宇宙探査報告『宇宙におけるMRIの脅威』
宇宙には『Mail Reply Insect(略称MRI)』なる昆虫がいます。彼らの先祖は地球産のゴキブリで、地球侵略の極秘プロジェクトの過程で宇宙船に侵入したとされています。
まずゴキブリたちは科学者に弄ばれ、市井では強力な殺虫剤を浴びせられ続けました。前者は単なる好奇心、後者は単なる気持ち悪さによるものです。その過程で、害の少ない一昆虫だったゴキブリは、MRIに進化を遂げました。
まず骨格が変わりました。従来のキチン質で構成された堅いだけの体は、PPSという極めて耐薬品性の高い樹脂に覆われました。また、飛翔能力や走行能力を保持したまま、体内の耐薬品性も向上しています。まさに小さな空飛ぶ重装甲車です。
さらに科学者の実験によって繁殖器官に突然変異が発生しました。本来卵生だったMRIは胎生となり、同時に繁殖方法も変わってしまいました。この変化がいま社会問題となっています。
MRIの成熟したメスは夜間、手頃な通電中の通信機器を探します。獲物が見つかったら、進化によって生まれた繁殖補助管を通信機器に挿入します。繁殖補助管はMRIの種類により形状は異なりますが、標準的な通信機器の端子形状に適合しています。それに加え、基本的な通信規格は網羅されています。接続が完了すると、MRIは通信機器を漂うデータの海を泳ぎます。
社会にはいろんなタイプのメール、コミュニケーションが飛び交っています。友人同士の連絡、恋心に溢れたメッセージもあるでしょう。MRIは楽しいやり取りをこっそり覗き込みます。その内容を噛み締め、相手の代わりに返信します。
「おまえ嫌い」
「絶交だ」
「○○さん、さよなら」
「さっさと消えろカスwww」
MRIはこのように人の関係を乱すのです。MRIは返信メールを作成するとき、興奮状態になります。ハイテンションになったMRIはお腹を震わせ、約10匹の子供を世界に放つのです。
これはビジネスメールにおいても同様です。
社内連絡、プロジェクトの進捗報告、売買契約に関するもの、関係者外秘データ付のメールもあるでしょう。MRIはそれらをチェックし、また返信メッセージをつくるのです。
「○○部長、消えてください」
「○○君、明日から来なくていい」
「プロジェクト契約は破棄します」
「貴様の会社と二度と取引するか、ボケ」
「このデータは競合他社にも配布していますwww」
いずれの場合も添付ファイルがきっちりついており、まれに最新鋭のウイルスが含まれているケースがあるようです。
もちろん被害企業は信用を失い、廃業に追い込まれるケースもあります。その間、MRIは何度も興奮状態に至り、MRIだけが増えていくのです。
人類もバカではありませんから、殺虫剤の強化、端子の規格や通信規格の変更を行っています。しかしMRIはビジネスメールも見ていますから、その内容を見て、数世代かけて薬剤耐性を確保し、繁殖補助管の仕様も変えてしまうのです。
人類はこの性質を先読みし、きっちりガセ仕様もネット空間に流しています。MRIの大半は騙され、的外れな対策をします。薬剤耐性がない、あるいは不適合な管を持ったMRIは、繁殖できないため数を減らします。
しかしMRIの個体数は極めて多いです。ごく少数ですが、騙されずに薬剤耐性を得て、かつ管や通信規格が適合する個体が発生します。そして繁殖能力を確保できたMRIは世界規模、いや宇宙規模で幾何級数的に数を増やすのです。
MRIによる被害は大きくなる一方です。薬剤の開発は容易ですが、人体への影響を考えると限界の域に達しています。また標準化された端子、通信規格は簡単に変えられるものではありません。莫大な費用が発生します。おそらくMRIは事情を知っています。だから今日も元気に通信機器へ繁殖補助管を挿入し、繁殖に励むのです。
幸いなことに、現在地球上にMRIの生息は確認されていません。しかし、もし身に覚えのないメールで被害に遭われたら、コンピュータの周りをよく見てください。
MRIが興奮しながら、大量の子供を産んでいるかもしれません。