第4話 夢:(4/4)
少年は、自分自身喧嘩が強くないのは知っている。いつも平穏で穏やかな生き方をしていたいと思っているのだ。しかし、妹を危険な目にあわせるなんて彼には出来なかった。
例え、夢の中だとしても……
少年は、黒竜の前足の元に駆けつける。テレビウサギの姿が見当たらず、完全に前足の下敷きにされているのだと判断した少年は、大きな黒竜の前足の下を覗く。
すると、ひしゃげたブラウン管がこちらを覗いていた。
映像は歪みながらも、デーブの顔が歪んで映し出されていた。
「テメェは……本人にくっついてたガキじゃねぇか」
「助けに来たんだ。前足か耳をこちらに向けられないかい?」
彼は右腕でわずかな隙間を作りだし、そこから左腕をウサギの元へと伸ばす。
「何やってんだ! お前は部外者……ただの一般人だろが! 危ねぇからとっとと離れろ!」
「ああ、僕もそう思いますよ……でも、妹が君を助けたいって言うことを聞かないんだ。どうせ夢の中だから、死んじゃっても平気だろうしね」
その少年の言葉に、デーブは目を丸くする。
「妹だぁ!? てかお前、ここが夢の中だって知ってるのか!?」
「ああ……やっぱりそうなのか? ……いや、これも都合良く話を合わされているだけかもしれないのか?アナタも夢の中の存在だし……」
「いや、ちげぇよ! 俺様達はなぁ……」
そんな言い争いをしていると、遠くから声が近づいてくる。
「お兄! 上! ドラゴンが!」
エリが彼等の頭上を指さす。
黒竜が大口を開け、黒い煙の固まりを作り出している。それをどうしようとしているのかは、容易に想像出来た。
「ガキ! 早く逃げろ! 俺様のことは構わねえから!」
「はいそうですか、なんて引けませんよ! 良いから掴まって! 早く!」
チグハグな二人のやり取りを嘲笑うように、黒竜の黒い煙がさらに大きくなる。
「お兄いいいいいいいい!!」
黒煙を降り注がれるその時だった。
エリの叫びと共に、少年の黒い包帯が巻かれた右手が、突然光り輝き……
「え?」
『ハ?』
「はぁ!?」
巨体の黒竜が持ち上がった。
少年の片腕一本で大きな黒い化け物は自分の質量を全て持ち上げられ、胴も足も地面から離れてしまったのだ。少年も手が震えることなく、発泡スチロールを持っているかのように顔色一つ変えない。
まるで、少年がとんでもない怪力であるようにしか見えなかった。
「おい坊主! 何が起こった! っていうか何をした!?」
「えーっと……ええ……」
困惑を隠しきれない一人と一羽だが、一番冷静でいられないのは持ち上げられた黒竜だった。
『ハナセ! ハナセヨオオオオ!!』
少年の頭上で身体をウネらせるが、ビクともしなかった。
「うーん……」
少年は、しばし状況を顎に手を当てて状況を整理した後、何とか終わらせる為の方法を模索し……
「えい」
投げ飛ばすことにした。
だが、思った以上に肩の力が入ったらしく、黒竜は凄まじい勢いで青い空彼方へと飛んでいく。
『アアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ……』
悲しい断末魔と共に、星となって消えてしまった。
しばらく辺りは静寂に包まれるが、走ってきたエリが少年の元に駆け寄る。
「お兄凄い。勝ったよ!」
「……うん」
目は隠されているが目を輝かせる妹とは対照的に、兄の方は眉間の辺りに手を当て考え込む。
「何なんだ、このご都合主義は……」
無事に事なきを得たので良かった。しかし、あまりにもアッサリ倒してしまったことに、達成感のようなものはなかった。別に達成感を求めていた訳ではないのだが、あれだけアタフタしていた相手があまりに拍子抜けだったことによる脱力感が、一気に彼の疲れへと変わったのだ。
「ん?」
少年が右手の包帯に目をやると、手の甲に漢字が二文字記載されていることに気づく。
「……剛腕?」
手の甲には、漢字二文字の[剛腕]と書いてあった。
少年が文字をマジマジと見ていると、倒れていたテレビウサギから声をかけられる。
「おい坊主! 何なんだ今の力……おい! 聞こえ……おい」
テレビウサギの映像が途切れ始めたと同時に、彼等が向かおうとしていた扉が開き、中から光が漏れだしていく。
「こ、今度はなんだ!?」
「お兄!」
黄金色の光は瞬く間に辺りを飲み込み、兄妹達ごと包んでいく。
「……待って!」
ふと、扉の反対に居る負傷したテレビウサギから女性の声が聞こえた。少年はとっさに振り向くと、光に包まれつつある倒れたテレビウサギの映像が見える。
そこには、さっきまで映し出されていたデーブと名乗っていた肥満の白人男ではなく、栗色の髪を一つに束ねた白衣の日本人女性が映し出されていた。
彼女は、必死な形相で少年達に問いかける。
「君は誰!? ……君は何者なの!?」
その女性の問いかけに、少年達は返す言葉が出なかった。どういう意味なのかをすぐに理解することが難しかったからだ。
それでも、彼女は問いかけ続ける。
「アナタは……水瀬エリちゃんの……何……」
音が途切れていくテレビウサギに、少年はようやく自分に問いかけられた質問であることを理解する。
すでに辺りは光に支配され、辺りの物達も霞かすんで見えづらくなっていく。
「僕は……エリちゃんの兄」
呟くように、少年は口を動かす。
そして、完全にウサギが視界から消えるその瞬間。
「水瀬……ショウ!」
ちゃんと、聞こえるように自身の名前を叫んだ。
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