第01話:孤龍の名
「喋った?!」
いや、それはないだろうと自分に言う。
ずっとこの龍を見続けているが、口を開いた様子はない。
その時、一つだけ思い当たる節があった。
初級魔術『転送』
多少の魔力があれば誰でも使うことが出来る技だ。
その技の発動のしやすさから、魔法学校では一番最初に教えられる類のもの。
が、その必要性は高く、魔力が高くなるにつれ転送できるものが増えて、距離も伸びる。
最初は鉛筆を30cmも動かせれば上等だが、上級魔術師などになると声や視覚も転送できるらしい。
一番送りづらいのは魂で、人間を転送するにはかなりの魔力が要るらしい。
しかも、『魂は皆平等である』と言わんばかりにテントウムシの一匹も送るのは難しい。
昔話に戻るのだが、人に魔法を伝えたのは龍なのだという。
自らが喋ることはできないが、人の言葉を即座に理解する知能、山をも動かすという力、人では到底得ることのできない魔力、と史上最強の生き物だといっても過言ではない。
もっとも真偽の程は確かではないし、今俺の目の前にいる『このちっこいの』に山を動かされちゃたまったもんじゃない。
が、意思を送るだけの魔力があるとすれば……。
伝説は本当なのかもしれないぞ、と少し自分を疑ってしまう。
というのも、意思とは魂の断片のようなもの。
記憶を送るよりは大したことないが、それでも魔力がなければ出来ない事。
どちらにせよ、『このちっこいの』に魔力があるのは確実らしい。
もし、さっきの懇願するような意志が本当の物だとするならば。
「お前、喋れるのか?」
実際には転送を使うのだから『喋る』とは少し違うが。
「意思を伝えることはできる」と頭に響く。
少し頭に違和感が残るが、すぐに慣れるだろう。
そんなことは大したことじゃない。
問題なのはこれからどうするか、だ。
「とりあえず名乗っておくよ。俺の名はレイヴォル=キースブール。好きなように呼んでくれていい。」
「僕はシェノザ、見ての通りの龍だよ。よろしく、レイ。」
「あぁ。」
ここまで転送を自在に扱うとはなぁと少し関心したりもする。
「僕でも転送を乱用するのは、あまり楽じゃないんだ。レイの人語の知識をコピーしたいんだけど、いいかな?」
知識のコピー?そんな魔法は今まで聞いたことがない。
あれか?龍の特権なのか?と少し興奮した自分が情けない。
まだまだ子供なのだなぁと思う今日この頃。
「龍族に伝わる魔法なんだけど……。君に害はないよ、僕の頭に額を合わせてくれればいいよ。」
「こうか?」と、言われたとおりに額を合わせる。
と同時に、まるで異世界にでも連れて行かれたように頭が真っ白になる。
続いて感じたのは、シェノザとなのる龍の膨大な魔力。
それが次々に自分の中へと流れ込んでいく。
「はい、終わり。」
と、澄んだ可愛らしい声が響く。
よく思い出せば、それは『キュウゥ』と鳴いていた当人(当龍?)の声そのものだ。
「なかなか……すごい魔法だ。」
でしょ?というように誇らしげな顔を見せるシェノザ。
実際には龍の表情なんて分かりっこないのだが気にしない。
「何が見えた?」
と、急に問うシェノザ。恐らく人間なら『突然真顔になって』といった所だろう。
こちらも急に真面目になっていう。
「世界が……全てが、見えた。」