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廊下へと移動した三人を、沢山の生徒達が遠巻きに、ちらちらと視線を向ける。
学園で有名であり、一年生首席であるカナリアと、その次に歌の成績が良いと評判のクロウが揃っており、そこに何故か学年最下位の音痴が混ざっているのだ。
この異色の三人組に、好奇の視線が集まるのも仕方ないだろう。
「さて、ここなら邪魔者は来ないでしょうし、聞きたいことがあったら答えますわよ」
「聞いてません」
「今朝、決まったことですもの」
怒りを込めて呟かれたクロウの言葉に、あっけらかんとカナリアが言い放つ。
そして、さも面倒だとでも言いたげに、目を細めて言葉を続けた。
「先程、教室でも話した通り、この三人でクレイン様のレッスンを受けることになりましたのよ。同じことを何度も言わせないで下さる?」
「何故、私が……」
「クロウさん、私のお話聞いてまして? 何度も同じことを言わせないで欲しいのだけれど」
ぶつぶつと文句を言うクロウに、カナリアが低い声で一喝すれば、不服そうな顔をしながらもクロウは口を噤んだ。
そんな二人をハラハラとしながら見るロビンに、カナリアのきつい視線が向けられる。
「ロビンさん、貴女もそのびくびくおどおどした態度を改めて下さる? 見ていてイライラしますわ」
「ひっ! す、すみません」
「カナリア様、ロビンに凄むのは止めて下さい」
涙目のロビンを庇う様に、クロウがカナリアの前に立ちはだかる。
カナリア的には、震える子兎のような貴女も可愛いけれど周りに舐められますわよ、というアドバイスのつもりだったのだが、それは伝わっておらず、肩を竦めた。
――まあ、伝える気もさらさら無いから良いですけど。
「さて、本題ですけれど、今日の放課後、特別校舎の第六音楽室でレッスン開始ですわ。金曜日と週末以外、クレイン様がレッスンして下さるので、お忘れにならないように」
「本当に私も行くんですか……」
「当たり前ですわ。この私がわざわざ早朝に、生徒会室まで出向いて取り付けましたのよ。
クレイン様も私がお願いしたら快く承諾してくれましたわ」
ふふんっと紅の髪を払って胸を張るカナリアに、クロウが何がお願いだ、脅迫の間違いだろうと呆れながら、後ろのロビンをチラリと見遣る。
先程からずっと黙ったままだったロビンは、尚もカナリアに怯えながら、何か聞きたげな様子でカナリアの様子を伺っていた。
クロウが首を傾げれば、ロビンがそろりとクロウの背中から出てくる。
上目遣いで自分を見つめるロビンに、カナリアは心の中で可愛いを連呼していれば、ロビンはバッと頭を下げた。
「さ、さっきはありがとうございました!」
「……は?」
「私のこと、庇って下さりました。本当は昨日のこともお礼を言わなければと思ってたんです……。本当にありがとうございます」
ふわふわのブラウンの頭が自分に下げられているこの状況に、カナリアは叫び声を上げそうになったが、何とか踏み止まり、眉間に皺を寄せた。
「私は貴女にお礼を言われるようなことをしていませんわ」
「……カナリア様がそう思ってても、私はすごく助けられたんです。
昨日、何も言えなかった私の背中を押してくれたのは、貴女でしたから」
「あら、主犯の私が貴女の背中を押すわけないでしょう。その頭の中、その髪と同じでふわふわし過ぎじゃなくて?」
――だから早く顔を上げてちょうだい! 推しに頭を下げられるなんて、恐れ多くて仕方ありませんのよ!!!
そんな内心焦りまくりのカナリアから、やっと頭を上げたロビンが、不満そうな顔をする。
普段、温厚でほわほわと笑ってばかりのロビンの初めての表情に、クロウは目を丸くしながら、彼女の頬が膨らんでいくのを見つめた。
「確かに、カナリア様はあの場で主犯という形でしたけど、私のことを理不尽に責めていたのは周りの方々でした。
貴女は事実しか話していません。私の軽率な行動についてしか」
スッと下げられた悲しげな視線に、カナリアとクロウがピクリと反応する。
ロビンは視線を下げたまま、言葉を続けた。
「分不相応なのは分かってたんです。クレイン様みたいな凄い人がダメダメな私なんかのレッスンをしてくれるなんて……。
早く断らなきゃって思ってたのに、ずるずる彼の優しさに甘えてしまってました。
……皆が怒るのも分かります。音痴が調子に乗ってるんだって思いますもん」
「「違う!!」」
「えっ」
俯くロビンに二人の声が重なり合う。
驚きで顔を上げたロビンに、二人はハッとしてロビンから視線を逸らした。
そして、先にクロウが口を開く。
「貴女は、音痴なんかじゃない」
「ふふ、いつもそうやって励ましてくれるね、クロウは」
「……ロビンさん、クロウさんはただの励ましで言ってる訳ではなくてよ」
自信なさげにへらりと笑うロビンに、カナリアが紅の瞳を細める。
クロウの言葉が全く響いていない彼女へ、大きな溜息を吐きつつ、カナリアは言葉を続けた。
「貴女は確かに音痴ですわ。私の隣で歌うなんておこがましいと思う程に」
「……そ、うですよね」
「ですが、クレイン様の見る目はありますのよ」
「えっと……?」
目をぱちくりとさせたロビンに、カナリアが大きく深い溜息を、わざとらしく吐いた。
そして、困惑気味なブラウンの瞳を見つめて口を開く。
「教室でも言いましたけれど、貴女はクレイン様に選ばれましたのよ。
こんなにも沢山、歌が上手な生徒達がいますのに、わざわざその中から学年一歌が下手くそな貴女を選びましたの。その事をよくよく頭に入れた方が良くってよ」
「ど、どういう意味でしょうか……」
「知りませんわよ。ご自分で考えなさい。
私が言えることは、クレイン様はただの音痴に歌を教えるほど、暇ではないということだけですわ」
ふんっと不機嫌に言い放ったカナリアの言葉に、下がり切っていたロビンの眉が徐々に上がっていく。
柔らかそうな頬に朱が差して、嬉しそうに目を細めたロビンが、おずおずと口を開いた。
「慰めてくれたんですか?」
「貴女の耳と頭、本当に可笑しいですわよ。
一度、医者に診てもらったほうがよろしいのではなくて?」
「言葉が過ぎますよ、カナリア様」
嫌悪感をあからさまに顔に出すカナリアに、クロウが苦笑する。
少し元気が戻った様子のロビンは、へにゃりと笑った。
「カナリア様やクロウの隣で胸を張って歌う為に、頑張ります。
そして、クレイン様に恥じないよう精一杯努力します」
「精々、無駄な努力をしたら良いですわ」
「一緒に頑張ろう、ロビン」
ガッツポーズをするロビンに、クロウが優しく微笑みかける姿を、カナリアが横目で見遣る。
微笑ましい二人だが、これからクレインを奪い合うのだと思うと、カナリアは穏やかな気持ちで見ることは出来なかった。
わざわざ早朝にクレインの元に出向いて、クロウをレッスンに参加させる為に動いたのは、クレインとクロウの接点を作らせ、ロビンの邪魔をさせるためでもある。
主人公から攻略対象者を親友が奪うENDなんて、この乙女ゲームでは用意されていなかったが、ここはもうゲームでは無く現実世界だ。
ゲームでは無かった行動をすれば、違う未来が待っている。
二人だけのレッスンに、カナリアとクロウが参加出来たのが、何よりの証拠だ。
「……運命は変えられる」
二人に聞こえない程の小さな声でポツリと呟き、カナリアは二人に背を向けた。
「え、カナリア様?」
「早く戻りますわよ。始業時間になりますわ」
「あぁ、本当だ。急ごう」
慌てた様子で教室へと向かう二人が、カナリアを追い抜く。
そのブラウンと漆黒の髪が舞うのを見つめながら、カナリアはフッと笑った。
「私の運命は私が決める」
第一章まで読んでいただき、ありがとうございます。
謎の多い子やカナリアの運命の行く末など、楽しんで読んで頂けたら幸いです。
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