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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第一章 『お相手を見定めましょう』
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「カナリア様、私達とお食事でもいかが?」

「いや、俺達とカフェテラスに行きませんか?」


 目の前で自分の意思も聞かずに繰り広げられる自分の取り合いを、カナリアは心底冷えた目で眺めていた。


 長い入学式を終え、カナリアが自分のクラスへと行けば、クラスメイト達はカナリアの姿を見た途端、様々な思惑を分かりやすく表情に見せた。

 羨望や嫉妬、獲物を見付けたと喜ぶ顔も嫌悪の顔も、全てありありと、だ。

 だが、カナリアにはそんな視線は慣れたもので、堂々と自分の席に座り、ふんぞり返っていた。

 そして、自分の席の右斜め前の席に座る亜麻色の髪の乙女に、心臓をこれでもかと高鳴らせていたのだが、昼食を知らせる鐘が鳴った途端、物凄い勢いで自分の周りを囲ったクラスメイト達に辟易とした。


 ――私に取り入ろうと必死になるこの浅はかで愚かなクラスメイト達と昼食?する訳ないじゃない。

 そんなことを考えながら、カナリアは未だに言い合うクラスメイト達に眉間に皺を寄せる。


 カナリアは、音楽貴族一家の令嬢である。

 その音楽の才能は王族にも気に入られている為、貴族の中でもかなり地位は高い。

 それに、歌手を目指す野心家達にとって、バークライトの人間は音楽業界に太いパイプを持つ権力者だと知っているはずだ。

 だから、こうして必死にカナリアと“お友達“になろうとする。

 そんなものには、飽き飽きしているというのに。


「ピーチクパーチク鳴き喚くのは止めて頂ける?」

「えっ?」


 自分の目の前で喚く煩いクラスメイトを、カナリアが見据える。

 その燃えるような色をした瞳から繰り出される氷点下並みの冷たさに、騒がしかった教室も一気にシンっと静まり返った。

 チラリと右斜め前を誰にも気付かれないように盗み見れば、そこに彼女の姿は無く、それがまたカナリアの怒りを増幅させる。


(わたくし)、耳に痛いくらい煩く喚く鳥って大嫌いですの。だって、美しくないし、そんな音痴と一緒に居たくないでしょう?」


 無表情で淡々と言い放ったカナリアのその辛辣さに、クラスメイト達が息を呑んだ。


 前世の記憶が戻ったからといって、カナリアの性格が変わることは無かった。

 プライドが高く、我儘で世界は自分の為に回っている彼女にとって、ただただ目の前で騒ぐクラスメイト達は、そこら辺の名もすら知らぬ鳥と同等かそれ以下である。

 前世の記憶が戻ったとしても、カナリアはカナリアであり、ゲームと同じ性格のままだ。

 というか、十数年ずっとこの性格なのだから、今更変えることなど出来はしない。

 路傍の石と食事を共にするなど、その頭の中に一片もありはしないのだ。


「私、先約があるので失礼しますわ」


 紅の髪を靡かせて、カナリアはスタスタと静まり返った教室から出て行った。

 その足は食堂へと向かわず、迷いなく校舎裏へと向けられる。


「ああ、最悪ですわ。この入学式の昼食時間が初めてのイベントだというのに……っ!!」


 きょろきょろと周りを見渡しながら、カナリアはある場所に目を留め、先程の般若顔から一転へにゃりとだらしなく口角を上げた。


「ロビンちゃん……すぐ行きますわよ!」


 性格は変えられはしなかったが、この気に入ったものへの執着心は前世のものだろう。

 ロビンに対する想いの重さが凄まじい。

 およそ名門一家の令嬢とは思えない勢いで、カナリアは走り出した。


 ***


「こんな所で一人でどうしたんだい?」

「え、えっと……」

「自分のクラスが分からなくなった?」

「あの、その……」


 五人の男達に囲まれてあわあわと困り果てた様子のロビンを、カナリアが離れた場所でそっと覗き込む。

 ああ、ロビンちゃんの困った顔とっても愛らしいわ……!!!なんて、恍惚としながらロビンを穴があくほど見つめるカナリアが、その状況にやはりと冷静に思った。


 入学式を終え、ロビンは自分のクラスへと行くのだが、すぐに彼女は尻込みしてしまう。

 自分のクラスには、雑誌やCMで見た事のある沢山の優秀で有名な歌手のたまご達が大勢いたからだ。

 オーディションに合格したとはいえ、まだまだ無名で何の成果も出しておらず、しかも人前では歌えない自分が恥ずかしくなり、彼女は逃げ出したくなる。

 そして、天性の歌姫とまで言われるカナリアの登場に、彼女は昼休みにクラスを飛び出して誰もいない校舎裏へと逃げるように向かうのだ。

 一人寂しげに俯く彼女に、偶然居合わせた生徒会メンバーが話し掛けるのが、今まさに起きているこのイベントだろう。

 因みに、生徒会メンバーが主にこのゲームの攻略対象であり、簡単に言えば攻略対象の紹介イベントである。


「だけど、このイベはそれだけじゃないんですわよね」


 ニヤニヤとしながら、弾む心でカナリアが呟く。

 すると、徐ろにロビンが立ち上がり、歌い始めたのだ。


 ――キターーーーーー!!!!!


 思いっ切りガッツポーズをした令嬢らしからぬ行為をするカナリアが、その歌声を逃すまいと耳を澄ませる。

 緊張しているのか辿々しく、今にも消え入りそうなか細い歌声に、カナリアはじんわりと感動しながら思った。


「……聞くのも耐え難い程の音痴っぷりですわ」


 人前では歌えない程のあがり症のはずの彼女が、彼らの前でいきなり歌うことになるのだ。

 そりゃこんな悲惨なことになるだろう。

 ゲームでは、もっとちゃんとした歌声で歌われており、これがOPテーマとなっているのだが、実際はこうなっていたとは。

 このイベントでのロビンの歌声を聞いた後の生徒会メンバーが、苦々しい顔をしていた訳が漸く分かった。

 これは酷い。酷すぎる。


「でも、これで攻略対象者との接点が生まれるんですわよね」


 このイベントによって、生徒会メンバーが彼女に協力することになる。

 そこから友情を育み、恋愛へと昇華するのだが……。


「さて、ロビンちゃんが選ぶ殿方は誰なのかしら」


 ドS王子様から気弱なお坊ちゃままで選り取りみどりだ。

 カナリア的には、生徒会長でもある優しさの塊クレイン・ホワイトがおすすめなのだが、これは今後のロビンの動向次第であろう。

 彼女が誰を選んでも、結果は幸せな未来だ。

 だから、安心して見守ることが出来るというもの。

 そして、盛大に邪魔ができるというものだ。

 ニヤリと、カナリアがロビンを見つめる。


「そこで何をなさってるんです?」

「えっ?」


 突然、自分の後ろから聞こえた声に、カナリアが驚いて振り返る。

 そこには漆黒の美しく長い髪の女子生徒が、カナリアを怪訝そうに見つめていた。

 髪と同じ色をしたツリ目がちな漆黒の瞳に、カナリアがはたと気付く。


 クロウ・ゴッドスピード。

 主人公ロビンの親友ポジションの少女である。

 入学した日にロビンと仲良くなり、ロビンにとって一番最初に出来た友人だ。

 ツリ目がちでキツイ印象を与えるクロウだが、実際はただの口下手のツンデレキャラだった。

 カナリア的には本当はこのポジションが欲しかったのだが、生憎の悪役ポジションである。

 それに、この親友ポジションはカナリアには務まらないだろう。

 何故なら、彼女は三角関係用のキャラクターだからだ。


 悪役令嬢カナリアをやっと乗り越えて、ロビンとその想い人との気持ちを確かめ合う為に用意された最後に立ちはだかる壁。それが、入学してから今までロビンを応援し続けた親友クロウ・ゴッドスピードである。

 最後の最後になんていうドロドロで重いストーリーを用意しているんだ公式は、と当時は話題になったが、クロウの今までの意味あり気な表情や言葉に、これで全てが腑に落ちたものだ。

 だがそんなドロドロ三角関係かと思いきや、カナリアと違って、彼女はすぐに身を引いて両思いになった二人を祝福する。

「めそめそした貴女を見ているのが、面倒になっただけよ」なんて、強がりな祝福の言葉を掛けるクロウに、大勢のプレイヤーの涙腺が崩壊したのは言うまでもない。

 ロビンとその想い人の仲を深めさせ、ロビンとの友情を貫くその姿は、涙ぐましいものがあった。


 目の前に立つ黒髪の美少女を見ながら、カナリアが悪役で良かったかもしれないわね、と思う。


 ロビンちゃんを好きになってしまうならまだしも、彼女の想い人を好きになってしまうなんて、私には出来ないもの。


「貴方こそこんな所で何をしてらっしゃるの、クロウさん?」

「質問を質問で返さないで下さい、カナリア様」

「あら、冷たい言い方ですわね。少し学園内を見て回っていただけですわ。

 そうしたら、耳障りな鳴き声が聞こえたので、どこの小鳥が喚いているのかしらと覗いていましたの」

「……そうですか」


 カナリアの辛辣な発言に、クロウはピクリと眉を動かした。

 カナリアの視線の先にいるロビンを見付けたからだろう。

 クロウがこの場にいるのは、急にいなくなったロビンを探す為だったはずだ。

 本当は、この場にカナリアはいないはずだが、見付かってしまったのなら仕方ない。

 さっさとこの場を去ろうと、クロウの横を通り過ぎた。


「お待ち下さい」

「……何かしら?」


 カナリアが、面倒臭そうにクロウを横目でチラリと一瞥する。

 クロウはカナリアを睨み付けながら、口を開いた。


「私の友人を侮辱しないでいただきたい」

「あら、本当のことを言ったまでですわ」

「あの子は、まだまだ未熟ですが、素晴らしい歌姫になれる素質を持ってます」

「まだ出会ったばかりなのに、よくそこまで言えますわね?」

「……出会ったばかりではありませんから」

「はい?」


 ボソリと呟かれた言葉に、カナリアが目を丸くしてクロウへと顔を向ければ、彼女はもう歩き出していた。

 その凛とした後ろ姿を呆然と見送りながら、カナリアは首を傾げる。


「出会ったばかりではない……?」


 意味あり気なこの言葉に、カナリアは眉間に皺を寄せた。



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