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様々なサンドウィッチや美しい宝石のようなケーキが並べられた白磁のテーブル。シャンデリアの光に反射した、色鮮やかな料理やケーキは、キラキラと輝き、とても美味しそうだ。
歓談会の会場では、先程までカナリアの舞台を観ていた貴族達が、楽しげに話している。
そんな中で忙しく、けれど優雅に動き回る給仕達は、ワインやシャンパンを来客者達に配り続け、ふと、紅の髪に気付けば、恭しくお辞儀をした。
人の波を割るように歩く紅の乙女に、貴族達はこぞって声を掛ける。
「やあやあ、先程はお見事でしたぞ。毎夜、素晴らしい」
「ありがとうございます。楽しんでいただけたようでなによりですわ」
「カナリアさん、こちらで甘いケーキでもいかが? 貴女の歌について、お話を伺いたいわ」
「申し訳ございません。人と会う約束がありますの。またの機会にお願いいたしますわ」
ワラワラと、話し掛けてくる貴族達を丁寧にあしらい、カナリアはキョロキョロと自分と同じ紅色を探す。
「約束なんてしてました?」
「言葉がなくともここに居るのならば、私と会うのは決定事項ですのよ」
どうしても弟と一目会って話したい姉は、沢山の人々の中にいるはずであろう家族を、目を凝らして探す。
すると、大人達に囲まれていた少年が、にこにことしながらその輪から外れたのに気が付いた。
「いましたわ。行きますわよ」
足早に少年の元へ向かう主人を、メイドは眉を下げて笑いながら追う。
紅の少年が周りを警戒しながら、疲れた様子でバルコニーへと姿を消したのを確認し、カナリアは数秒の間を空けて、彼のいるバルコニーへ足を踏み入れた。
「ヒバリ、私に挨拶もしに来ないなんて、無礼ですわよ」
「……カナリア姉様」
カナリアの弟――ヒバリ・バークライトが、驚いたように振り返り、自分の姉の名を呼ぶ。
パッチリとした猫目にふわふわとした癖毛。どちらもカナリアと同じ美しい紅色に染っており、一目見て、可愛らしい猫を彷彿とさせる。
そんな弟を見据え、カナリアはゆっくりと彼へと近付いた。
「マグパイから聞きましてよ。私の舞台を観ていたようですわね。どういう風の吹き回しですの?」
「別に、貴女の舞台が目的な訳ではないです。今夜はイーグル王が、秘密のゲストを歓談会で呼ぶと聞いたので来ただけです。貴女の舞台は、ついでですよ。盛り上がっていたようで、良かったですね」
ふんっと顔を背けた自身の弟に、ピキリと姉の頭に怒りマークが現れる。
ひくつく口元を隠すように、盛大な装飾が施された扇を広げ、カナリアは眉を上げた。
「盛り上がっていたようで? あの舞台を見て、その程度の感想なんて、貴方の先行きが不安でなりませんわ。耳も目も楽しませてこその超一流。
私の歌をついで呼ばわりなんて、無知な恥知らずになりますわよ」
「それは大変失礼致しました。観客を楽しませるなんて、僕達にとっては当たり前過ぎて、その程度の感想しか出てこなかったので。
無知な恥知らずの弟を持ってしまい、申し訳ございません」
険悪である。ものすごく険悪である。
弟と話したいが為に、大切な観客である貴族達をあしらってまで、探していたはずなのだが、二人の会話は険悪な姉弟そのものである。
だが、そんな二人をバルコニーの外で待つマグパイは、微笑ましげに見守っていた。
「貴方もいずれはあの舞台で歌いますのよ。今回の私の舞台を参考になさい。愚かな失敗でもされれば、バークライト家の恥ですもの」
「ご心配ありがとうございます。
ですが、僕には僕のやり方がありますし、カナリア姉様に学ぶことなんてひとつもありません。僕達は歌の系統が、全く違いますから」
「減らない口ですこと。
ならば、その自分のやり方を貫いてごらんなさい。失敗でもしたら、大声で笑ってやりますわ」
「望むところです。僕は失敗なんてしません」
バチバチと火花が散る二人に、窓をコンコンと叩いたメイドが間に入る。
二人の不機嫌そうな視線を受け止めながらも、変わらない笑顔のマグパイは、にこやかに口を開いた。
「お二人共、特別ゲストの方がそろそろいらっしゃるようですよ」
「あら、私のついでが漸くご到着ですのね」
「今夜の目玉ですよ」
「ふんっ、私以上の歌手などいないですわ」
パシンっと扇を閉じて鼻を鳴らすカナリアを、ヒバリは一瞥し、スタスタと二人から離れようと歩き出す。
だが、逃げるように去ろうとするもうひとりの主を、マグパイは先回りし、その足を止めさせた。
「お待ちください、坊っちゃま。お連れの従者は、何処におられますか?」
「……ジェイと一緒に来たけど、アイツ王宮の庭に興奮して、すぐにどっか行っちゃったよ」
「何故、庭師を従者として連れて来たのかしら。しかも、よりによって主の言うことを一番聞かないジェイなんて、馬鹿じゃなくて」
「仕方ないですよ。坊っちゃまは、夜のパーティーに参加することを、旦那様と奥様から禁止されているようですから。何も考えず付いてきてくれるのは、うちの弟だけです」
マグパイの言葉に、気まずそうに視線を逸らしたヒバリを、カナリアは目を丸くして見つめる。
マグパイの口から語られた初めて聞く話に、カナリアは困惑げに言葉を発した。
「貴方、この時間にここに来ることを禁止されてますの?」
「……そうですが、それが何か?
別に父様と母様に言いたければ言ってもいいですよ。お仕置きは慣れてます」
「そんな無粋なこと、私はしませんわ。けれど、そんなに今夜の特別ゲストが気になったんですのね」
「……そうですよ。カナリア姉様と同じくらい、両陛下のお気に入りだって、専らの噂でしたから」
「……へえ」
カナリアの眼光が鋭く光る。
王と王妃から自分と同じくらいの寵愛を受け、弟の興味すら自分から奪う名も知らぬゲストに、彼女の中の対抗心が一気に燃え上がった。
「理由は分かりましたが、おひとりにはさせられませんよ、坊っちゃま。
お聞きになるのでしたら、私とカナリア様の傍でお聞き下さい」
「えっ、嫌だよ。姉様と一緒だと、目立つし……」
「目立つことの何が悪いと言うのかしら。
それに、マグパイの言う通り、従者も連れずにまだ幼い貴方を姉である私が放置し、ひとりきりにするのは、私の監督責任が問われますわ。ここに居なさい」
最も過ぎる正論に、ヒバリがぐうの音も出ず、渋々頷く。
けれど、また、何処かへ行こうと歩き出した彼に、マグパイが困ったように口を開いた。
「坊っちゃま、どちらへ?」
「まだ来そうにないし、お手洗いに行ってくる」
「ならば、お供いたします」
「いいよ、やめて! 一人で行けるよ、子供扱いしないで!」
「……承知いたしました。お気を付けて」
怒りと羞恥を混ぜ合わせた表情で、ヒバリがスタスタと会場から出ていく後ろ姿を、二人が見つめる。
隣に立つカナリアをチラリと横目で見て、マグパイは口角を上げた。
「良かったですね」
「ええ、元気そうでなによりですわ。
しかも、聞きまして? 自分には自分のやり方があるだなんて、私に啖呵を切りましたわ。もうあの歳で、自分の歌の道を見付けましてよ。流石、私の弟ですわね」
先程までの険悪さを忘れたかのように、心底嬉しそうに語る優しい姉の顔をしたカナリアを見て、マグパイは難儀な姉弟だと、眉を下げた。
バークライト家の長女として生まれ、歌の英才教育を受けてきたカナリアは、いつも優しさのない家の中で孤独に戦っていた。
けれど、ヒバリが産まれた日、カナリアの暗闇の世界に光が刺す。
ひとりぼっちは、ふたりになり、同じ苦しみと辛さを知る姉弟には、会話が無くとも、不思議な絆が芽生えた。特に姉は、自分の歩んだ獣道を整地し、柵すら掛け、彼を脅かすものなど無くなるように、あの身動きが取れない家で、懸命に動き続けたのだ。
そのお陰でヒバリは、お仕置きが『歌のレッスン、五時間追加』しか知らない。
背中や手に痛々しい鞭の跡も、完璧に歌えるまで食事を与えられず、空腹で泣きながら歌い続ける事も、心を蝕むような罵詈雑言を浴びせられた経験もなく、彼は健やかに、生意気に、子供らしく育った。
目に見えぬカナリアの大きな愛情を、一身に受けて。
けれど、カナリアの性格上、曲がりくねった歪みの果てのあの態度と言動なので、会えばすぐに険悪な姉弟である。
マグパイの言うように、難儀としか言いようがないだろう。
「あの子の将来が楽しみですわね」
「直接言ってあげてください。喜びますよ」
「嫌ですわ、恥ずかしい。それに、私に言われてもあの子は喜ばないでしょう。あの子は、私が嫌いですもの」
「そんなことないですよ」
「そんなことありますわ」
会えば険悪、話せば喧嘩。
弟からの好感度が地よりも低い事を理解しているカナリアは、寂しげに笑う。
彼女が多大な労力を掛け、彼の歩む道を照らし続けていることを、彼が少しでも知っていれば、そんな関係にはならなかったはずだ。
けれど、カナリアは、何も彼には伝えなかった。
当たり前のことをしただけのこと。姉が弟を無償の愛で助けることを、何故伝える必要があるのか。
「でも、それで良いんですのよ」
彼は彼の道を見付けた。
カナリアにとって、これほど嬉しいことはない。
不機嫌そうな顔をして、こちらへ戻ってくるバークライト家の跡取りを優しく見つめ、カナリアは小さく微笑んだ。




