プロローグ
春の麗らかな日射しを浴びながら、聖アリア学園の門前にカナリア・バークライトは立つ。
これから始まる学園生活に期待と緊張を胸に秘め、彼女がその門を潜り抜けようとすれば、その隣をふんわりとした亜麻色の髪が通り過ぎた。
その瞬間、カナリアに衝撃が走り、頭の中で沢山の記憶がグルグルと巡りながら全てを思い出した。
――ああ、あの少女は夢にまで見たあのゲームのヒロイン……っ!!
小さくそれでも背筋をピンっと張った後ろ姿を恍惚とした表情で、カナリアは見つめ続けた。
***
この世界が前世でプレイしていた『唄う恋のコマドリ』という育成型の乙女ゲームだということを思い出しながら、カナリアは仕立ての良さそうなスーツを着た学園長の長々しい話を聞いていた。
『唄う恋のコマドリ』とは、前世でとてつもない人気を博した乙女ゲームでアニメ化、映画化、果ては舞台化とその人気はうなぎのぼりなゲームだった。
ファンの熱い要望で何作か続編が作られ、シリーズ化もしていたはずだ。
そしてこの世界は、記念すべき第一作目の世界である。
このゲームは、主人公ロビン・カルティスがアリア学園に入学するところから始まる。
このアリア学園は素晴らしい歌手を数多排出する世界的に有名な歌手養成学校である。
歌手を夢見る少年少女達が、期待を胸にこの学園に来るのだが、入学するには厳しい審査があり、その評価基準が『歌の上手さ』である。
主人公のロビンも歌手を夢見る少女なのだが、声も歌も及第点以上で素晴らしい評価を得られるものの、”究極のあがり症で人前では歌えない”という設定でスタートする。
けれど、彼女はあがり症を克服しようと寝る間も惜しんで努力し、またその際に出会う様々な異性との交流や恋愛を経て彼女は成長していくのだ。
弛まぬ努力と想い人の支えによりロビンは、最優秀成績者の座を見事勝ち取り、卒業式典のトリを務めるまでになる。
そして、彼女は想い人と共に学園を去り、幸せな家庭を築きながら世界的に有名な歌手となるのだ。
異性達との恋愛も良いけれど、それよりも彼女の努力する姿がまた最高なのですわよねぇー、と、カナリアはうっとりと物思いに耽った。
プレイヤーは、ロビンのパラメーターを上げるために様々なミニゲームをこなす必要がある。
曜日ごとに用意されたミニゲームに挑戦するのだが、その度にロビンが走り込みをしたり、発声練習をしたりと一生懸命な姿を見せてくれた。
また、その背景が校舎裏だったり、夕暮れで人のいない音楽室だったりと、一人で黙々と努力しているロビンの姿はとても健気でいじらしく、カナリアはよく庇護欲を掻き立てられたものだ。
「入学生代表、カナリア・バークライト」
「はい」
名前を呼ばれ、だらしなくニヤついていた口元をキュッと引き締める。
そして、カナリアは入学生達の視線を受けながら颯爽と壇上へ上がり、つらつらと入学生代表の挨拶を述べた。
カナリア・バークライト。
この世界で知らぬ人は居ないと言われる程の音楽貴族一家バークライト家の長女であり、天性の歌姫である。
美しい燃えるような紅の髪と瞳を持ち、その美貌と歌声はまるで火の女神と揶揄される程。
されど、天は二物を与えず。
彼女の性格は驚く程に捻りに捻り曲がっていた。
傍若無人、我儘放題で世界は自分中心に回っていると本気で思っている高飛車娘。
そんな彼女は、後に目まぐるしい成長を遂げるロビンを危惧し、あの手この手で蹴落とそうと画策する。
また、彼女と想い人の邪魔をこれでもかという程するのもカナリアである。
彼女はどのルートを選んでも颯爽と現れ、ロビンとその想い人を引き裂こうとあらゆる手段を使い、邪魔をした。
つまり、このゲームの世界での悪役である。
哀しいかな、ヒロインガチ推し勢だった前世の自分は、何故かヒロインをこっぴどく虐めまくる悪役令嬢になってしまったのだ。
「以上。入学生代表、カナリア・バークライト」
入学生達のチクチクとした視線と沢山の拍手を受けながら、カナリアは生徒達の中にいる可愛らしい少女を見つめる。
羨望や妬みなどひとつもなく、一生懸命に拍手を自分に送る少女に、カナリアの胸はきゅんっと高鳴った。
――ああ、可愛いロビンちゃん。
本当は貴女の親友ポジになりたかったけれど、貴女のライバルポジなんて私以外誰も出来はしない。
だから、覚悟を決めるのよ、カナリア・バークライト。
彼女の成長の足掛かりになる為に、彼女をとことん追い詰める悪役を存分に楽しんでやるわ。