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ヒロインガチ推し悪役令嬢は今日も悪役を楽しむ  作者: 月見里 雪
第二章『愛しのあの子を鍛えましょう』

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 第六音楽室に響く耳障りな歌声を聞きながら、カナリアはちらりと時計を見遣る。

 短い針が七の数字を示しており、もう練習を始めてからそれなりの時間が経ったことに気が付いた。

 相も変わらず、音を外しまくるロビンに小さく溜息を吐き、カナリアは椅子から立ち上がる。

 すると、ピアノとロビンの歌声がピタリと止み、三人の色とりどりの瞳が、カナリアへと向けられた。


「私、そろそろお暇させて頂きますわ。もう外も日が落ちてしまいましたから」

「ああ……、もうこんな時間でしたか。そうですね、今日はレッスンはここまでにしましょう」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございます」


 クレインへ漆黒と亜麻色の頭が、一礼する。

 それに、彼は温和な笑みを見せ、「明日もよろしくお願いします」と同じ様に頭を下げた。

 その頭の下げ合戦を呆れたように横目で見ながら、カナリアは音楽室の扉へと向かう。


「あの、クレイン様はこれから生徒会のお仕事をなされるのですよね? レッスンの対価と同じくらいの働きが出来るか分かりませんが、一生懸命お手伝いしますね!」

「ありがとうございます、ロビンさん。簡単な仕事ですし、そんなに張り切らなくて大丈夫ですよ」

「……それでは、私はこれで」


 三人の話を背中越しに聞いていたカナリアが、静かに帰ろうとするクロウを直ぐ様睨み付けた。

 その凄まじい怒りのこもったカナリアの眼力に、クロウは目を丸くしてカナリアを見つめ返す。


「……クロウさん、貴方帰りますの?」

「え、ええ……、そのつもりですが」

「……貴方もレッスンの対価を払わなければいけないと思いませんの? ロビンさんと同じようにクレイン様のお仕事を手伝ってはいかが?」

「えっ……」


 禍々しい怒りオーラを出すカナリアに、クロウが困惑気味に声を漏らす。

 クレインとロビンをちらりと一瞥してから視線を下げ、困った様にカナリアを無言で見つめた。

 それに彼女は大きな溜息を吐き、クロウを見据える。


「私やロビンさんは条件付きですのよ。クロウさんだけ無いのは可笑しな話でしょう?」

「そ、そうですけど……」

「クロウもクレイン様のお手伝いしよう、ね?」

「カナリア様の仰ってることはごもっともです。クロウさんも僕のお手伝いを条件にしましょう」


 カナリアにたじたじなクロウに、クレインとロビンが、優しく微笑みながら助け船を出す。

 それに思惑通りだと、カナリアが心の中でほくそ笑めば、クロウが焦った様に頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! えっと、今日は用事があるので! 次回からにしてもらって良いですか?」

「そうなの?」

「う、うん、すみません、クレイン様」

「謝らなくて大丈夫ですよ。出来る時にお手伝いして頂く形で良いですから」

「本当にすみません。ありがとうございます。さ、カナリア様、途中まで一緒に行きましょう!」

「は? ちょ、勝手に手を掴まないで下さる?」


 ぐいっと手首を掴まれ、クロウと共に音楽室を出る。

 足早に靴箱に向かうクロウの後ろ姿を見ながら、カナリアはふつふつと湧き上がる怒りを堪え切れず、曲がり角を曲がった瞬間にその手を振り払った。


「どういうつもりですの!」

「……何がですか」

「折角、二人きりになるのを邪魔出来るようにお膳立てもしましたのに! 何故、私と帰ることになりますの?!」

「……だって」

「だっても何もありませんわよ! 貴方、先日のお話で二人を引き裂こうと、私と結託しましたでしょう!」

「そうですけど! でも!」

「でももへったくれもありませんわ! 今すぐ戻って二人の邪魔をしてきなさい!! ご自分の運命を変えたいのでしょう!?」

「私にはやっぱり無理です!!」


 がなりたてるカナリアに、クロウが叫ぶ。

 あまりにも苦しげなその叫びに、カナリアは眉間に深い皺を寄せて口を閉ざした。

 俯くクロウの次の言葉を待つようにカナリアは、静かにクロウを見据える。


「わ、たし、あんな二人を見るのは……辛いです」

「……そうでしょうね」

「今の二人を今更邪魔したって、意味が無いことはもう知ってるんです。

 あの二人は結ばれる運命。そんな二人を私は見たくない……」


 いつも凛として揺らがない漆黒の大きな瞳に涙を溜めたクロウに、カナリアが盛大にため息を吐き出す。

 それにビクリと肩を震わせたクロウを困ったように見つめ、カナリアはそっとその両頬を優しく両手で包み、俯いた顔を上げさせた。


「あの二人が結ばれる運命をぶち壊すのが私達でしょう。今更、何を怖がってますの」

「怖いですよ……。二人を引き裂けば、私はロビンに嫌われる」

「嫌われる覚悟をしたから、運命を変えたいと言ったんじゃありませんの?」

「結局私に、そんな覚悟はなかったんです!」


 今度はクロウが、カナリアへと声をぶつける。

 眉間に皺を寄せ、意味が分からないとでも言いたげなカナリアに、クロウが続けた。


「二人きりのレッスンは、幾度となく見てきました! もうレッスンを始める段階では、ロビンとその相手は想い合ってるんです!」

「そんなことは私も知ってますわよ! 前世で貴方より周回してますもの!!」

「なら、今更何したって変わりませんよ! 運命を変えたいなんて言ったけど、そう簡単に変わらないし、そんな覚悟も私にはありません!」

「親友に嫌われる覚悟くらいしなければ、貴方の幸せは勝ち取れませんのよ?!」

「良いです! もう! 私はロビンに嫌われたくない! 彼女が幸せなら私も幸せなんです!」


 わーわーと喚いてボロボロ涙を零すクロウに、カナリアが苛立ちのまま、その頬をぐいーっと引き伸ばした。

 目元も頬も真っ赤なクロウに、カナリアは紅の瞳を細める。


「い、いたいです」

「今日の二人を見て、自信を失くしましたのね」

「……っ!」

「仲睦まじげなお二人でしたものね。

 彼のピアノはロビンさんと何度も練習していたのが分かる程の合わせっぷりでしたし」

「……そうですよ、二人とも息のあった伴奏と歌でした」

「それがなんですの」

「えっ」


 カナリアの細い指がクロウの涙を拭い取り、きょとりとした顔で自分を見つめる大きな瞳に、自信満々な笑みを浮かべる。


「想い合っている? そんなこと見てわかりますわ。

 ですが、ロビンさんがクレイン様の好感度を落とし続ければ、想い合っていたことなど過去のことになりますのよ」

「で、でも、好感度を落とすってどうすれば……」

「本当はこのままロビンさんに音痴のままでいてもらったほうが、手っ取り早く済みますの。その方が簡単ですし」

「か、簡単? 彼女は卒業の時、貴女を追い抜くんですよ」

「それは二人きりのレッスンや自主練習をきちんと続けていた場合のお話ですわ。

 今は私やクロウさんも加わって、少し未来が変わりつつありますし、私があの場でずっとロビンさんを威圧していますから、彼女は緊張して上手く歌も歌えはしませんわ。

 このままなら音痴のまま彼女は卒業でしょうね。歌を諦めるバッドエンド突入ですわ」

「……そんな酷い終わり方も、ゲームの中にはあるのですか?!」


 頷いたカナリアの言葉に、クロウがグッと眉間に皺を寄せた。

 何度もループしてきたクロウだが、ロビンが攻略相手と幸せになるエンドしか見てこなかったようで、バッドエンドという言葉に焦りを覚える。

 その様子にカナリアは、一つ溜息をつき、口を開いた。


「このゲームには、バッドエンドが三種類ありますの。

 一つは、レッスンにおける努力値と経験値の不足により迎える先程お話したバッドエンド。

 これは卒業式典のトリを私から奪い取れず惨めに敗北し、攻略対象者を失望させ、ロビンさん自身も自信をなくして歌を諦めてしまうエンドですわ。

 ですが、これは私の意に反していますので、却下させていただきますわ」

「当たり前です! ロビンが歌を諦めるなんて……、そんな酷い未来は断固阻止です!」


 必死な形相でカナリアに詰め寄るクロウに、カナリアが「ちょっと落ち着きなさい」と窘める。

 けれど、クロウはロビンの悲しい未来を想像してか、またもやその大きな瞳に涙を溜めた。


「あの子は皆から無理だって言われても、頑張って頑張って貴女を超える為に頑張って……っ。そんなあの子が、歌を諦めるなんて……」

「ですから! そんなエンドにはしませんって言ってますでしょう! そもそも、そのエンドにしますと私の出番が極端に少なくなりますのよ。

 こんなにやる気に満ち溢れた私の悪役っぷりを見せることが出来なくなるなんて、許せませんわ!」

「で、出番?」


 涙目からきょとん顔に変わったクロウに、カナリアがふんっと鼻を鳴らす。


「あの子の勉強不足と努力不足で、勝手に歌を諦めるだけのエンドですのよ。ただの自業自得ですわ。

 それなのに、努力値と経験値がある程度ないと恋愛イベントも対決イベントも起きませんから、私の出番は卒業式典の『飛ぶ努力をしない鳥は堕ちるだけですのよ』だけ!

 私の悪役ポジションはどこへ?! 一言嫌味言うだけで終わりの悪役とは?!」

「ちょ、カナリア様、落ち着いて下さい」

「しかも、攻略対象者は音痴のままのロビンさんに失望して、彼女を見放しますのよ。

 彼女をレッスンしていたのはご自分の癖に、上手くならなかったのは彼女自身のせいにして!

 最低最悪なクズっぷりで私より悪役っぽいのですわ!」

「何ですか、それ。ロビンは素質があるのに、それを見出せなかったのを、ロビンのせいにするなんて」

「本当にそうですわよね。努力と経験の不足は本人も悪いですけど、教える側も教える責任というものが必要ですわ。

 それを放棄するくらいなら、始めから中途半端にレッスンなどしなければ良いですのに。ですから、私このエンド一番嫌いですの」

「分かります」


 ロビンガチ推し令嬢とロビンの親友令嬢が、顔を見合わせて頷く。

 この二人、ロビンへのクレインの好感度を落とす算段をしていたはずだが、いつの間にやら話が脱線していることに気付いていない。

 それに、ハッとしてカナリアが一つ咳払いをした。


「あら嫌ですわ、話が逸れましたわね」

「す、すみません。えっと、バッドエンドの話でしたよね」

「そうですわ。

 バッドエンドにはもう二種類あって、私の一番おすすめのバッドエンドが友情エンドですの」

「友情エンド?」


 首を傾げたクロウに、カナリアは燃えるような紅の瞳をすうっと細めた。



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