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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第二章『愛しのあの子を鍛えましょう』

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 精巧な装飾がなされた石像や著名な画家の絵画達。空にも届きそうな高い天井を見上げれば、豪奢で煌びやかな巨大シャンデリアが輝きを放っている。そして、広い壁にはめ込まれている、壮麗なステンドグラスに描かれた美しい天使が、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、招待客を見下ろしていた。

 燃えるような紅の髪を靡かせ、王宮の廊下をコツコツとハイヒールを高らかに鳴らせて歩く火の女神が、徐ろに立ち止まり、金髪天使をジト目で睨み付ける。

 そんな主人を、後ろに控えていた従者が、訝しげに見つめた。


「カナリア様? どうかなされましたか?」

「私、思うのだけれど。このステンドグラスの天使は、何故全て金髪なのかしら」

「はい?」


 突拍子もない発言に、マグパイが呆れた返事をする。真剣な顔でステンドグラスを睨み続ける自分の主人に、本気で疑問に思っていることを察したメイドは、困惑した様子で口を開いた。


「毎日ここを通って、ステンドグラスなんて気にも留めなかったのに、急になんです? 髪色がそんなに気になりますか?」

「ええ、気になりますわ。亜麻色の髪の天使が居ても、良いと思いますの。というか、全ての天使は亜麻色に変えるべきですわ」

「……カナリアお嬢様、意味不明な話をする時間はございませんよ。ステージのお時間が迫っておりますので」


 訳の分からない事を話し続ける馬鹿娘に、時間を使う価値無しと判断したメイドは、立ち止まる馬鹿主人を急かす。

 未だ不服そうな顔をするカナリアを引きずり、入学した日から、どんどんとおかしくなる自分の主人に、マグパイはどうしたものかと、小さく溜息を吐いた。


「歌い終えた後の歓談の際に、イーグル王に亜麻色の天使も素敵だということを、お伝えするのも良いですわね」

「おやめ下さい。絶対に阻止しますからね」


 一国の王に対して、フランク過ぎるにも程がある。恐ろしいことをさらっと言ったカナリアに、マグパイは眉間に皺を寄せ、馬鹿歌姫をさっさとステージに立たせようと歩を進めた。


 ***


 円形の舞台をぐるりと囲むように、客席が埋められ、舞台の正面に立派な玉座が並んでいる。

 舞台の中央には、紅の歌姫が凛とした佇まいで、人々の視線を一身に集めていた。

 すると、玉座裏の扉が開き、白髪の王と王妃が姿を現せば、座していた観客達は一斉に立ち上がり、カナリアから二人へ体を向けて、深々と頭を下げた。

 それに王と王妃が手で制止し、玉座にゆっくりと座ったのを確認したカナリアは、恭しく頭を下げる。

 観客達が席に座ったのを確認し、静かに口を開いた。


「今宵もバークライト家が娘、不肖カナリア・バークライトが歌わせていただきます。両陛下、皆々様にとって、素晴らしい夜になることをお約束いたしますわ」


 そう口上を述べた途端、一瞬にして会場は暗闇に包まれる。数秒の沈黙の後、スポットライトが舞台の中央を当てれば、そこには勝気な笑みを浮かべたカナリアが、大きく息を吸い込み、その声を発した。


「あぁ……」


 どこからか感嘆の声が漏れる。

 ラテンのリズムに乗って、ハイヒールを鳴らし踊る紅の少女は、扇情的かつ情熱的に愛の歌を完璧に歌い続ける。人々は皆、その熱い炎に惹き込まれ、燃えるような興奮と感動に、その身を焦がした。

 弧を描く赤い唇から紡がれる歌は、灼熱の炎。(くう)を舞う紅の髪は、炎の揺らめき。翻るドレスは、弾ける火花。彼女の全てが、火の女神と称される所以。

 舞台上で舞い歌う美しい火の女神に、舞台から遠く離れた出入口に佇んでいた女神の従者は、誇らしげに笑う。


「貴女以上の歌姫なんて、この世にいないですよ」


 誇り高き麗しの女神に、解けかけた忠誠を固く結び直したマグパイは、その目に彼女を焼き付ける。そして、観客の様子も確かめていれば、見知った紅色の癖毛を見付け、嬉しそうに目を細めた。

 舞台から目を離さない彼と、舞台で歌う彼女を満足気に見つめ、静かにメイドは会場から出て行く。


「我らが火の歌姫!」

「貴女の歌はこの国一番だわ!」


 ラストスパートが迫った歌に、客席の興奮は最高潮。タップを踏んで、ハイヒールを高らかに鳴らしたカナリアが歌い終えれば、割れんばかりの拍手が、彼女を包み込んだ。

 流れる汗を指先で弾き、静かに息を整えたカナリアは、深々と頭を下げる。

 止まない歓声と拍手の世界。

 これこそが、カナリア・バークライトの世界。


「今宵も素晴らしい夜になった、カナリア。其方の歌は、夜の静けさを薙ぎ払う」

「何度聴いても貴女の歌は、こちらが灰になってしまいそうな程、燃え滾る炎のよう。情熱的で美しいわ」

「有り難きお言葉、恐悦至極でございます。これも全て、両陛下のお力添えあってこそでございます」


 国を統べる王と王妃からの賛辞を受け入れ、カナリアは顔を上げる。

 そして、背筋をピンと伸ばし、彼女は凛々しく舞台を下り、会場を後にした。


「お疲れ様です、カナリア様」

「ええ、それよりも水とタオルを寄越しなさい。死にそうですわ」

「はい、こちらに」


 扉の前で待っていたマグパイを引き連れ、足早に自身の控え室に入ったカナリアが、倒れ込むように椅子に座る。

 自身を案じる言葉を発したメイドからストローが差し込まれたグラスの水を受け取り、カナリアは焼かれて渇き切った自身に潤いを与えた。

 喉に滑り落ちる冷たい液体に、体温が徐々に落ちていくのを感じながら、息を吐き出す。


「はあ〜、しんどいですわ。ハイヒールで踊るとか、馬鹿なんじゃなくて。誰が考えたのかしら」

「私の記憶が正しければ、カナリア様ご自身が考案、実行なさっているかと存じております」

「その記憶、改竄してませんこと? 私の記憶が正しければ、耳だけじゃなく目も楽しませなければ人は飽きると、嫌味なことを言われたからですわ。どこぞの無礼なメイドに」

「あら、やっぱり合ってるじゃないですか」


 口では到底敵わないメイドに、疲れ切った主人は反論することも馬鹿らしくなって、口を閉ざした。

 ハイヒールをするりと脱がし、窮屈さと痛みから解放された足を、マグパイが適度なお湯が入った水桶に浸からせる。優しくマッサージを始めたメイドを一瞥し、カナリアは深く息を吐いた。


「……私、今日も素晴らしい夜に出来ましたわよね?」

「ええ、それはもう。人々の心に炎を灯すカナリア様の歌は、本日も大変素晴らしかったです。両陛下や貴族の皆様方から、最上級のお褒めの言葉も頂いておりますもの。貴女以上の歌姫は、どこにもいません」

「ふふ、当たり前ですわ」


 フッと笑い、カナリアは静かに瞼を落とす。


 王宮での仕事はカナリアにとって、バークライト家の価値を示し、また、バークライト家にとってカナリア自身が、価値ある存在だと示すひとつの方法だ。

 完璧な舞台を完成させ、観客を喜ばせることが、カナリア・バークライトの役目。

 毎夜欠かさず、自分の価値を示し続けなければ、学園を卒業する前に、追放される可能性もあるのだ。

 それほどまでにバークライト家は厳しく、家族間の愛も乏しい。

 現に、カナリアの歌を家族が聞きに来たのは最初の一度きりで、それ以降は全てマグパイの報告のみとなっている。


「今日も良い報告で終われそうですわね」

「ええ、旦那様へいつもと同じ報告が出来ます。そういえば、本日は弟君が聞きにいらしてましたよ」

「えっ? 本当に? それは確かですの?」

「あの癖毛を見間違えるはずがございません。私が毎朝、整えておりますからね」


 はっきりと言い切ったマグパイに、カナリアが数秒何かを考えるように無言になった後、そわそわと落ち着かない様子で手を動かし始めた。

 その様子を間近で見たメイドは、おかしそうに笑い始める。


「歓談会でお話出来ますよ」

「そんなの分からないですわ。あの子はそういう場が苦手ですもの。すぐ帰ってしまうかも」

「大丈夫ですよ。きっと、歓談会で特別なゲストが歌いに来るって聞いたから、やって来たんでしょうし」

「そんな名も分からないゲストの方が、私より重要ですの?!」

「分かりませんけど、私に怒らないで下さい。ご本人に聞いてみれば良いではないですか」


 気が気では無い様子のカナリアに、マグパイはケラケラと笑う。

 バークライト家の姉弟は、同じ家に居ても、厳しいレッスンによって、話す機会をなかなか作ることも出来ず、食事すらも共にすることは稀だ。

 久しぶりに会える弟と話したがる姉の姿を見て、姉弟の世話をしているメイドは、早く会わせてあげなくてはと、マッサージの手を速める。


「マグパイ、あとどのくらいで終わりますの? 早く歓談会に行きますわよ!」

「駄目です。足の痛みは辛いんですから。あと二十分」

「長い!!」

「それではお選びください。痛くなくて二十分か、痛くて五分か」

「五分!!」

「承知いたしました」


 にっこりと笑ったマグパイが、ゴキりと手を鳴らす。

 控え室から遠く離れた歓談会場まで、先程の歌姫の声とは思えない叫び声が届いたが、その声の主を誰も気付けはしなかった。

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