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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第二章『愛しのあの子を鍛えましょう』

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 幻想的で美しい小さな箱庭の中、大きな月が淡く二人を照らしている。

 ガゼボの下、見つめ合う男女。咲き誇る花の香りは甘く、ロマンチックなムードは満載。

 また、男の方は頬を染め、嬉しそうに笑っており、第三者がこの様子を見れば、二人の(ひめ)やかな逢瀬(おうせ)と思うことであろう。


 女が冷や汗を流し、これでもかと、眉間に皺を寄せていなければ、の話だが。


「嫌なら良いですわ。寧ろ、断って下さって結構。私のレッスンなど、クレイン様にとって何の価値もないでしょうし」

「いえ、是非」

「先人の教えや指南書なんて、知っていたとしても自分の身になるかも分かりませんわ。ほら、私達にだって、自分のやり方がありますでしょう? 聞いたとて、役に立つかどうか」

「いえ、指導していただきたく」

「私、厳しいですわ。もうめちゃくちゃに厳しいですわ。私の性格を知っていますでしょう。クレイン様にだって、容赦しませんわ」

「ふふ、それくらい本気で指導してくれる方は僕にはいなかったので、逆に嬉しいですよ」


 早口で相手の言葉を遮り続けているものの、相手も全く引かず、カナリアはクレインの言葉に歯を食いしばった。

 馬鹿な提案をしたのは、自分。自分の中の衝動を抑えきれなかった故の、この状況。

 もう取り返しのつかない選択肢を、自分は選んでしまったのだ。


「……本当に、私のレッスンをお受けになりますの?」

「受けます。受けさせて下さい。僕は知りたい。彼女の為に、何より、自分の為に」


 自分を貫くその心と同じ真っ白な瞳に、カナリアはぐっと、口を引き結ぶ。

 あまりにも純粋に、素直に、愛しいあの子と重なる真っ直ぐさに、カナリアは眩しそうに目を細めた。

 

 箱庭の白鳥が、外を見ようとしている。

 小さな湖の上から飛び立ち、大空を見ようとしている。

 我儘など言ったことの無い彼の初めての我儘。

 それをどうして拒否出来るというのか。

 間違いなく彼の背中を押したのは、自分自身だ。


「…………わ、かりましたわ。レッスンをさせていただきます。そもそも、私から言い出した事ですものね。金曜日のコンサート前にする形はいかがでしょう」

「そうですね。学園から戻ってからコンサート前の間でしたら、時間もありますし」

「ただ、レッスンをする場所がありませんわね……。学園内では時間も押してしまいますし、誰かしらに見られた場合、とてつもなく面倒ですわ」


 顎に手を添え、思案顔をするカナリアにクレインがにっこりと微笑み、トントンとテーブルを指先で叩く。

 怪訝な顔をしたカナリアに、クレインは口を開いた。


「ここでレッスンをするのはいかがでしょう。誰の目も触れず、コンサート会場からも近いのでお互い準備を終えてから来れます」

「それは、願ってもないことですけれど……。ここは、私物化してもよろしい場所ですの? 王宮関係者の方々がここに来ることもありますわよね」

「ええ、そうですね。ですが、ご心配無用です。コンサート前は、王宮側も準備や警備で忙しいですし、ここにわざわざ来る人間なんていないですよ。僕達以外は」


 にっこり。外堀は全て埋まっているとばかりに、輝く笑顔を見せる彼は、未だ苦々しげな表情で頷いたカナリアへ言葉を続けた。


「早速、来週の金曜日からお願いしても良いでしょうか?」

「……分かりましたわ」

「楽しみです、カナリア嬢」

「……それは、良かったですわね」

 

 小さな子供のようにはしゃぐ目の前の彼を見つめ、カナリアは溜息を吐きつつ、小さく笑みを浮かべる。


 同じ痛みを知っているからこそ、その屈託のない笑顔が少し嬉しい。

 前世の自分では見たことの無い彼の姿は、とても新鮮で、微笑ましかった。


「……不思議です」

「え?」

「こうして、貴女と二人で話しているなんて、学園に来る前は想像すらしなかった」


 優しく目を細め、自分を見つめるクレインに、カナリアは目を丸くする。

 彼は背もたれに背を預け、息を深く吐き、リラックスした状態で中庭を見渡した。


「幼い頃から王宮で活躍する貴女を、僕はずっと見ていました。同じ学園に来たとしても、貴女とは関わることもないのだろうと、思っていたんです。……貴女は誰も信用なんてせず、人を遠ざけていた。自ら、孤独を選んでいたから」


 ゆっくりとした動作で瞬きをし、クレインはカナリアへと視線を戻す。

 真白の瞳に映る自分は、何かを見つけた子供のような顔で、彼を見ていた。


「もっと早く、貴女と話せば良かった。貴女の表面ばかりで知った気になっていた自分が、恥ずかしい。もし、幼い時、僕が勇気を出して貴女に話し掛けていれば、今では親友になれたかもしれないのに」


 くしゃりと、そう言って笑った彼に、カナリアは心臓を掴まれる。きゅうっと締め付けられる心に、ありもしない幼少期の自分と彼が頭に浮かんだ。


 同じ痛みを共有し、共に切磋琢磨し、嘘や打算の友人ではない、本当の友達。

 今まで近付く人間全てが、偽りの友情で裏切られ続けてきたカナリアにとって、その言葉は何よりも悲しく寂しいものだった。

 たらればの過去など、想像したとて、意味は無い。


「おかしな事を仰いますのね。私に友など不要。きっと、クレイン様が勇気を出したとしても、友人になど、ましてや、親友なんて有り得ませんわ」

「……はは、手厳しいですね」

「この世界は、蹴落とすか蹴落とされるか。友人なんてもの、足手まといにしかなりませんことよ」


 強気な発言とは裏腹な寂しげな表情に、クレインは口を開き、けれど、またすぐ閉じて、視線を下げる。

 そして、数秒の沈黙の後、孤独な美しい赤い鳥に彼は、優しく言葉を紡いだ。


「僕は貴女と友人になりたいですよ。それに、きっと、貴女のことを本当に大切に思ってくれる友人は現れます。僕はそうなりたいですし、これから先、そうなろうとする方は必ず現れます」

「……私と貴方はただのレッスン相手ですわ。友にはなりません。今も、これから先も、私は全てを蹴落とし、頂点を目指しますわ」 


 ガタリと席を立ったカナリアが、クレインを冷たく見下ろす。不快とでも言いたげなその表情に、彼は悲しそうに息を吐いた。


「外まで送りましょう」

「結構ですわ。誰かに見られたらたまったものではありませんもの」

「……分かりました」


 小さく頷いたクレインに、カナリアが背を向ける。ハイヒールを高鳴らせ、彼女は振り返りもせず、庭園を後にした。


 ――心の中にある小さな痛みに、気付かないふりをして、彼女は前だけを見続ける。




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