第32話 夢:(1/10) 恋する探査機のリバーシブル
仄暗い蒼。
コポコポという音が後ろから前へと移動していく。
脳が重力をわずかに感じ取り、自分が仰向けになっていることを認識し始める。紺色の目の前にはユラユラと歪んで光る白い球体が見えていた。
「……」
床の感触はなく、浮いているというよりも漂っているといった具合だろうか?
生温い感触が服の隙間から体を舐めるように通り抜けていく。
これは水だ。
「こんばんは、関口くん」
「ッ!?」
突然ショウの頭上から、女の子の顔が逆さまに現れる。あまりの顔の近さに彼の虚ろだった目が一気に覚めていく。そして、自分が今水の中に居ることを自覚し、必死に息を止めて酸素を求めてジタバタともがき始めた。
「何をやってるの関口くん?」
「ッ!! ッ!!」
必死な彼とは対照的に、少女は不思議なものを見るようにジッと彼を見つめる。
「もしかして、息が苦しいの?」
「ッ!! ッ!!」
一生懸命頷くショウを見て、彼女は口元を緩め語りかける。
「大丈夫。ここでは息が出来るみたいよ」
「……!?」
試しに口を開いて呼吸を試してみると、水を吸い込むこともなくしっかりと酸素を取り入れることが出来た。
「……本当だ。ちゃんと息が出来る」
「ね、言った通りだったでしょ」
「あ、あれ!? 僕の服装も変わってる!?」
自身の服装を見てみると、今回はタキシード姿に蝶ネクタイ、黒い革靴を履いたどこかの執事のような姿へと変わっていた。
逆さだった少女は少し泳いだ後、イルカのようにUターンを行い、ショウと同じ向きへと変わる。
改めて彼女の容姿を見てみると、まず彼女の特徴を一発で表せる良い言葉がある。彼女の姿は上から下までゴシックアンドロリータファッションなのだ。
全身が黒をベースにしたフリルと黒いリボンを至る所にぶら下げている。たぶんカツラであろう白髪セミロングヘアに、カラーコンタクトを付けているのか赤い瞳。アイシャドウを付けた鋭い目つき。
黒い日傘を畳み、どことなく落ち着いた雰囲気を醸す妖艶な彼女をショウは知っていた。
「君は確か近くに住んでた……川崎……ナオミちゃんだよね? 4年ぶりぐらいかな?」
彼女の名前は川崎ナオミ。
ショウとエリが学校の近くの公園で遊んでいた時、一緒に遊んでいたショウより一つ下の女の子だ。これは昔から着ていた彼女の私服であり、人目を気にせず着用しているのである。理由を聞いたところ自分でも何でも着飾るのが好きらしかった。
夢の中ではあるが、成長しても同じ格好をしていた彼女に、思わず口元が緩む。懐かしむ思いがあるだけで、決して悪い意味ではない。
彼女はその奇抜な衣装とは裏腹、穏やかな表情で微笑んだ。
「ウフフ。私のこと覚えてくれたんだ……嬉しい……ありがとう関口くん」
「……え? 関口?」
聞き覚えのない名前。ショウはナオミに聞き返す。
「関口って……誰?」
「誰って、関口は関口くんのことじゃない」
「……もしかして、僕のこと!?」
ショウが自分を指さすと、彼女はニコやかに頷く。
「あの……もしかして、人違いしてない?」
「人違い?」
「うん、僕の名前は水瀬ショウだよ」
「ウフフ、面白いこと言うのね。関口くんったら、冗談が上手くなったわ」
「いやいやいやいや!? ほら、エリちゃんのこと覚えているだろ? ツインテールの仲良かった子。僕は水瀬エリの兄の水瀬ショウだよ。名字は決して関口とかじゃないってば!」
ナオミは無表情で固まるが、しばらくしてウフフと笑い出す。
「分かった。そういう設定なのね」
「いや!? 設定とかじゃなくて! 川崎さん僕のことおちょくってるでしょ?」
「いいえ、関口くんのことをおちょくってなんていないよ」
「だから関口じゃないってば……」
そんなことを言いつつ、クスクスとナオミは笑っていた。




