えっ!?私がメルカリに出品されちゃった!
青年、屋旧宇野郎は、森の中で目を覚ました。
「……あれ?」
困惑しつつも、屋旧宇にはこの状況に僅かばかりの心当たりがあった。
"Made・Rule・Calculate・Link"、略してメルカリというサイトがある。
曰く、登録すれば人生が変わる。
曰く、駄目な自分をやり直せる。
そんなお伽噺のような題目の、ごく普通のありふれた詐欺サイト。
そのメルカリに、屋旧宇は遊び半分、諦め半分で登録、自らを出品していた。
だが、屋旧宇も本気でメルカリに登録したことが原因だとは思っていない。"おおかた夢の類いだろう"とあたりをつけ、無理やりに状況を飲み込もうとした。
しかし、その楽観は即座に覆されることとなる。
「ッ!」
殺気。
野球をかじっていた屋旧宇だからこそ反応できた致死の一球。
轟音と共に迫りくる野球ボールを、身体を捻り全力で回避、背後の木々を薙ぎ倒したボールに、屋旧宇は思わず冷や汗をかく。
「誰だ!?」
返事が返ってくると思っているわけではないが、激しい鼓動を響かせる心臓を落ち着かせるため叫ぶ。
しかし、その予想に反し謎のピッチャーは姿を現した。
「俺はダブリュー・クサハエル。お望み通り出てきてやったぜ」
ダブリューと名乗った筋骨隆々の浅黒い肌の男は、ゆったりとした動きで歩み寄ってくる。
だが、今の屋旧宇にとって相手の名前などどうでもよかった。
ダブリューから放たれる凄まじい投球。野球から離れていた屋旧宇ではまず敵わない。そう思わせるほどのオーラがあった。
「くそっ!」
屋旧宇は尻尾を巻いて逃げ出す。いや、逃げ出そうとした。
それを阻止したのは、屋旧宇の足に巻き付いた極太の草だった。
「これは……草野球!?」
「おう、正解だ」
草野球。それは相手を野球から逃がさないために用いられる、誰もが一度は聞いたことがあるだろう技術。
だが、ダブリューの草野球は普通のそれとは比べ物にならない。尋常ではない強度によって屋旧宇を決して逃がそうとしない。
「もう会話は十分楽しんだだろ? そろそろ終わりにしようぜ」
そう言って投球フォームに入るダブリュー。当然ながら、動けない屋旧宇に回避する術はない。
「死ねェ!」
迫りくるボールが空気との摩擦によって燃え上がり、餌を喰らう火の鳥となる。
絶体絶命。
死を覚悟した屋旧宇は、痛みに耐えるため強く目を閉じる。
しかし、野球の女神は屋旧宇を見捨ててはいなかった。
ボールの前に立ち塞がる人影。人影はバットを一閃し、ボールを真っ二つに切り裂く。
「なァ!?」
驚くダブリューをよそに、屋旧宇はただその人物のバット捌きに見入り、知らず知らずのうちに声をあげていた。
「併殺姫……」
その言葉に人影は振り返り、花が咲くような笑顔で返した。
「はじめまして。私は珍々入体子。野球戦士です」
後に併殺姫と呼ばれる少女と、今は名もなき野球少年。その二人の邂逅の瞬間だった。