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「クレイン様の好感度が一定以上ありませんと、親しい友人同士で終わるエンドがありますの」
「だから、友情エンドなんですね」
「ええ、そうですわ。
卒業後も親しい友人同士のまま、ロビンさんは歌手になり活躍はしますのよ。私は変わらずの追放エンドですけども」
「えっ…。あ、卒業式典のトリは、奪われてしまうからですか?」
「そうですわ。
クレイン様との恋愛イベントは起きなくとも、私との対決イベントは起きてますから、私の出番は通常通りありますの。トリを奪われて、一族から追放されてしまうのは変わりませんわ」
「……カナリア様は、本当にご自分の運命を変えようとは思わないのですか」
「……もうひとつのエンドでは、私が追放されないバージョンもありますのよ」
「えっ! それなら、そちらで良いのではないですか?」
途端に嬉しそうな顔をするクロウに、カナリアは困った様に笑い、口を開いた。
「ですが、そのエンドは結果的に、ロビンさんと攻略対象者の二人が、自分達の歌を歌えるようになるために新天地を探して旅をするというものですの。
私は目的通りロビンさんを完膚なきまでに叩きのめせて追放もされませんが、貴方が悲しむでしょう?」
フッと微笑んだカナリアに、クロウが目を丸くする。
自分に向けられた優しい微笑みに、クロウは胸の辺りが掴まれたような切ない痛みを覚えた。
「私の為に貴女が酷な運命を行くのは嫌ですよ……」
「あら、勘違いなさらないでちょうだい。私は私の為に行動しているだけですわ。
そもそも、ロビンさんを完膚なきまでに叩きのめすと言ったでしょう。卒業式典のトリを譲る気など、サラサラありませんわ。それで少し違った友情エンドになるかもしれないけれど、絶対にあの二人が一緒になることはさせませんからご安心なさって」
「それは、とても有難いお話です。それに、貴女も追放されないですもんね」
「あっ、私は絶対に追放させて頂きますわ」
「……何故そんなに追放されたいんですか! 卒業式典のトリを奪わせなければ、貴女が追放される理由がありません。それならそれで、良いのではないですか?」
「嫌ですわ、私の悪役っぷりをもうたっぷりとやり切ってロビンさんに告発して貰い、追放して頂きたいの。
私、あの家で収まる程の腕ではありませんし。世界中を股に掛ける歌姫になる予定ですので、あの家に縛られたくはありませんのよ。おほほほ」
高笑いを始めたいつものカナリアに、ああ体のいい家出がしたいのか、とクロウが苦笑いを浮かべる。
確かに、バークライト家は王宮勤めで王族から重宝されているが、その家から世界を駆け巡る歌手は未だ聞いたことは無い。
バークライト家の人間は、皆、王族の深い寵愛を受けている為に、国外に出ることを許されてはいないからだ。
だから、彼女は追放されたいのかと、クロウは納得した。と同時に、こんなにも必死に彼女をこの国に引き留めようとしている自分に驚いた。
何故だか、彼女が卒業と共にいなくなると思うと胸の辺りがザワつく。
この気持ちに気付いては悲しくなる気がして、クロウはギュッと拳を握り、口を開いた。
「そ、それで、話を戻しますが、どうしたらその友情エンドになるんです?」
「とりあえず、前にも言った通り好感度を今以上に上げさせないことですわね。
恋愛イベントを起こさせないように気を付けながら邪魔をしませんと」
「恋愛イベントって急に起こるものなのですか?」
「ある時間帯の特定の場所に行くことで起こりますわね。 このゲームは、主人公が入学してから卒業するまでの三年間の間に、どれだけ歌の努力値と経験値を上げ、攻略対象者との関係を進めることが出来るかがキモでしたから。
イベントを把握して最速クリアを目指せば、一年生の時点で攻略対象者とお付き合いも出来ますし」
「……私のループでは、毎回一年生の時の冬のアリア祭でロビンはお付き合いを始めていました」
「最速攻略プレイじゃありませんの。
こちらも本気を出して邪魔をしなければいけませんわね」
腕組みをしつつ、顎に手を添えて思案顔をするカナリアに、クロウが眉根を下げた。
「私がちゃんと二人きりにしないようにすれば、その友情エンドになりますか?」
「その可能性は高くなりますわね。
万が一、恋愛イベントが起きてもクロウさんの存在で、好感度が上がらないように出来るかもしれませんし」
「その友情エンドなら、私はロビンの親友のままでいられますよね……?」
「……? ええ、そうですわね」
「私、全力でその友情エンドにしてみせます」
カナリアの言葉に、クロウの瞳がメラメラと揺らぎ出した。
ロビンの親友という立場に執着し過ぎているように見えるクロウに、カナリアは羨ましさと同時に少し同族のにおいを察知し、まさか、と肩を竦める。
ただ、少しだけ、クロウのクレインへの執着が少ないようにカナリアは感じた。
「それでは、今度からきちんと二人とレッスン後に生徒会の仕事をして下さいますわね? あの二人を二人きりにしないことが、友情エンドの近道なんですから」
「はい」
しっかりと頷いたクロウに、カナリアはやれやれと長い息を吐く。
「本当にもう、手の掛かる方と手を組んでしまいましたわね」
「す、すみません……」
「謝るくらいなら私の手を煩わせないで頂けます?
貴方のせいで大声を出してしまいましたわ。これから使う大切な喉ですのに」
「これから使う?」
しゅんっとしていたクロウが首を傾げれば、カナリアが喉元を擦りながら頷く。
そして、そのまま歩き始めたカナリアと共にクロウも歩き始め、その隣でカナリアの言葉の続きを待った。
「王宮に呼ばれてますのよ、毎日」
「毎日?! す、凄いですね……」
「おほほ、当たり前ですわ。史上最年少で王宮に上がることが、許された私ですもの。毎日、王宮のステージで歌わせて頂いてますの」
「それは名誉なことですね。尊敬します」
「あら、率直な賛辞だこと。有難く受け取ってあげますわ。けれど、王宮のステージは私にとって踏み台のひとつだということを、分かって頂けると嬉しいですわね」
「誰もが憧れる王宮のステージをそんな風に言えるのは貴女だけですよ……、本当にカナリア様は、その上から目線の自信家っぷりはブレませんね」
「私のアイデンティティですもの」
ふふんっと鼻で笑って颯爽と歩くカナリアに、クロウが呆れた様に笑う。
そして、日が落ちて星がポツポツと現れ始めた空を見上げた。
「……毎日、王宮で貴女は歌を歌っているのですね。
お休みは無いのですか?」
「ここ何ヶ月は、一日休みなんて日はありませんわね」
「え、本当に? 日中は学園で夜は王宮勤め?」
「この年でがっぽり稼がせて頂いてますわ、おほほほ。追放された後も悠々自適に暮らせるくらいには、貯めておきたいですしね」
「でも、そんなに大変だったなんて……。しかも、私達のレッスンに付き合っているから、本当に体を休める時間なんて無いじゃないですか!」
「少しお茶の時間が短くなるだけですわ。貴方如きに心配される程、私はヤワではありませんの」
ひらりと手を払う仕草をし、心配ご無用とでも言うカナリアに、クロウは眉根を下げる。
この疲れの色など微塵も見せず、自分に多大な協力をしてくれる彼女に、自分の不甲斐なさを突き付けられているようで、情けなくなってしまう。
急に俯きがちになった隣を歩く協力者に、カナリアが驚いて眉間に皺を寄せた。
「またですの?! もううじうじするのは辞めていただける?!」
「ごめんなさい……、でも、私は本当に何も貴女を知らなかったんだなって思って」
「……当たり前ですわ。今までの私だって貴方達のことを何も知らなかったんですから」
「カナリア様……」
ふんっと鼻を鳴らしたカナリアが、眉を下げに下げまくったクロウの眉間に自分の人差し指をグッと押し込んだ。
「クロウ・ゴッドスピードは、いつもカナリア・バークライトには決して眉を下げず、ロビンの代わりに、ここに皺を寄せる役目でしたわ」
「そんなにいつも皺寄せてませんよ」
むすりと不機嫌そうにカナリアの手を払ったクロウに、カナリアが可笑しそうに笑った。
そして、彼女はふっと目を細め、静かに口を開く。
「ロビン・カルティスは、カナリアにとって目も向けることもない路傍の石。けれど、その努力と周りの支えによって、カナリアにとって邪魔な存在になった。
このままでは、卒業式典のトリを奪われると恐れる程に」
聖アリア学園での成績は、そのまま卒業後の自分の価値の証明になる。
卒業するだけでも歌手として引く手数多の聖アリア学園だが、卒業式典のトリを任せられるということは、スターへの道は確定したも同然なのだ。
そして、そんな卒業式典ではいつも閉ざされている聖アリア学園の門は開き、一般の人々やマスコミも聞きに訪れ、その価値を存分に世間に見せられる格好のステージ。
その名誉あるステージでカナリアは、世界にも通用する歌姫っぷりを見せ付けるのが、当然であり必然だと思っていた。
世界的有名なスターになる一歩を確立する為に、幼い頃から歌だけで生きてきたのだ。
その生きてきた理由を、ぽっと出の音痴娘にかっ攫われそうになる。そりゃ、焦るし蹴落とそうとするだろう。
「今までの私にとって、ロビンも貴方も学園に居る全ての人間が敵ですもの。
知る必要なんてひとつも無い。蹴り飛ばす石が、どうやって出来て、どうしてそこにあるのかなんて考えないでしょう?」
「でも、貴女はその蹴り飛ばす石に、目を向けたじゃないですか」
「……仕方ないですわ。だって、何処かの女の記憶のせいで、ロビンさんの事を知ってしまいましたから」
目をそっと瞑り、前世の自分を思い出す。
努力をしても報われることが少ない現実の中で、ゲームの中のロビンだけが、自分を励ましてくれた。
一心不乱に夢に向かうその姿に、どれほど心が救われたか。どれほど、前を向けたか。
たかが、ゲームのキャラクターだと笑われても、彼女にとって、そのロビン・カルティスというキャラクターは、何よりも大切で心の中にずっと暖かく輝き続けた。
「まあ、記憶が戻ったからと言って、私は変わりませんけど。史上最悪の悪役令嬢として華々しく輝きますけど」
「本当にブレませんね。少しはブレてくれても良いのに」
「何を仰いますの。カナリア・バークライトは、ロビン・カルティスを追い込み、蹴落とし、その上で高笑いし、一族から恥だなんだと罵詈雑言吐かれてから追放され、この国から颯爽と追い出されますのよ」
「……聞くだけで、悪役ですね」
「もっと凄まじい悪役を、私は目指しますわ」
「目指さないで下さい。ロビンが可哀想」
真顔でそう言ったクロウに、カナリアはフッと笑う。
そして、二人は学園の門の前で止まるカナリアの大きな馬車に辿り着いた。
「あら、クロウさんの馬車は来ておりませんの?」
「……そうみたいですね」
「よろしければ、送りましょうか?」
「いえ、大丈夫です。待っていたら来ますから」
「そう? それでは、また明日」
「ええ、また明日」
手を小さく振ったクロウに、躊躇いがちにカナリアは振り返し、馬車に乗り込む。
「……手を振ったのなんて何年ぶりかしら」
そう小さく呟いて、彼女は少し笑った。




