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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第二章『愛しのあの子を鍛えましょう』

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「何度も言わせないで下さいます? くだらない相談は受けませんわ」


 ピシャリと言い放ったカナリアに、クレインが悲しそうに視線を下げる。

 気まずい沈黙が流れる中、か細い彼の声がカナリアへ向けられた。


「何故ですか? 貴女だって、分かっているでしょう? 彼女は世界へ羽ばたける逸材だと」

「分かっているからこそ、嫌なんですの。

 鳥籠の外で自由に羽ばたいている鳥に、何故鳥籠の中の鳥が、飛び方を教えなくてはいけませんの。

 飛び方を知っているならば、勝手に飛ばせておけば良いのですわ」


 カナリアの言葉に、クレインは言葉を詰まらせる。

 居心地悪そうに視線を逸らした彼を見据え、カナリアは肩を竦めた。


「それに腹が立ちませんこと?

 私達の不自由さは優雅で美しい飛び方の代償。空を自由に飛び回る鳥が、それも手に入れようだなんて、強欲にも程がありますわ」

「カナリア嬢……」

「私は嫌ですわよ、クレイン様。

 貴方の飛び方が彼女に合わないのであれば、もう教える事など止めてしまえば良いのですわ。それがお互いにとって、精神的にも良いことでしょう。

 ……憧れは、身を滅ぼしますわよ」


 そう言い放てば、クレインは泣きそうな顔で俯く。

 置いていかれた子供の様な、寂しそうな彼の姿に、カナリアは諭すように言葉を続けた。


「……クレイン様、期待するのは止めた方が宜しくてよ。孤独な鳥籠から誰かが助け出してくれる御伽噺を信じる程、もう私達は子供ではありませんもの」


 同じ寂しさを灯す紅の炎が、クレインを突き刺す。

 それにクレインは、同族である彼女の優しさと苦しみを感じ取った。

 

 鳥籠の外にどこまでも続く空があることを知っている、鳥籠の中の鳥達。

 空に憧れる鳥は、自ら鳥籠から抜け出すか、その鳥籠の中を、世界の全てだと思い込み諦めるしかない。

 いくら空を自由に飛ぶ鳥に想いを馳せても、彼らが鳥籠の鍵を開ける事はないのだ。

 鳥籠から飛び立つも、飛び立たないも、決めるのは自分自身。


「違います。違うんです。僕の居場所はここです。

 ただ、彼女の歌は僕にとって、寂しさを忘れられるものだったから。

 だから、同じように寂しさや悲しみを持つような人達を彼女の歌なら、励ませるはずだから。指導をもっと、ちゃんとやらなければと、そう思って」

「それにしたって、私に指導方法の伝授を請うなど、少し考えれば拒否されることは分かっていたことでしょう。

 貴方は、そんなにもご自身の指導に自信が持てませんの?」

「だって、それは、そうでしょう。

 自由に歌う彼女に、僕の指導は足枷を嵌める様なもの。僕の歌は、ただ、褒められたくて、……褒められる為の歌。彼女とは、根本的に違う」


 つらつらと、言い訳のように話し続けるクレインを、カナリアは黙ったまま、じっと見つめる。


 クレイン・ホワイトは、ロビンの歌を初めて聞いた日から、彼女へ無意識に救いを求めた。

 聞くも耐えない歌声だったはずだけれど、他の攻略者達と違い、彼だけが彼女を最初から肯定したのは、彼女の歌が誰よりも自由で輝いていたから。

 評価だけが全ての世界の中、孤独な寂しい少年の瞳に映った、楽しそうに歌う下手くそな鳥。

 それは、まさに青天の霹靂であった。


 歌い方の基礎を教え、彼女と共に歌えば、彼の孤独は一瞬で消え去る。

 歌を初めて楽しいと思えたのも、鳥籠の外に目を向けたのも、彼女と出会えたから。

 簡単に言えば、一目惚れ。けれど、彼にとっては、世界を変えた出会い。


「そう、本当は、僕が教えようなんて、傲慢で、自惚れているにも程がある。分かっていた。分かっていたのに、彼女から離れたくなかった。

 僕のレッスンが楽しいと、そう言ってくれた彼女の傍に居たかった」

「何もかも自分の為ですのね」


 クレインがヒュっと息を飲み込んだ。

 掴まれたように心臓が痛み出し、彼は全身が冷え切っていく。

 深い深い湖に足を取られ、真っ暗闇の水底まで溺れていくような感覚に陥り、上手く息が出来ない。


 そんな彼を見据えるカナリアは、何の感情も表には出さず、ただただ、彼の言葉の続きを待ち続ける。

 そして溺れる白鳥は、震える唇で言葉を絞り出した。


「……カナリア嬢、コンサートでお疲れでしたのに、無駄な時間を過ごさせてしまい、申し訳ございませんでした。

 レッスンは、もう、止めることにします。僕も、僕の歌も、独りよがり。彼女に僕は相応しくない」


 消え入りそうな声で呟き、クレインは顔を覆う。

 そして、数秒の沈黙の後、彼はゆっくりと顔を上げて、いつもと同じ微笑みを見せた。


「僕は、いつも、間違える」


 一人ぼっちの子供が、泣くのを我慢している。

 自分の心を笑って誤魔化し、全てを諦めようとしている子供が、今、自分の目の前にいる。


 カナリアの奥底にある何かが、弾け飛んで、今にも消えてしまいそうな子供の手を、彼女は瞬間的に掴んだ。


「間違えてなんていないですわ」

「え……」

「確かに貴方は歌は上手いけれど、教えるのが下手。それを分かっていながら、ロビンさんのレッスンを続けようとする傲慢さは、私と良い勝負。

 けれど、そんなレッスンでも、ロビンさんは、貴方のお陰でもっと歌を楽しめていますのよ」


 優しく、けれど力強く、柔らかな手が自分の手を握っている事に、クレインは驚きつつも、彼女の真剣な言葉に、心が揺れた。

 真っ赤な瞳を見返せば、今は亡き母のような優しい温もりを思い出す。


「独学の歌は個性的であっても、基礎が無ければただの雑音。

 ですが、今日の彼女は基礎があったお陰で、クロウさんの声や、貴方のピアノの音に調和する事が出来ましたのよ。何よりも貴方が、彼女に基礎を叩き込んだからですわ。

 だからこそ、彼女はあんなにも楽しく歌を歌えましたの」


 真っ白な瞳が揺らめいて、その瞳に映る自分をカナリアは見つめ続ける。


 彼がレッスンを止めることは、カナリアにとってメリットでしかない。

 そもそもゲームでは、攻略対象者は付きっきりでロビンにレッスンを行ってはいなかったし、彼女ひとりでの努力でも、カナリアから卒業式典のトリを奪うことが出来ていた。

 だから、クレインの好感度も上がらず、クロウの手を煩わせる事も無く、ロビンの友情エンドに確実になるであろうこの申し出を、彼女は後押しするべきなのだ。

 けれど。


「貴方は間違えていませんわ。

 間違えていたなら、どうしてロビンさんはレッスンを続けたいと仰いましたの?

 私や他の生徒達から責められても、続けたいと思うほど、貴方に教わる時間に価値があると、何よりも彼女自身が言った通り、楽しいと、感じたからではありませんの?」


 大粒の涙を零し、自分にはっきりと、嫌だと、続けたいと、我を通した弱気な少女を思い出しながら、カナリアは言葉を続ける。


「彼女も貴方と同じ。貴方と一緒に歌いたいから、我儘を貫き通しましたのよ。自分の為に行動しましたの」


 ギュッと、カナリアが手を握る。

 ニヤリと、自信に満ち溢れたその笑顔に、クレインは沈み込んだ水の中から、一気に引き上げられた。


「何もかも自分の為で結構! 我を通すことの何が悪い! 自分の為に生きて何が悪い!

 私は、そうやって今まで生きてきましたわ! これこそ、人間の本質なのですから!!」


 自己中心的で傲慢なカナリア・バークライトの突き抜けた言葉に、クレインは静かに息を吸う。

 何者にも負けない、強く、自分を押し通す我儘歌姫に、瞳を潤ませた彼は可笑しそうに笑った。


「……本当に、貴女は傲慢で我儘で……とても、強い人だ」

「ふんっ、貴方も同じでしょう。控えめに見せているだけで、やっている事は私と同じですわ」

「確かに、僕も変わらない」


 涙を流して笑うクレインに、カナリアも小さく笑みを浮かべるが、大きな骨ばった男性の手を力強く握っている事に気付き、慌てて振り払う。

 自分で掴んだくせに、大袈裟に振り払ったカナリアを見て、堪らずクレインは声を出して笑い始めた。

 そんな彼の姿に、カナリアは持っていた扇を広げ、眉を顰める。


「まだ、握ってくれていても大丈夫ですよ?」

「貴方があまりにも情けない顔をしていましたから、仕方なく落ち着かせる為に触れましたのよ。仕方なく!」

「ふふ、ありがとうございます」


 顔を逸らして不機嫌アピールをするカナリアに、クレインは、ああ、やはり変わったなと、微笑む。


 今まで王宮で見てきた彼女は、来賓客達に笑顔を見せながらも、近寄り難く、全てが敵だとでも言わんばかりの目をして、大きな壁を作っていた。

 けれど、学園に来てからの彼女は、違った。

 態度も言動も今まで見てきた彼女と変わらないはずなのに、温かな優しさを感じるようになった。

 

 だからこそ、自分は今日、彼女と話したかった。彼女を知る為に、特別ゲストとして、無理矢理歓談会の予定を変更させ、ここに来たのだ。

 優しさを纏った温かな炎が、確かにそこにあるのかを確認する為に。


「カナリア嬢、やはり、レッスンは続けようと思います。

 巻き込んでしまった貴女やクロウさんにも悪いですし、何より僕が、ロビンさんの傍にいたい。彼女が羽ばたく瞬間を、近くで見たいのです」


 覚悟を決めて言い切ったクレインに、カナリアは横目でチラリと見て、扇を閉じる。

 そして、溜息混じりに言葉を発した。


「……空を飛ぶ鳥にも自分の飛び方がありますわ。

 遥か遠くへ飛ぶ方法は、もしかしたら彼らの方が知っているのでしょう。ならば、そのままで良い。

 貴方が教えるべきは、どうすれば、大空を長く高く飛べるのか。どうすれば、失敗せずに飛べるのか。嫌という程、私達に染み付いている飛び方の基礎を、教え続ければ良いだけですわ」

「ええ! ありがとうございます!」


 満面の笑顔で頷いたクレインに、カナリアは眉間に皺を寄せ、瞳を伏せる。


 心の中で推しカプの男が目の前で嬉しそうにしていることが、とてつもなく嬉しいのだが、何やら自分は余計な事を確実に仕出かしている。

 しかも、この口は、また余計な事を言おうと動き始めており、悪役令嬢たる自分の矜恃が崩れ落ちていくのを感じながら、カナリアは諦めて余計なお世話をし始めた。


「ですが、基礎だけでは、いずれ壁にぶつかりますわ。世界へ羽ばたいた先人の教え、沢山の歌に関する書物で応用する事を、学ばなければ」

「……それは、僕には難しいですね。寧ろ、僕も知りたいくらいですし」

「レッスンの対価」

「へ?」


 頭を抱えながら、とても言いたくなさそうに呟かれた言葉。

 言われた本人は、キョトンとして、首を傾げており、彼女の言葉の続きを待っている。

 その可愛らしい姿に、推しカプ応援隊会長とカップル撲滅悪役令嬢が、カナリアの中で凄まじい戦闘を巻き起こした。


 ――もう、余計な事を言ってはいけませんわ……っ! 私は悪役令嬢カナリア・バークライト!! ロビンさんとクレイン様を引き離すと、クロウさんとも約束したでしょう!!

 でも、もう、何故だか勝手に言葉が出てきてしまう!! だって、全部知ってますもの!! 彼の事、放って置けませんもの!!

 前世の私の最推しはロビンさんですけれど、ロビンさんの次に愛した方、男性での最推し、それはこの方、クレイン・ホワイトですのよ?!?!!


 荒れ狂う嵐の中で凄まじい狂炎が、カナリアの中で暴れまくる。口を塞ぐ悪役令嬢とそれを退けるガチ推しカプ厨。

 激しい攻防の末、勝利したのは――。


「私だけロビンさんとレッスンを受けるだけという、不思議な対価じゃないですの。

 クロウさんやロビンさんは、貴方への奉仕だというのに。ならば、私も彼女達と同様の奉仕を貴方へしなければなりませんわ」

「えっ、それって……」

「私のレッスンを貴方に受けさせてあげてもよろしくてよ」


 そう素っ気なく言い放ったカナリアを、クレインはキラキラと子供の様に輝く真白の瞳で見つめる。


 それにカナリアは、心の中で尊いと叫びながら、これから先の未来に絶望した。


 

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