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ロシアンブルーな彼女



「おはよう望月さん! よかったら一緒に学園まで行かない?」

「え……大丈夫。先に行ってて」

「おっけー! 明日は一緒に行けたらいいなぁ! じゃあまた学校でね!」


「おやすみ望月さん! 早く寝ないと起きられなくなっちゃうよ! あんまり夜更かししちゃダメだよっ!」

「……おやすみ」


「あ! 望月さんだ! ご飯一緒に食べない?」

「大丈夫。気にしないで」


「望月さん! 望月さんって猫好きなの!? 私も好きだよ! 何猫が好き?」

「(ね、猫……)わ、わたしははロシアンブルーかな……」

「ろしあんぶるー? そっかそっか! 私はねー……あ、犬が好き!」

「…………」


 朝はおはよう、夜はおやすみ。挨拶を心がけ、普段は姿を見かけるととにかく話しかけ誘ってみる。

 好きな話題を見つけ出し、会話を盛り上げる。

 柚香は出来ることは何でもやろうとし、数日間頑張った。

 そう、同室の望月蓮華と仲良くなりたいが為に――


「――お前さ、もう諦めた方がいいんじゃね?」

「…………」

「ダメだ。さすがのゆずもそろそろ限界キテんな。魂抜けてる」


 あまりに報われない柚香の姿を近くで見てきた亮太が、いつかみたいに机に突っ伏している柚香に声をかける――が、その声は柚香に届いてるのかは定かではないみたいだ。


「おい、お前も何か言ってやれよ。大体お前が変にこいつのこと持ち上げるから今こうなってんだぞ」

「うーん……まさかゆずちゃんがここまでしてもダメだなんて、想像してなかったな……なかなか手強い子だね望月さん」


 創も亮太と同じく近くで柚香の健闘を見守っていただけに、苦笑いすることしか出来ずにいた。


「――何で!? 何でこんなに想いが伝わらないの!? 私本当に嫌われてる!?」


 ここ数日の柚香の頑張りはそれなりのものだったにも関わらず、相変わらず蓮華との距離が縮まることはなかった。

 寧ろ変に絡みに行きすぎたのか、前より遠ざかっている気もする。


「嫌われてはないけど、うざがられてはいるだろうな。確実に」

「やめて亮太! 立ち直れない!」

「ま、まぁ元気出してよゆずちゃん! B組の生徒の子が言ってたけど、望月さんって元々あんまり人と話したりしないみたいだし……」

「う~~創くん! もっと慰めて~!」

「よしよし。よく頑張ったねゆずちゃん」


 涙目になっている柚香の頭を、小さな子供をあやすように創が優しく撫でた。


「ゆずは“誰とでも仲良くなれる才能”なんて持ってなかったみたいだな」


 そんな二人を見て、亮太が嫌味ったらしく言う。


「違うもん! 創くんが見つけてくれた私の才能だもん! 絶対仲良くなれるもん……」

「もんもんうるせーよ! 子供か!」

「どうせまだ子供ですよ! 高校二年生なんてまだ子供ですぅ! ……とは言っても、少しだけ大人しくしてようかなぁ」

「ゆずちゃん……」


 いつもの亮太との口喧嘩を続ける気力もないくらい、柚香は落ち込んでいるようだった。

 そんな柚香を見て、創も心配そうに柚香を見る。


「迷惑かけて嫌われるのも嫌だし、しばらくは大人しくすることにしてみる。創くんも亮太も、応援してくれたのにごめんね」


 柚香にとっては悔しい決断だったが、実らない努力を続けて逆に嫌われてしまうと元も子もない。


「そんなことないよ。僕も、ゆずちゃんに無理をさせちゃったみたいでごめんね?」


 自分が変に背中を押してしまった、と、創も少なからず責任を感じていた。


「何つーか、押してダメなら引いてみろって言うだろ? な? 何とかなるって」


 亮太も元気づけようとしたのか、先程の創とは違いぶっきらぼうにわしゃわしゃと柚香の頭を撫でた。

 昔から嫌なことがあった時、こうやって亮太が頭を撫でてくれたのを思い出す。撫で方は優しくないけど、亮太の優しさは確かに伝わってきて、柚香は小さく笑った。


「二人ともありがと! 一応今日の夜、今まで迷惑かけちゃったこと望月さんに謝っとくよ」


 今まで深く考えなくても出来ていた、“誰かと友達になる”ということ。

 それがこんなにも難しいものだったということを、柚香はこの学園に来て初めて学んだ。



****


「…………」

「…………」


 今日も今日とて、柚香と蓮華の部屋は柚香が言葉を発さない限り無音を貫いている。

 微かに聞こえる音は、蓮華がペンを走らせている音と、柚香が読んでいる雑誌のページをめくる音だけだ。


 真剣な表情で机に向かう蓮華とは真逆に、柚香は雑誌の内容が頭にまるで入っていなかった。

 ただページをめくる作業をしているだけで、頭の中ではずっといつ蓮華に謝ろうか、とそれだけを考えていた。


――どうしよ。今話しかけていいのかな。ていうか、ずっと気になってたんだけど望月さんいつも真剣な顔して何描いてるんだろ? 


 雑誌を目の下ギリギリまで上げて顔を半分以上隠し、座っている蓮華の後ろ姿を柚香はじーっと見つめる。

 部屋にいるほとんどの時間を机に向かって過ごしている蓮華のことが、柚香はずっと気になっていたが、この時間を邪魔してはいけない気もして、この時だけは蓮華に必要事項以外は話しかけることを控えていた。


――でもこのままだと私寝ちゃいそうだし……いいや! 謝るだけだから話しかけちゃおう。ついでに……


 後ろからこっそり、何描いてるか見てみよう、なんて。柚香の中にちょっとした出来心が生まれる。

 ゆっくりと背後から蓮華に近付き、柚香はそーっと首を伸ばして、蓮華の机の上を見る。

 そして蓮華が描いているものを見て、柚香は目を見開いた。


 そこには、想像もしていなかった、柚香の似顔絵を真剣に描いている蓮華がいたからだ。


「ななな、何これ! すごい!」


 あまりにも上手で、可愛く描かれたその似顔絵を見て、柚香は感動してこっそり見るつもりが気付いた時には思い切り声に出して反応してしまっていた。

 すぐ後ろから聞こえた柚香の声に蓮華は驚き、そして自分の描いているものを見られてしまったと気付き隠そうとすると、慌てすぎたのか机に置いてあった他の紙がバサバサと床に落ちた。


「あっ……!」

 

 手を伸ばし、拾おうとするが時すでに遅し。

 そこには数々の少女漫画チックなイラストがあり、これら全て、蓮華が描いたものに違いないだろう。


 蓮華は自分の趣味を見られたことが恥ずかしくてたまらないのか、顔を真っ赤にして落ちたイラストを拾っていく。

 柚香は机の上に一枚だけ残った自分の似顔絵が描かれた紙を持ち、しゃがんで蓮華と目線を合わせて言った。


「望月さん、すごいよ! これ私でしょ!? こんな可愛い自分初めて見た……嬉しい! 感動!」

「えっ……?」


 キラッキラと瞳を輝かせながら自分に話しかけてくる柚香を見て、蓮華は戸惑う。


――気持ち悪いとか、言われると思ったのに……


 知らないところで勝手に自分の似顔絵を描かれてたなんて知られたら、柚香に何て思われるか。

 きっと気持ち悪がられるだろう。蓮華はそう思っていたのに――目の前にいる柚香は自分の予想とは全く別の反応で、嬉しそうに自分が描いた柚香の似顔絵を見ている。


「いつからこんなにうまくなったの? ずっと描いてたの? ねえ、他のも見せてよ望月さん!」


 何度も愛想のないこんな自分に向けてくれた屈託のない笑顔。

 蓮華は、そんな柚香の笑顔を見て、思わずつられて笑ってしまう。


「ふふっ……神崎さんって、すごい……」

「え、何が……ていうか、やっぱり笑った顔はもっと可愛いーーーーっ!」

「えっ? な、何?」

「ううん、こっちの話! それよりもっと望月さんとお話ししたい!」


 迷惑かけたことを謝るつもりが、そんなことも忘れて柚香は目の前の蓮華の笑顔と、可愛らしいイラストの数々に夢中になっていた。

 ストレートに気持ちをぶつけてくる柚香の言葉を聞いて、蓮華は勇気を振り絞ってみることにする。


――そう、今までずっと、本当は……


「……わたしも神崎さんと、仲良くなりたかったんだ」



****



「――そっか。じゃあ望月さんは、ずっと入院してたんだね」

「うん……だから、家族以外と関わることがほとんどなくて……どうやって人と接したらいいかわからなくて……」


 二人はその後、一緒にジュースを飲みお菓子を食べながら、初めてきちんと二人向かい合ってお互いのことを話した。


 蓮華は幼い頃から身体が弱く、学校にほとんど通えていなかったらしい。

 絵は長い入院生活の中で見つけた趣味で、絵を描いている時間が大好きなのだと小さく笑いながら言った。


 引っ込み思案で、他人との会話が苦手な蓮華をどうにかしようと、両親が体が治り学校に通えるようになった蓮華をこの全寮制の夢園に入学させたようだ。


「神崎さんが話しかけてくれたのも、本当はすごく嬉しかったの……でも、うまく話せなくて……緊張して……そうしている内に、どんどん冷たい態度をとっちゃって、神崎さんに、嫌われたんじゃないかと思って……」


 初めて聞く蓮華の本心や生い立ちに、柚香は心を揺さぶられる。

 自分が思っていた以上に蓮華は今まで大変な人生を過ごしていて、自分が思っていた以上に蓮華は自分のことを気にしてくれていた。


「私もね、ずっと思ってた。望月さんにしつこく話しかけて、嫌われちゃったかなーって。不安だったんだから」

「だ、だよね……本当に、ごめんなさい」


 柚香が少し意地悪をしてみると、蓮華は本気で申し訳なさそうにして謝ってくる。


「ちょ、顔上げてよ! でも私がしつこかったのも事実だし、今こうやって話せてるからもう何でもいいや!」

「……神崎さんはね、わたしの中では、恋愛漫画の主人公みたいに見えたの」

「えっ? 私が!?」

「うん。明るくて、可愛くて、人気者。太陽みたいな女の子。だからいつの間にか、手が勝手に神崎さんの似顔絵描きたがってたみたい。ふふっ」


 そう、自分と正反対の柚香が、蓮華にはとっても眩しく見えた。

 そしてそんな子が、自分の初めての友達になることを、今はとても嬉しくも思っているのだ。


「……もーっ! 望月さんってばそんなに褒めても何も出ないんだからね! よし、今日は寝かせないぞぉ~朝まで語り合うんだから!」

「えぇ!? でも多分、言い出しっぺの神崎さんの方が先に寝ちゃう気が……」

「そんなことないもん! ね、追加のジュース自販機に買いに行こっ!」


 柚香は蓮華の手を取って走り出す。

 それから二人は、今までの時間を埋めるかのように語り合った。

 

 気付いた時には二人とも寝てしまっていて、朝日が一つのベッドで寄り添う柚香と蓮華の姿を照らしていた。




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