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薔薇庭と王子様


 今日から高校二年生になる神崎柚香かんざきゆずかは、この春地元から少し離れたところにある全寮制の夢園ゆめぞの学園に入学することとなった。

 理由はよくある“親の都合”である。仕事で海外へと引っ越さなければならなくなった柚香の両親だったが、柚香は海外に行くことに如何せん乗り気ではなかった。

 生まれた時から慣れ親しんだ日本が好きだし、不満もないし――何より柚香は飛行機に乗るのが大の苦手だったのだ。

 幼い頃に家族旅行で乗った飛行機が激しく揺れた時のことがトラウマになり、それから一度も飛行機に乗ったことはない。乗る機会も特になかったものの、急にその機会が訪れたと思えば行先は海外。何時間乗らなければいけないんだ。一時間でも嫌なのに。考えるだけで柚香は倒れそうだった。


「私は日本に残る!」と言って聞かない柚香。しかし一人暮らしをさせるには不安だった柚香の両親は、全寮制の学園への転校を条件に柚香の主張を受け入れた。


 無事に両親は海外への引っ越しを完了し、柚香も今日からいよいよ新生活の始まりを迎える。


「初日だから気合入れなきゃとは思ったものの……さすがに早く着きすぎちゃった」


 夢園学園の校門前で、柚香は呟く。

 時計の針はまだ始業式が始まる一時間以上前をさしていた。


「まぁいっか! 今日からよろしく夢の園ーーっ!」


 校門に向かって元気よく笑いながら手を挙げて挨拶をした柚香は、軽い足取りで校内へと入って行った。

 前いた一年間だけ過ごした高校よりも高級感溢れる夢園学園に、ウキウキとする柚香は目を輝かせながら辺りを見渡す。


「……!」


 その時、柚香の目をより一層輝かせるものが目の前に飛び込んできた。


――何これ、童話の世界みたい。


 そう思った柚香の目線の先には、夢園学園自慢の大きな薔薇の庭があった。

 色とりどりの何種類もの薔薇が辺り一面に咲いていて、薔薇のいい香りが広がっている。

 学園の中でも、ここだけが別世界のように感じる程に、そこは“夢園”の名に相応しいまるで夢の世界に飛び込んだような空間だった。


「す、すごい! すごいすごいすごい! こんな素敵な場所があるなんて聞いてないよ!」


 生まれて初めて目の当りにする薔薇庭。まるで童話の主人公になったような気分になった柚香は興奮を抑えきれずその場を一人で走り回り、大きな声を出しながらはしゃぐ。

 薔薇庭を散々走り回った後、薔薇に囲まれた地べたに倒れ込み青く広がる空を見つめながら、柚香はこれからの生活に胸を躍らせる。


「……すっごい綺麗な空……だな……」


 柚香の目の前に広がる青に吸い込まれていくように、柚香の瞼は段々と閉じて行き――柚香はそのまま眠ってしまった。



****



「――て」

「…………」

「――起きて、ねえ」

「ん……あー……」

「あ、やっと目を開けたね」


 どのくらいそうしていたのだろう。

 柚香が目を覚ますと、その視界には最後に見た綺麗な空の景色ではなく――ストレートなサラサラの髪。長い睫毛に優しげな瞳。これまた漫画の中でしか見たことのない王子様のような男の子が飛び込んできた。


「えっ、おお、王子様!? ここ本当に童話の世界なんじゃないのっ!?」

「――王子? 童話?」

「はっ! い、いや、その……」


――何言ってんだ私! 絶対ヤバい奴だと思われたっ!


 一気に眠気が吹き飛んだ柚香は勢いよく起き上がり、寝起きから意味不明なことを口走ってしまったことに後悔する。


「――大丈夫? もしかして、具合でも悪い?」

「ちちち違うんです! すみません。あまりにも綺麗で気持ちよくっていつの間にか寝ちゃったみたいで……そ、そして、と、とととてもお綺麗で!」

「はは、そうだよね。ここの薔薇庭ってすっごく綺麗でしょう?」

「いや二回目の綺麗は貴方様のことであっててですね」

「そういえば見ない顔だけど、一年生、かな?」


 柚香の必死の褒め言葉を全く理解しないまま話を進めるその男の子は、微笑みながら柚香に問いかける。


「私は今日からここに転入することになった、二年生の神崎柚香といいますっ!」

「あ、二年生なんだ。じゃあ同い年だね。僕は羽鳥創はとりそう。よろしくね、えーっと……ゆずちゃん」


――ぐはぁっ! 王子スマイルでちゃん付け! しかも羽鳥創って名前まで上品で綺麗!


 出逢って数分。完璧のイメージしかない創に、柚香は何度も胸にハートの矢を刺されたように感じた――と同時に自分が何か忘れている気もする。


「――あっ! ていうか始業式! 早く行かなきゃ」

「それなんだけど」

「早く、えっと、は、羽鳥くんも急がなきゃ遅れちゃ……」

「もうとっくに終わってるよ?」

「――え」


 苦笑いする創、サーッと青ざめる柚香。


 色とりどりの薔薇達と青空に見守られながら、二人はこうして出逢ったのだった。





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