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精巧な装飾がなされた石像や著名な画家の絵画達。空にも届きそうな高い天井を見上げれば、豪奢で煌びやかな巨大シャンデリアが輝きを放っている。そして、広い壁にはめ込まれている、壮麗なステンドグラスに描かれた美しい天使が、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、招待客を見下ろしていた。
燃えるような紅の髪を靡かせ、王宮の廊下をコツコツとハイヒールを高らかに鳴らせて歩く火の女神が、徐ろに立ち止まり、金髪天使をジト目で睨み付ける。
そんな主人を、後ろに控えていた従者が、訝しげに見つめた。
「カナリア様? どうかなされましたか?」
「私、思うのだけれど。このステンドグラスの天使は、何故全て金髪なのかしら」
「はい?」
突拍子もない発言に、マグパイが呆れた返事をする。真剣な顔でステンドグラスを睨み続ける自分の主人に、本気で疑問に思っていることを察したメイドは、困惑した様子で口を開いた。
「毎日ここを通って、ステンドグラスなんて気にも留めなかったのに、急になんです? 髪色がそんなに気になりますか?」
「ええ、気になりますわ。亜麻色の髪の天使が居ても、良いと思いますの。というか、全ての天使は亜麻色に変えるべきですわ」
「……カナリアお嬢様、意味不明な話をする時間はございませんよ。ステージのお時間が迫っておりますので」
訳の分からない事を話し続ける馬鹿娘に、時間を使う価値無しと判断したメイドは、立ち止まる馬鹿主人を急かす。
未だ不服そうな顔をするカナリアを引きずり、入学した日から、どんどんとおかしくなる自分の主人に、マグパイはどうしたものかと、小さく溜息を吐いた。
「歌い終えた後の歓談の際に、イーグル王に亜麻色の天使も素敵だということを、お伝えするのも良いですわね」
「おやめ下さい。絶対に阻止しますからね」
一国の王に対して、フランク過ぎるにも程がある。恐ろしいことをさらっと言ったカナリアに、マグパイは眉間に皺を寄せ、馬鹿歌姫をさっさとステージに立たせようと歩を進めた。
***
円形の舞台をぐるりと囲むように、客席が埋められ、舞台の正面に立派な玉座が並んでいる。
舞台の中央には、紅の歌姫が凛とした佇まいで、人々の視線を一身に集めていた。
すると、玉座裏の扉が開き、白髪の王と王妃が姿を現せば、座していた観客達は一斉に立ち上がり、カナリアから二人へ体を向けて、深々と頭を下げた。
それに王と王妃が手で制止し、玉座にゆっくりと座ったのを確認したカナリアは、恭しく頭を下げる。
観客達が席に座ったのを確認し、静かに口を開いた。
「今宵もバークライト家が娘、不肖カナリア・バークライトが歌わせていただきます。両陛下、皆々様にとって、素晴らしい夜になることをお約束いたしますわ」
そう口上を述べた途端、一瞬にして会場は暗闇に包まれる。数秒の沈黙の後、スポットライトが舞台の中央を当てれば、そこには勝気な笑みを浮かべたカナリアが、大きく息を吸い込み、その声を発した。
「あぁ……」
どこからか感嘆の声が漏れる。
ラテンのリズムに乗って、ハイヒールを鳴らし踊る紅の少女は、扇情的かつ情熱的に愛の歌を完璧に歌い続ける。人々は皆、その熱い炎に惹き込まれ、燃えるような興奮と感動に、その身を焦がした。
弧を描く赤い唇から紡がれる歌は、灼熱の炎。空を舞う紅の髪は、炎の揺らめき。翻るドレスは、弾ける火花。彼女の全てが、火の女神と称される所以。
舞台上で舞い歌う美しい火の女神に、舞台から遠く離れた出入口に佇んでいた女神の従者は、誇らしげに笑う。
「貴女以上の歌姫なんて、この世にいないですよ」
誇り高き麗しの女神に、解けかけた忠誠を固く結び直したマグパイは、その目に彼女を焼き付ける。そして、観客の様子も確かめていれば、見知った紅色の癖毛を見付け、嬉しそうに目を細めた。
舞台から目を離さない彼と、舞台で歌う彼女を満足気に見つめ、静かにメイドは会場から出て行く。
「我らが火の歌姫!」
「貴女の歌はこの国一番だわ!」
ラストスパートが迫った歌に、客席の興奮は最高潮。タップを踏んで、ハイヒールを高らかに鳴らしたカナリアが歌い終えれば、割れんばかりの拍手が、彼女を包み込んだ。
流れる汗を指先で弾き、静かに息を整えたカナリアは、深々と頭を下げる。
止まない歓声と拍手の世界。
これこそが、カナリア・バークライトの世界。
「今宵も素晴らしい夜になった、カナリア。其方の歌は、夜の静けさを薙ぎ払う」
「何度聴いても貴女の歌は、こちらが灰になってしまいそうな程、燃え滾る炎のよう。情熱的で美しいわ」
「有り難きお言葉、恐悦至極でございます。これも全て、両陛下のお力添えあってこそでございます」
国を統べる王と王妃からの賛辞を受け入れ、カナリアは顔を上げる。
そして、背筋をピンと伸ばし、彼女は凛々しく舞台を下り、会場を後にした。
「お疲れ様です、カナリア様」
「ええ、それよりも水とタオルを寄越しなさい。死にそうですわ」
「はい、こちらに」
扉の前で待っていたマグパイを引き連れ、足早に自身の控え室に入ったカナリアが、倒れ込むように椅子に座る。
自身を案じる言葉を発したメイドからストローが差し込まれたグラスの水を受け取り、カナリアは焼かれて渇き切った自身に潤いを与えた。
喉に滑り落ちる冷たい液体に、体温が徐々に落ちていくのを感じながら、息を吐き出す。
「はあ〜、しんどいですわ。ハイヒールで踊るとか、馬鹿なんじゃなくて。誰が考えたのかしら」
「私の記憶が正しければ、カナリア様ご自身が考案、実行なさっているかと存じております」
「その記憶、改竄してませんこと? 私の記憶が正しければ、耳だけじゃなく目も楽しませなければ人は飽きると、嫌味なことを言われたからですわ。どこぞの無礼なメイドに」
「あら、やっぱり合ってるじゃないですか」
口では到底敵わないメイドに、疲れ切った主人は反論することも馬鹿らしくなって、口を閉ざした。
ハイヒールをするりと脱がし、窮屈さと痛みから解放された足を、マグパイが適度なお湯が入った水桶に浸からせる。優しくマッサージを始めたメイドを一瞥し、カナリアは深く息を吐いた。
「……私、今日も素晴らしい夜に出来ましたわよね?」
「ええ、それはもう。人々の心に炎を灯すカナリア様の歌は、本日も大変素晴らしかったです。両陛下や貴族の皆様方から、最上級のお褒めの言葉も頂いておりますもの。貴女以上の歌姫は、どこにもいません」
「ふふ、当たり前ですわ」
フッと笑い、カナリアは静かに瞼を落とす。
王宮での仕事はカナリアにとって、バークライト家の価値を示し、また、バークライト家にとってカナリア自身が、価値ある存在だと示すひとつの方法だ。
完璧な舞台を完成させ、観客を喜ばせることが、カナリア・バークライトの役目。
毎夜欠かさず、自分の価値を示し続けなければ、学園を卒業する前に、追放される可能性もあるのだ。
それほどまでにバークライト家は厳しく、家族間の愛も乏しい。
現に、カナリアの歌を家族が聞きに来たのは最初の一度きりで、それ以降は全てマグパイの報告のみとなっている。
「今日も良い報告で終われそうですわね」
「ええ、旦那様へいつもと同じ報告が出来ます。そういえば、本日は弟君が聞きにいらしてましたよ」
「えっ? 本当に? それは確かですの?」
「あの癖毛を見間違えるはずがございません。私が毎朝、整えておりますからね」
はっきりと言い切ったマグパイに、カナリアが数秒何かを考えるように無言になった後、そわそわと落ち着かない様子で手を動かし始めた。
その様子を間近で見たメイドは、おかしそうに笑い始める。
「歓談会でお話出来ますよ」
「そんなの分からないですわ。あの子はそういう場が苦手ですもの。すぐ帰ってしまうかも」
「大丈夫ですよ。きっと、歓談会で特別なゲストが歌いに来るって聞いたから、やって来たんでしょうし」
「そんな名も分からないゲストの方が、私より重要ですの?!」
「分かりませんけど、私に怒らないで下さい。ご本人に聞いてみれば良いではないですか」
気が気では無い様子のカナリアに、マグパイはケラケラと笑う。
バークライト家の姉弟は、同じ家に居ても、厳しいレッスンによって、話す機会をなかなか作ることも出来ず、食事すらも共にすることは稀だ。
久しぶりに会える弟と話したがる姉の姿を見て、姉弟の世話をしているメイドは、早く会わせてあげなくてはと、マッサージの手を速める。
「マグパイ、あとどのくらいで終わりますの? 早く歓談会に行きますわよ!」
「駄目です。足の痛みは辛いんですから。あと二十分」
「長い!!」
「それではお選びください。痛くなくて二十分か、痛くて五分か」
「五分!!」
「承知いたしました」
にっこりと笑ったマグパイが、ゴキりと手を鳴らす。
控え室から遠く離れた歓談会場まで、先程の歌姫の声とは思えない叫び声が届いたが、その声の主を誰も気付けはしなかった。
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