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プロローグ 少女との出会い



 ガラの悪い男を撃退した後、何もなかったかのように街中を歩くユウだが、一つ気になる事があった。


「……迷った」


 あまり家から出なかったから当然だが、ギルドの場所どころか他の建物も何の店かすら分からない。

 そして周囲をキョロキョロしていれば誰かが助けてくれるほど、人柄が良い人が通るような場所にもいなかった。

 どうしてそんな道にいるのかと聞きたくなるほど、細い路地裏に入っていたのだ。

 周囲は弱者を探すゴロツキばかり。


「こんな事なら具術の事ばっかじゃなくて、もっと冒険者にとって大切で当たり前なことを聞いとくべきだった……。道とか生き方とか」


 基本的にユウが行なっていたのは、具術に分類される様々なものの勉強に魔法の知識。あとルードスにただボコボコにされるだけだった。


「結局役に立ってるのは具術だけじゃん。格闘の才能も魔法の才能も無い俺にとって、ダメージの受け流しと使いない魔法の知識を覚えただけだし………うおっと」


 ブツブツと独り言を言っているユウは、突然の揺れにバランスを崩して思いっきり尻餅をついてしまう。

 まさに赤面ものであり、幸い誰も見ていなかった事が救いだった。

 そのまま起き上がることをせずに、仰向けで空を見上げている。


「またこの地震か……。っていうかやっぱり俺って冒険者に向いてないのかな」


 初日で有り金の大半を盗まれ、道に迷い、ブツブツと独り言を言いながら思いっきり尻餅をつく自分にため息が出る思いだった。

 勉強や鍛錬で忙しくも安定していた両親の家に、初日でホームシックになっていた。


「………………悲しい」

「どうしたのかな、君。今まさに幸せが逃げてるぞー」

「……俺、残念だけど好きでもない子のパンツ見て興奮しないんだ」

「ふーん。そっかそっか。別に恥ずかしくないけど、初めましての人に失礼だとは思わないのかなー?」

「恥ずかしくない人の行動には見えないな!?そんなに顔真っ赤にして……いや、なんか疲れた」


 久しぶりに出た外の世界に疲れているユウは、現在、誰とも喋りたくはなかった。

 両親に、ユウの特徴とよく言われる突然のテンション高い突っ込みも、途中で完全に勢いを失っていた。

 しかし周囲のゴロツキ達は、突然現れた少女に釘付けだ。

 アルカスでは珍しい紫色の髪に真っ赤な瞳。この世界では小柄な方で、身長は百五十五〜六十程度だろう。目鼻立ちは整っているが、美人というよりも美少女と言える容姿であり、格好の標的だ。

 ユウも周囲のゴロツキ達が少女に狙いを定めたのを感じ取り、渋々立ち上がる。


「君の名前は?」

「私は人間である。名前はまだ無い」

「無いの!?ていうか何それっ!」

「知らないの?」

「知らないよ!聞いたこともないよ!」

「ふふん、じゃあ教えてあげる。……私も知らない!」

「知らないの!?」


 胸を張って答えたそれは驚きの回答だった。


「思いつきっていうか感覚?私ってもしかして文才ある?」

「それこそ知らないよ!っていうか名前!名前を教えて!」

「人の名前を訊く時はまずは自分から名乗りましょう。私はルイです」

「名乗るの!?」

「だって君の名前聞きたいし」

「あっ!なるほど!」


 ユウは息切れがひどい。

 もともと突っ込みたがりの性格であるユウだが、ルイと名乗る少女に対してだといつになく突っ込んでしまう。

 相性が良いとも言えるが、少なくとも今の状況においては悪かった。


「おい兄ちゃん。知り合いじゃないならその女、俺らにくれね?」


 全員で五人のゴロツキ達がユウ達に近づいてきて、リーダーらしき赤毛が話しかけてくる。

 赤毛の右手には短剣が握られていた。他の五人もそれぞれ木や鉄の棒などの武器になるものを持っている。

 さらに逃げられないように囲まれてしまった。


「あれ?これってまずい状況かな?」

「……まあ少しだけ。俺が走れって言ったら大通りに向けて走り出して」

「りょーかい!」


 ルイの軽いノリに思わず呆れる。

 こうなる前に退避しなかったことはユウの失態と言えるが、実際、ユウはただ巻き込まれただけである。

 ただでさえ先程、似たような男に絡まれたばかりであり、あまり関わりたくはなかった。

 結局のところ、まだ心の疲労が癒えていないのである。


「そんなこと俺らに聞こえるように言っていいの?逃がさねぇに決まってるじゃん」

「逃げさせてもらうんじゃなくて、勝手に逃げるから気を使わないでください」

「ふっ……やってみろ!」


 それを合図に集団で襲いかかってくるゴロツキ達。

 しかしユウは、いつの間にか手にしていた五本の針のうち三本を、それぞれ一本ずつ背後のゴロツキに放つ。

 先程使ったのと同じ、外傷は大したことのない針だ。


 しかしーーー


「ぐあああああっ!」

「いっでぇぇぇぇ!!!」

「ぐぐぐ……なんだこの針っ……!ガキがぁ……!」


 針を食らった三人はうずくまり、まともに動くことさえ出来なくなっていた。


「今だ!走れっ!」

「うぃ!りょーかい!君も!」

「分かってる!」

「クソ!止まれガキども!」

「止まらないよー。ベーだ」


 ルイは走りながら、赤髪のリーダーにあっかんべーをする。

 それに憤慨するも、追いかけてくる様子はなかった。

 一応ゴロツキ達のリーダーである自覚はあったのだろう、三人の様子を見ていて、ユウ達を追いかける余裕がなかったのだ。

 二人はすぐに人通りの多い大通りに出る。


「ここまで来れば大丈夫だよね。ていうか君!結構強い……あれ?」

「ぜぇ、ぜぇ、ひっ……」

「だ、大丈夫?ひっひっふぅだよ?」

「出産じゃないよ!大丈夫だよっ!げほっ、がはぁ!」

「全然大丈夫には見えないなぁ。ちょっと休も?」

「ひぃ、ひぃ、ひぃ……」


 大量の汗を流しながらひどく息切れているユウは、通りすがりの人から注目を浴びる。

 そう、ユウには女性よりも劣るほど体力が無かった。さらに筋力も無く、それがルードスから格闘技術を受け継げなかった最大の原因だ。


 ユウに集められた視線は、次にルイに注がれていく。


(このままここにいたら、さっきみたいなのに絡まれるかもしれない)


 ユウはそう思い、なんとかして呼吸をいつも通りにして、ルイの手を引いて歩き出した。

 ルイを放置するという選択肢は最初から浮かんでいない。なんとなく懐かれた……というよりも気に入られたことが分かっていたからだ。

 よって、あまり関わりたいとは思わなくても放置は出来なかった。


「ルイさん、家はどっち?」

「………………」

「ルイさん?」

「……そういえば、友達には呼び捨てにしてほしいんだよね」


(友達って俺のこと?いつの間にそんなに仲良く……?)


 まるで他人事のように首をかしげるユウだが、このままでは会話は続かないだろうと悟る。

 まだ会ってから数分しか経っていないことは考えずに、とりあえず友達と認識。

 ユウにとっても、なんだかんだで初めての友人。嬉しかったのだ。


「……ルイ」

「ん?何かな、しょーねん?」

「俺の名前はユウ。君の家はどこ?送るよ?」

「ユウね!はじめまして。友達になろ?」


(会話のキャッチボール!もう少し頑張ろうよ!)


 脳内で激しく突っ込む。現実でも脳内でも非常に忙しかった。

 そもそも、一日で色んなことがありすぎて混乱していた。


「うん、友達になるのはいいけどね。家に帰った方が……」

「何これ、美味しそう!いただきます!……ん〜美味しいぃ……」

「そっか、ヨカッタネ……」


 ギルドに向かう道の途中にあった出店で、焼き鳥を美味しそうに頬張るルイにまともな会話を望むのは諦めたユウであった。

 空を見上げると、太陽はもうかなり傾いていた。時間的に五時頃だ。青空は少しずつ赤く染まってきている。

 昼前に家を出たはずなのに、有り金をほとんど無くしてギルドにすらまだ行けていない。そんな自分のこれからを心配していたその時だった。


「こら食い逃げ!いくら可愛いくてもゆるさねぇぞ!」

「なっ、何!?誰か悪いことでもしたの!?任せておじさん。私が捕まえてあげる!」

「お前だよ紫色!」

「す、すみません。俺が払います」


 結局残った千アースも消えていった。ギルドの加入料どころか宿代すら足りないだろう。

 焼き鳥屋のおじさんに平謝りしたユウは、金欠という初めて味わう絶望を感じていた。


 ある程度歩いたところで思わず座り込む。


「はあぁぁ……。どうしよ……」

「なんかお疲れだね」

「誰の……誰のせいだよ、こんちくしょう」


 現在の状況を招いた犯人である少女は口笛を吹いて誤魔化す。まるで本物の笛を吹いているかと思うほど上手い口笛だった。

 一瞬聴き入ってしまったユウは、誤魔化されかけたことに気付いて頭を振る。


(この仕草……完全に自分のせいだって分かってるだろ)


 はあぁぁ……、とまた深くため息をつく。


「幸せが逃げてるぞー。……ところでユウ君」

「……何?」

「これで宿に泊まるお金も無くなったよね?」

「君のおかげでね」

「えへへ」

「褒めてないよ!どうしてくれんの!」

「それでね」

「無視!?」


 ユウはだんだんと泣きたくなってくる。彼にとってかつてないほどの厄日だ。

 現在、ルイはユウにとっても完全に貧乏神となっていた。

 ルイに突っ込むたびに体力をガリガリ削られ、財布の中身が空っぽになったのも半分ルイのせいだろう。


「実は私、一文無しの旅人なの。この街も初めて」

「それは大変だね」

「うん。そして君はこのアルカスに住んでいる一文無しになったんだよね?」

「そうだね。………まさかっ!」

「実家に帰ろ?そして私に温かいご飯とベッドをちょうだい?」

「確信犯かこの野郎!!!」


 全てがルイの計算通りだったことに気付き、戦慄すると共に怒りが溢れる。ルードスとメリア、両親に会わせる顔が無かった。

 しかし金も無くなり、それ以外に道はない。

 ルイのせいでこの状況になった。それでも誰かを放っておくことが出来ないのがユウ・ガランという男であった。



 ・・・・・・・・・



「ただいま……」

「メリア!まさかの事態だ!ユウが外の世界に怖気付いて一日経たずに帰ってきたぞ!」

「えぇ!?私もあんなに我慢した……いえ、情けないわ!出直してきなさい!」

「今まさに出直してきたところだよ……」

「あらそうね、おかえりなさい。怖気付くとは思わなかったわ」

「うん……あんな人がいるなんて、ある意味恐ろしかった」


 両親としか関わっていなかったユウにとって、ルイというとても元気な少女との会話は、それこそ外の世界を魔窟のように思わせていた。

 こんな人が普通だとしたら、俺はまともに行きてけるのだろうか。

 そんな不安がユウの心に広まっていた。


「あんな人って……っ!!!ユウが女の子を家に連れて来ただとぉ!?」

「えっ?本当だわ!早くお赤飯を作る準備をしないと!」

「ストーップ!お赤飯はいいから!この人はそういうんじゃないから!成り行きで一緒にいるだけだから!そうだよな、ルイ!」


 両親の、ある意味予想通りであった行動に慌ててストップをかける。

 この場合、自分の言葉は信じてもらえないだろうと思い、この事態の元凶、ルイに助けを求める。

 ルードスとメリアの視線も、ユウの視線と共にルイに注がれていた。


「えっ……。私たちの仲のことは、ちゃんと了承してくれたと思ってたのに……」


 ルイは目を見開いて驚き、そしてしくしくと泣き始めてしまった。

 全く見に覚えの無いユウは、動揺し、自分が世間知らずだからその事に気付かなかった可能性を疑う。

 しかしルイとある程度濃い時間を過ごしたユウは、ある事実に気付く。


(これ、絶対泣き真似だ!しかも異様に上手い!これじゃあ母さんたちは……)


「おいテメェ、ユウ!嫁さんを泣かせるなんて、父親として情けねぇぞ!」

「……昔から女の子は泣かせちゃいけないって言ったでしょう?家を出た初日に泣かせてどうするの?」

「うぅ……ユウもちゃんと言葉にして言ってくれたのに……」

「やっぱり騙されてる!?ルイもいい加減にしろぉぉぉ!!!」


 帰宅早々、頭が痛くなる思いだった。



 ・・・・・・・・・



「初めまして、ルイと申します。ルードス様、メリア様。お噂はかねがね」

「ユウの友達なんだ、もっと気軽にお義父さんと呼んでくれ。あともっとフレンドリーに頼む」

「私も。あとお義母さんと呼んでちょうだい」

「ありがとう、お義父さん、お義母さん。お二人とも、すごく若々しいね」

「あらまぁ、いい子ねぇ」

「………なんか字面が違くない?なんかおかしくない?」


 誤解が解けても頭痛は引きそうになかった。

 ルイは「成り行きで一緒にいる」の言葉を訂正したかったらしい。友達だと言って欲しかったようだ。

 しかしユウは、ルイがわざと誤解するように話していた事に気付いていた。

 いい加減、どういう性格か理解してきたのだ。


「とりあえず私はご飯作っちゃうわね。とびっきり美味しいの作るから、ルイちゃんも楽しみにしててね」

「うん、すごく楽しみ!」


 ルイは完全にユウの両親と打ち解けあっていた。

 突っ込み役であるユウにとって、はっちゃけ両親と元気っ子少女の息が合うのは、たった一日だけであろうと死活問題に思えた。もちろん体力的な意味で、である。


 メリアはそのままキッチンへ向かうと思いきや、ルードスと共にユウに耳打ちをしてからリビングへ向かった。


「母さんがガッチリ胃袋をつかんであげるから。あとはちゃんと頑張りなさいよ」

「しっぽりとな」

「だからっ!もう早く向こう行けぇぇぇ!」

「あっ、お義母さん、私も一緒にーーー」

「ステイ!ルイは俺といてくれ!」

「えっ………は、はい」

「ほ・お・を!赤らめるなぁ!」


 ルイは腹の底から溢れているように大笑いする。背後から両親の笑い声も聞こえたいた。

 まだ両親とルイが出会ってから十分も経っていない。なのに既に体力が底をつき始めていた。

 睡眠に入るまで、あとおよそ五時間。

 今日は本当に死ぬかもな、と思うユウだった。


「ねぇ、ユウ君」

「……少し休ませてくれない?」

「いーやーだ。私が暇になっちゃうもん」

「少しくらい俺に暇をくれ……」

「だめ。私、訊きたいことがあるの。いいかな?」

「……どうぞ」


 自分の意思など御構いなしだということは、両親で分かっていた。

 そして自分は、もはや突っ込むのは当然のことであり止められない。

 ならば冷静な突っ込みが出来ればいいのだ。それは、常に落ち着いていれば可能なはずと考えていた。


 しかし、突然もじもじし始めたルイの口からは驚くべき言葉が出てきた。


「そろそろ私、漏れちゃう……?」

「なんで疑問形!?っじゃなくて、早くトイレに行ってくれ!」

「場所が分からないよぉ……もう、だめ……?」

「だからなんで疑問……っ!もういい加減休ませてくれよぉぉぉ!!!」


 ユウの単純な考えなんて、いとも容易く打ち砕く。

 それがこの計算高い元気っ子、ルイという少女であり、そして今日、ユウにとって生まれてから今まで、最も大声で叫んだ日となった。




 ちなみにこの時、実はルイには結構余裕があったのである。



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