっスよねー」


 涙目でブンブン首を縦に振るメイドに、ジェイはにへらと笑う。

 落ち着きを取り戻したメイドは、この地獄から逃してくれる同僚の庭師に、最上級の感謝の気持ちを告げた。


「ありがと、ジェイ! この前、アンタが欲しがってた花の種、アタシのツテを使って手に入れてやるからね!」

「マジ? やったー!」

「じゃ!」


 言うや否や一目散に去っていたメイドの背中を見送り、ジェイは閉じられた扉から未だに聞こえる怒り声に、溜息を吐いた。


「何がしたいんですの、私は!! もう訳が分からない!!」


 ベッドに枕を投げ付けて、はあはあと息を荒げるカナリアは、大きな鏡台に映る自分を見る。

 ボサボサの髪にギラリと光る瞳。凄まじい風貌の自分に、誰これ?と、驚いて冷静になれば、カナリアは息を深く吐いた。


「落ち着きなさい、カナリア・バークライト。

私は幼い時から火の女神と喩えられた世界一美しい天才で秀才な完璧歌姫。全てを蹴散らし蹴落とし高みで笑うのが、この私」


 凄まじい自画自賛を披露し、カナリアは前髪をかきあげ、長い髪を後ろへ流す。

 目を瞑りながら、静かに長く深呼吸をして瞼を上げれば、そこにはいつもの美しい自分が映り、カナリアは口角を上げた。


「ここ最近、色々と立て続けにイベントが起きていたせいですわ。それに、前世の私のこの忌々しい記憶……。この記憶のせいで暴走が止まらず、おかしな事になってますのよ」


 鏡台に近付き、カナリアは自分自身を見つめる。


 ここまで才能を磨き、今も尚、努力をし続けている”バークライト家の娘”カナリア・バークライト。

 ロビンという名の”主人公”の快進撃に恐怖し、それを止めようと嫌がらせをして虐め抜く”悪役令嬢”カナリア・バークライト。

 ロビンの努力や素直さを愛し、クレインの孤独と寂しさに共感し、二人の幸せを願う”前世の記憶を持つヒロインガチ推しカプ厨”カナリア・バークライト。


「前世……っ!! お前が諸悪の根源っ、前世の記憶……っ!! カプ厨が増えているじゃないですのっ!!」


 鏡の中の自分を指差しながら、カナリアが憎しみの籠った視線を自分自身に向ける。


 ヒロインガチ推しならば、その相手も推しになるのは、この世の摂理。

 ロビンガチ推しクレロビ派の箱推しが、カナリアの前世である。


「悪役令嬢として役割を果たそうとしても、お前のせいで全てがぶち壊しになりますわ。

 そもそも私は、こんな記憶がなければロビンちゃんが一番嫌いなタイプの人間ですのよ。へらへらとして、親に愛されて育った世間知らず。夢だけご立派なゆるふわ系、腸が煮えくり返る!」


 ズビズビ、鏡を人差し指で突き続けるが、鏡の向こう側の自分に当たる訳もなく、カナリアの人差し指に地味なダメージが蓄積される。

 だが、どうにも怒りは収まらず、鏡を攻撃し続けた。


「記憶があるから、なんか助けたくなってしまうんですわ……! 大嫌いなのに、大好きで頭がおかしくなりそう! お前のせいで!!」


 微笑むロビンが頭に浮かべば、その可愛さで考えていたこと全てが吹っ飛んで、頭の中は好きという言葉だけが埋まる。

 今までの自分の好みも全て投げ飛ばして、ロビンにだけは、尊い、好き、愛してる、それしか残らない限界オタクになってしまう。

 記憶がなければ、手助けもしたいと思わず、叩きのめすだけ叩きのめすことが出来るというのに。


「クレイン様に至っても、昨日の体たらくはなんですの?! クロウさんの為に、友情エンドにさせなければいけないのに、レッスンの後押しに彼の能力向上レッスン、しかもこれって間接的なロビンちゃんへのレッスンじゃないですの……っ!!」


 クレインの孤独をバークライト家の娘は、嫌という程理解していることに加えた前世の記憶ブースト。

 こちらは弟が居たからまだ持ち堪えられたが、彼は今の今までひとりぼっちで、漸くかけがえのない存在を見付け出せたのだ。その二人を引き裂こうなど、カプ厨は黙っていない。


「アリア祭のトリだって、バークライト家の娘である私は譲る気なんてさらさらないですけど、悪役令嬢と前世の私は奪われることを望んでいますわよね!?

 無様に負けて中指突き立てられながら追放され、これぞ悪役という形で退場したい悪役令嬢と、奪われた方があの子の幸せの近道だと知っている前世!

 けれども私は、”バークライト家の娘”である私は、ぜっっっったいに嫌ですわ!!!」 


 終いには、鏡台の鏡部分を掴み、ガタガタと揺らし始める。鏡を睨み付ければ、あちらの自分もこちらの自分を睨んでいて、もっと腹が立った。


 矛盾と分離が激しい自身の心に、カナリア自体が追い付けておらず、彼女の頭は混乱状態だ。

 

「何を睨んでますの?! この私にガンを飛ばすなど、百万年早いですわよー!?!」


 鏡台がグラグラ揺れ、引き出しは勢いよく飛んでいく。化粧品は床に散らばり、ベッドはぐちゃぐちゃで、カナリアの部屋は見るも無惨な光景だ。


「はい、お嬢。ストップ」

「はっ?! ちょっと、ジェイ! 貴方、なに勝手に部屋に入ってますの!?」

「どうどうどう。ちょっと落ち着こうねー、お嬢。さあ、お椅子に座りますよー」

「はな、離しなさい、ジェイ! ちょっ、力強っ……!」


 暴れていた自分の主を羽交い締めにしたまま持ち上げ、ジェイはカナリアを椅子に無理矢理座らせる。

 鼻息荒くフーッフーッと、興奮している彼女に、淡く光る紅い花を目の前に置いた。


「ほら、お嬢見て。昨日、王宮の近くに生えてた花っスよ。パチパチ光ってキレイっスよね」

「ひ、かり花じゃないですの。珍しいですわね」

「ねー、人口じゃ絶対に咲かない花っスから。坊ちゃんもビックリしてましたよ。それで、沢山摘んでくって坊ちゃんがいっぱい摘んでたんで、お裾分け」

「……そう、ヒバリが。本当にあの子は、小さい時から花が好きですわね。こうして私に余り物を渡すくらい、いつも花ばかり摘んで……」


 深く息を吐いたカナリアは、一本、紅の光花を手に取る。

 小さな弟が草むらで花を摘んでいる姿を想像すれば、無意識に笑みが溢れた。


「落ち着きました?」

「ええ、ありがとう。けれど、昨夜ヒバリを放置したことは許しませんわよ」

「げぇー、坊ちゃんは許してくれたんだから、お嬢も許してよー」

「私は花くらいで絆されませんわ。よくも私の可愛い弟より庭なんかを優先しましたわね。罰として、一週間の物置部屋掃除ですわ」

「ちぇー、庭師の性っスよ〜」


 唇をへの字に曲げて眉を下げるジェイに、カナリアは先程までの猛烈な怒りが収まっていくのを感じた。

 そんなジェイはカナリアから光花を受け取り、それを花瓶に挿して、既に沢山の花が飾られている棚に置く。小さな花畑を見ながら、満足気に頷く彼を見つめ、カナリアは目を細めた。


「お嬢、早く支度しましょう。もう学園に行く時間っスよ。オレ、片付けときますから」

「……ええ、そうね」

「あっ、着替え手伝いますか? はーい、バンザーイ」

「ちょっと、子供扱いしないで! 私もう、そんな歳ではありませんわ!」


 顔を真っ赤にして、またもや怒りが戻ってきたカナリアに、ジェイはけらけらと笑う。

 物心ついた時から自分の世話を片割れのメイドとしてきた庭師に、気高き紅の女神も形無しだ。彼らの前では、天才歌姫もただの普通の少女にされてしまう。

 溜息を吐きながら、ネグリジェから制服に着替えたカナリアは、片付けに集中するジェイを横目にぐちゃぐちゃの鏡台の前に座った。


「はいこれ、化粧品とメイク石」

「髪は貴方が梳くのよ」

「はいはい、こっち片したらやりますよー」


 散らばった化粧品を拾い集めるジェイの様子を鏡越しに眺めながら、カナリアはピンク色の丸石の上に化粧品を置く。

 すると、丸石は光り輝き、置いてあった化粧品を使って、カナリアの顔にメイクを施した。


「ジェイ、髪」

「分かってますってばー、誰のせいで片してると思ってんスか」

「髪」


 呆れた顔で鏡台の引き出しを元に戻し、櫛を手に取ったジェイがカナリアの滑らかな髪に触れる。

 さらさらと手から落ちていく柔らかな髪を梳きながら、メイドの真似事をする庭師が唇を尖らせた。


「オレ、もうお嬢のお世話係じゃないのに」

「来てたメイドを帰らせたのは貴方でしょう」

「お嬢が怪獣みたいに暴れてたからっスよ。何の癇癪起こしてたんスか。昨夜はステージも大盛況だったって、マグパイ言ってたハズなんスけど。ステージ終わった後、特別ゲストに何の厄介事を押し付けられたんスか」


 優しく髪を梳くジェイの丸い漆黒の瞳を見返す。いつもはのらりくらりのんびりまったりなくせに、こういう時に限って、マグパイと違った鋭さを持っている。

 姉と違い想像力豊かで観察眼に長けている彼は、推理力が並外れているのだ。彼に隠し事は難しい。


「彼にレッスンをすることになりましたのよ。本当は、受けたくなんてなかったですのに」

「ありゃ、ただでさえ忙しいのに。お嬢は自分を虐めるのが好きっスね」

「忙しさなんて、私にとっては当たり前過ぎて自分虐めにすらなりませんわ。レッスンをすること自体が、問題なんですのよ」

「ほう?」

 

 きょとんとしながらも、こちらの真意を探るような漆黒に、カナリアは言葉を続けた。


「このレッスンをすることによって、私が虐めなければならない子を間接的に成長させてしまうことになりますし、彼への……クレイン・ホワイトへのあの子の好意や信頼も増えるというもの。最低最悪の選択ですわ」


 げんなり顔のカナリアの髪を、ジェイは梳いていく。何かを考えるように無言だった彼は、ハッとして目を見開いた。


「三角関係!? 虐めなきゃいけない子って、一目惚れの子っスよね!」

「そうだけど、ちが……ちが、くない……? いえ、違いますわよね。私、一応、応援……しちゃダメでしたわ。違う違う、えーと、何したいんでしたっけ」

「お嬢、何言ってんスか」

「うるさいですわね! 私だって何したいか分からないんですのよ! とりあえず、二人が仲良くなるのは良いですけど、恋人同士になるのは断固反対なんですの!」

「ほえー」


 間抜けな声で首を傾げるジェイに、こっちだって首を傾げたいですわよ!と、心の中で叫ぶ。

 自分のやりたいこと、しなければならないこと、全てが心の中で衝突し、頭の中でグルグルと回っている現状では、いつも前だけを突き進む彼女ですら、立ち往生してしまう。


 眉間に皺を寄せ、グッと唇を引き結ぶカナリアに気付いたジェイは、その姿を数秒見つめ、優しく頭を撫でた。


「お嬢、気分転換しましょーか」

「は? 急になんですの」

「髪型変えましょう。どんなのが良いっスか? 久々に髪上げましょうか」

「え? いつも通りで良いですわよ」

「ダメダメ、なんか煮詰まったなら、一回いつもと違うことしなきゃ。そんで、頭じゃなくて口に出してやりたいこと、言ってください」


 にかりと、歯を見せて笑ったジェイに、カナリアは目を丸くする。


 口に出す。どこまで? どこまでなら話せる?

 頭と心の整理をしなければ、立ち止まったままだ。そんなの、カナリア・バークライトではない。


「髪は上げますわ、貴方の好きにしてちょうだい」

「はい、了解」


 大きな手がカナリアの髪を撫でるように集め、慣れた手つきで動き始める。

 そして、彼は片手で彼女の肩をちょんっと優しく触れた。それに少女は堰を切ったように、いつも相談事をしている彼に話し始める。


「好きだけれど、仲良くなりたくはないんですの。あの子の幸せを願っているけれど、その中に私はいらない。あの子の世界に、私はいらない。嫌われて、あの子の前から消えることが目標ですわ」

「……うん」

「クレイン様も、同じ。助けたいと思うけれど、それは私の役目では無い。同じ痛みを持つ仲間だとしても、私と彼では、ただの傷の舐め合いですわ。意味の無い関係。そんなの私と彼には必要ない。……でも、鳥籠だけが世界の全てでは無いと、伝えたいですわ」


 ぽつり、ぽつりと、カナリアは話す。頭の中の考えと心の中の想いを整理しながら、彼女は自分のやりたいことを見つけていく。


「クロウさんとの約束は、必ず果たしますわ。あの方は、ずっと終わらない孤独と苦しみの中にいますの。自己犠牲の精神を持ち過ぎていますし、彼女の幸せを彼女自身が掴めるように、尽力しなければ。彼女を助けられるのは、私しかいないですわ」


 拳を握ったカナリアの瞳に炎が灯る。

 それにジェイは気付き、口角を上げた。


「何言ってんのか全然分かんないスけど、なんか整理出来た感じっスか」

「そうね、まあ、どうにでもなれという感じですけれど。矛盾も仕方無い」


 呆れたように肩を竦め、カナリアがニヤリと笑う。いつものカナリアに、ジェイも目を細めた。


「それで、どうするんで?」

「あの子を虐めて嫌われながら、クレイン様にレッスンをしつつ、あの子との仲を邪魔し、クロウさんの望みを叶えますわ。そして、私はアリア祭のトリをしようがしまいが、あの子の前から消えますの」

「……そっかー、頑張れお嬢」

「ふんっ、言われなくとも」


 胸を張ってドヤ顔をするカナリアは、スッキリとした心持ちで自分自身を見る。

 どれだけ愛する気持ちが暴走したとて、目的は変わらない。

 自分の世界を変える気はない。


「出来ましたよ。見て見て、おはなー」

「あら、器用だこと」

「お嬢、小さい時からこの髪型好きでしょー」

「……もう子供では無いけれど、そうね、好きよ」


 頷いたカナリアに、ジェイは満足そうに笑い、そして、鏡越しにカナリアを見つめる。


「お嬢、オレよく分かんないっス。お嬢が何をしようとしているのか、何がしたいのか。でも、お嬢はお嬢の好きなことをして下さい。オレとマグパイは、何があってもお嬢の味方です」

「……その忠誠、いつも助かりますわ」

「んー、忠誠っていうかさー、まあいいけどさー。でもまあ、お嬢が助けを呼べばすぐに行きますよ」

「ふふ、分かりましたわ」


 嬉しそうに目を細めて笑ったカナリアは、立ち上がる。部屋から出て行く笑顔の主を見送る庭師は、静かに頭を下げた。


「私は全ての野望を達成致しますわ。好きなら好きに、心のままに。けれど、追放と断罪は必ずさせてみせる。あの子に嫌われてみせますわ」


 彼女は前を向いて進む。

 とうの昔に決まっている覚悟をもういちど引き締めて、地獄の道を目指して突き進む。


「私は悪役令嬢カナリア・バークライトですわよ!」


 ***


「わあ、カナリア様! 今日の髪型とっても素敵ですね、綺麗なお花です〜!」

「………………ちゅき」

「え? なんて?」

「馴れ馴れしいですわよ、音痴!! 私に近寄らないで!!」

「ひえ、ごめんなさい……」


 意気揚々と宣言しながらも、学園について早々のヒロインからの褒め言葉と可愛らしい笑顔にノックアウト寸前である。

 悪役令嬢の前途は多難だ。




 

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