第3話 夢:(3/4)
少年は、妹のエリの手を引き走る。
あの男の顔をした黒竜から逃げる為、宛もなく兄妹は足を動かす。
『クヒャヒャ! マテ! クウ! クウカラマテッテ!フヒャッヒャ!!』
下品な笑い声と涎よだれを撒き散らし、瞳孔どうこうを開きながら、蜘蛛のように姿勢を低くし、蟹股なりながら黒竜は追いかけてくる。
「いやあああああ! キモイよおおおおおお!」
「振り向くな! 走れエリちゃん! 走るんだ!」
捕まったら、間違いなく酷い目に遭う。
本能がそう訴えてくるのだ。
恐怖のあまり泣き出すエリを彼は引っ張り続けていると、視界の先にまた粒子の固まりが出来始めるのが分かる。
200メートル程先だろうか。茶色い粒子達が形成を始め四角い形と成していき、やがて扉が一つ形成された。
「あれは……」
少年は、また既視感を覚える。
あの扉に入れば、目を覚ます。
そんなことが、またしても感覚的分かってしまった。
「エリちゃん! あそこだ! あそこを目指そう!」
どうしてそう思ったかなんて理由を考える暇がなかった。とにかくあの扉を目指さなくてはと、少年の気持ちは先行する。
「きゃっ!」
エリはつまずき、その場に転んでしまう。汗ばんでいた手の平のせいで、そのまま二人は手を離してしまった。
「エリちゃん!」
少年は咄嗟に振り向き、考える間もなくエリの元へと急ぐ。
『クヒャッヒャッヒャ! イッタダキマース!』
「いやあああああああ!」
黒竜の男の顔が歯並びの悪い口を大きく開き、そのままエリを口内へ入れ込もうとする。黒竜より先に、少年がエリの元へとたどり着く。しかし、彼女を立たせている間に黒竜は二人共飲み込もうとしてしまう。
「お兄!!」
「くそ!!」
必死に妹を抱えようとする。が、このままでは一歩間に合わない。大きな口に覆われる間際だった……
「待ちやがれ! この玉なし野郎が!」
今度は真横から濁声の男性の声が響きわたった。
その瞬間、黒竜の顔にいくつもの大きなニンジンが刺さり爆発した。
『イッデエエエエエエ!!』
痛みでひるんだ黒竜は、直進していた進路をズラし、表情を歪めながら制止する。彼等は、何が起きたのかと濁声の主を捜す。
すると、離れた所に一羽の白いウサギが居た。いや、ウサギに見えるが明らかに違う。ウサギの胴体に昔のテレビ画面の形……ブラウン管が頭の代わりくっついている。ブラウン管からアンテナのようにウサギの耳が生えており、奇妙な生物が現れたのだ。
もっと簡単にまとめるなら、ブラウン管にウサギの耳と胴の生えたシュールな生物である。
「(・×・)」
テレビウサギの画面には顔文字が映し出されているが、少年達を見るやいなや砂嵐と共に違う物が映し出される。
そこに映し出されたのは、白衣に黒縁メガネを装着した金髪で白人デブで口元にチョコのついた三十代ぐらいの男だった。
「ようやく本人を見つけたぜ!よくも手間を取らせやがったな迷える子羊共! だが、この天才エンジニアであり、FPSランカーで最高にクールなデーブ様が来たからには! 試合は貰ったも同然だぜ! 良いかバッドボーイズ! この昔日本で流行った人面魚を飼うゲームに出て来そうな、そのファッキントカゲを華麗なる俺様が消滅デリートしてやるから、その場で指をくわえて見ていやがれ!」
「エリちゃん。なんかまた変なのが来たから早く逃げよう」
「うん」
「おい! 待てって言ってんだろうがファッキンジャップ共! その場で大人しくしねぇと、俺様が開発したニンジンミサイルで風穴開けるぞゴラ!」
言い争いが始まりそうな中、黒竜は体制を整え、テレビウサギに目を向けた。頬は焼け焦げながらも目は血走っており、歯ぎしりを鳴らす。
『コロス!!』
黒竜は息を吸い込むと黒いガスのような気体状の物を口から吹き出す。その黒い物質はテレビウサギを覆い尽くそうと向かって行く。
「臭そうなもん撒き散らしやがって! 当たるかよ!」
画面内の男が舌打ちすると、テレビウサギはまさに脱兎の如く移動する。テレビウサギは黒竜の背後に向かって、草を巻き上げながら旋回した。
『シネ! シィネェェ!』
背後に回ったウサギを黒竜は黒光りする尻尾で叩き壊そうとするが、その大振りを縄跳びのようにバク宙で避ける。そのままウサギは前足で竜の尻尾に掴まり、背骨に沿って素早く駆け登って行く。
「死ぬのはテメェだ! 死ね!」
テレビウサギが叫ぶと、黒竜の頭部で高く跳ね上がり、さらに身を翻して舞い上がる。
そして、ブラウン管を黒竜の居る下へ向ける。テレビウサギの何もない目の前の空間から例の大きなニンジンがいくつも作り出し、雨のように降り注いだ。ガトリングのように放たれていくニンジン達は、着弾する度に爆発し炎を上げる。
鱗を爆風によって剥がされていく黒竜は、悲鳴を上げながら煙に包まれていった。そして、テレビウサギは呆然と見ていた少年達の目の前へ華麗に着地してみせた。
「フッ、どうだクソガキ共、これが天才エンジニアでありFPSランカーで最高にクールなデーブ様の実力……」
「ウサギさん危ない!」
「あん?」
エリがテレビウサギの後ろを指さす。
決めポーズまで決めたウサギの後ろで立ちこめる煙の中から、大きく黒い腕が伸びてくる。隙をつかれたウサギは、なすがままに持ち上げられてしまう。煙が晴れると血眼をカッと見開いた男の顔が現れる。
「うおっ!? 生きてたのかテメェ!?」
『オマエハゼッタイコロス!! ズタズタニヒキサク!! ヒネリツブス!! スリツブス!! ミンチニシテヤル!!』
「ふっざけんじゃねぇぞ! 三日三晩の探索でようやく本人ファーストを見つけたんだ! こんな所でウサテレを壊されでもしたら、俺様達の苦労が……」
デーブと自称する男が言い終わる前に、テレビウサギは地面へと叩きつけられ、土煙と共に茶色い粒子が舞い上がる。ウサギの身体はピクピクと痙攣し、テレビの液晶画面にヒビが無数に入ってしまった。
「やべぇぞ! ウサテレのデータが損傷した!これは復帰に時間が掛かる! ちくしょおおおおおおお!」
デーブは画面越しにガチャガチャと何かキーボードを打ち込んでいるように見える。だが、ウサギの上から黒竜は腕で押さえつけ、圧殺しようとしていた。
それを遠目から兄妹は見ていた。
「お兄! 助けなきゃ」
「いや、その必要はないよ。これは夢の中なんだから、助けたって意味なんかない。そんなことよりも早くここから出よう!」
「それでも……」
兄の制止に、妹は首を横に振った。
「それでも、困ってる人を見捨ててはおけないよ。私剣道やってるし、強いからアイツをぶっ飛ばしに行ってくる」
あれだけ怖がっていたエリは、助けたいという強い意志を乗せた目を兄に向ける。少年は、彼女の目を見て思い出したことがある。
エリは確かに強い。
剣道の道場に通っているのもあるが、単純に喧嘩が強いのだ。
「エリちゃん! 君が本当に強いのは経験則から認めるよ。でも、相手は化け物なんだ。例え夢の中でも勝てるわけ……」
「勝てるかじゃないよ。救うか救わないかだよ!」
強さへの過信もあったかもしれない。だが、すでにその意志は正義感に変わっていた。
少年は、溜め息を漏らす。
「わかった……僕が行ってくる。絶対ここから動いちゃダメだよ」
「え?」
エリが驚いている間に、少年は走り出した。