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魔女の薬屋

作者: カスミ楓


「ふんふーん、ふふん、ふーん」


 私は鼻歌を口ずさみながら干からびたイモリのような生き物を大きな釜の中へ無造作に放り入れました。

 そして白銀に輝く一本の棒でかき混ぜます。

 十分ほど煮込んだ後、腰の袋からパセリの小さな葉の部分を取ったような薬草を一掴み、ぱらぱらと釜へと混ぜ込んだ。更に白銀の棒へ自分の魔力を注いでいきました。

 その魔力は徐々に釜の中へと染みこんでいき、次第に軟膏のように固まっていきます。


 錬金術。


 素材と自分の魔力を使い、様々なものを創り出す秘術です。錬金術は高度な術であり、基本的な知識を覚えるだけでも数十年はかかります。

 しかし魔女という種族である私にとって数十年の月日は短い。何せ寿命は長命種族であるエルフたちに匹敵する程ですからね。

 私たち魔女は殆どがこの錬金術を覚え、薬などを作り生計を立てています。


 魔女の一族は里で生まれてから三十年ほど錬金術の勉強を行い、その後大陸中へと散っていきます。

 またある一定の年齢、基本は成人となる二百歳以上になると他種族の男性から子種を貰い里へと戻り、子育てしてから再び大陸を彷徨います。そして千歳近くになると里で余生を過ごします。

 そう、魔女は基本女性だけ、生まれてくる子も全て女性です。父親は行きずりばかりですし、実際私も父親の事は年齢どころか種族すら全く知りません。

 種族的な特性なので仕方ありませんけど、なんだろう、この、無節操さ。

 ちなみにどんな種族との子でもハーフにはならず、若干素質に差はあるものの全員魔女となります。あ、さすがに父親になる種族は人、エルフ、ドワーフ、獣人といった人や亜人だけであり、魔物との子は出来ません。


 くるくるとかき混ぜていると、突然家の扉が乱暴に開かれたかと思うと、近所に住む男の子(推定八歳くらい)がどたばたと勝手に入ってきました。


「薬屋のばーちゃん! 傷薬一つくれ!!」

「ば、ばーちゃんじゃねーし!!」


 私は九十四歳であり、魔女としてはまだまだ子供に分類されるお年頃ですからおばーさんではありません。魔女の成人は二百歳ですからね。おばーさんになるにはそこから更に六百年から七百年ほどかかります。

 それに見た目はだいたい十代真ん中くらいの人間の女の子です。違う点は深いアメジストのような色をした瞳だけです。人間を含む全種族にこのような色の瞳を持つものはいません。ま、いつも茶色いローブを頭からすっぽりと被っていますから分からないかと思いますけど。


「そんな細かい事はおいといて、うちの父ちゃんが怪我したんだ!」

「細かくないし! 私はまだまだ若いんだよ?」

「まだまだ若い、そう言い始めたらもう年だって母ちゃんが言ってた」


 ぐさり、と胸に見えないナイフが突き刺さりました。

 そりゃー確かに百歳近い年齢ですから、人間からすればおばーちゃんどころか生きているのが不思議な程の高齢でしょうけどー。この子の母親どころか祖母だって子供の頃から知っていますけどー。


「リック。薬売りませんよ?」

「お、俺が悪かった。うら若き美人できょにゅーのおねーさま、どうかうちの父ちゃんにご慈悲を与えて下さいませ」

「一体どこでそんな言葉を覚えたんですか!」


 ローブを着ているので外からは分かりませんが、一応私も多少のサイズはあります。

 ただ多少だけですから大きい、という事はありません。どことは言いませんけどね。


「全く……ハリムと同じ事を言うようになってしまって。傷薬ならちょうど出来上がりましたから、これを持って行って下さい」


 私はシャモジで釜の中の薬……軟膏を掬いとり、小さな木箱へと詰めます。それをリックへと差し出しました。

 ちなみにハリムはリックの父親です。


「ありがとうラティおねーさん! 代金は後で持ってくる!」


 リックは私から受け取った薬を手に取ったかと思うと、嵐のように家から出て行きました。

 思えばあの子の父親も同じような性格でしたね。親子ってやはり遺伝するのですか。

 大きくため息をついてから私は釜の中の傷薬を木箱へと詰め込んでいきました。


 私の名はラッティーネ。村の人からは薬屋のラティと呼ばれる魔女です。


♪♪♪


 何種類かの薬を作り終えたあと、私は村を回って薬を配っていきました。

 そろそろ薬草などの在庫が切れるので長期間村を開ける必要があるからです。

 魔女はほぼ全員が腕の良い薬師であり、どこへいっても歓迎されます。年を経た魔女なら医師の代わりにもなります。

 大きな街なら数人の魔女たちがいますけど、私がいるような人口百人程度の小さな村では一人くらいしかいません。そのため私がいなくなると村の人にとっては非常に困ります。

 しかしかといって素材がないと薬などの調合ができません。

 もう少し都会であれば素材採取を誰かに頼む事もできますけど、この村には素材採取するようなスキルを持つ人はいませんし、居たとしても日々の仕事がありますから到底採りに行く時間はありません。

 そのため事前にある程度薬を作って配っておく必要があります。


「ラティさん、いつもすまないねぇ」

「それは言わない約束で……じゃなく、今回は少々長く一週間ほど不在にしますからみなさん気をつけて下さいね」


 代金は取りません、使った場合に自己申告で頂くだけです。

 そもそもこんな小さな田舎の村は通貨など殆どなく、基本物々交換ですからね。


 全ご家庭に配り終えたあと、私は自宅へと戻ってきました。

 この家も私がこの村を初めて訪れたときに作って頂いたものです。既に六十年以上もの月日が経過しているからか、あちこち建て付けが悪くなっていますね。

 広さも倉庫兼調合室兼台所と寝室の二部屋しかありませんが、生活するだけならこれで十分です。

 冬の寒さは堪えますけど。


 そんな部屋の中で私は一週間分の食料と、色々な薬を詰め込んでいきます。意外と重いですし嵩張りますけど、里のおばあさまに作って頂いた魔法の袋がありますから問題はありません。

 これは見た目より数倍の量を入れられる袋で非常に便利なものなのです。ま、重さは変わらないので入れすぎると持ち上げる事すらできなくなりますが。

 でも私は魔女です。魔法の杖に乗れば空を跳ぶことができますから、これに結びつければ重さは問題ありません。


「これでよしっと」


 完璧に用意が出来ました。旅行カバンならぬ旅行袋です。きっと私の腕力では持ち上げる事すらできないでしょう。私は魔女ですが寿命と魔力以外は然程人間と変わりありません。力なら人間の子供と良い勝負するでしょう。

 ま、私には魔法がありますからいちいち力なんて使わなくても良いのですけどね。


≪浮かびなさい≫


 杖に横座りしてそう命じると、ふわり、と浮かび上がりました。ちょっと後ろに結びつけた袋が重いのか、バランス取るのが難しいですけど。

 今回採取するのは季節限定の薬草です。とある山の中腹に生えているのですけど、早めにいかないと他の魔女たちに先を越されてしまいますからね。それとついでに山の麓にある温泉に浸かって一杯を考えています。


 年に一度くらいは休暇も必要でしょ?


 もちろんお金は殆ど持っていませんので、詰め込んだ薬を売る予定です。魔女の薬は意外と高値で売れるので大変重宝します。

 さて、それではれっつごー!


♪♪♪


「このために生きてるって感じですねぇ」


 既に秋に差しかかっている山を見ながら温泉に浸かってお酒をくいっと飲むのはたまりません。

 村から空を飛んで丸一日。やっとついた山の麓にある温泉街で今夜は宿泊です。明日からは中腹まで飛んで採取の日々が続きますから今日は英気を養うためにですよ?


 最も明日以降も毎日ここへ戻って一杯しますけどね。


 また懐も上手い具合に他の魔女達は訪れてなく、この温泉街に住む魔女にそこそこの高値で薬が売れましたのでほくほくなんです。

 同じ魔女なのに薬が売れるのかって? そりゃ私だって手元に余裕があるなら作って欲しいくらいですから売れますよ。

 特に長く生きた魔女なら作るのに難しいものであればチャレンジ精神も生まれますけど、初歩的なものなら他人に任せたいと感じるはずです。ま、私は若手ですからその辺の感覚は分かりかねますが。


「おやまあ、早速やってるねぇ」

「あ、ベリーザさん先ほどはありがとうございました」


 私がちびちびと呑んでいると先ほど薬を売った魔女、ベリーザさんがやってきました。彼女も私と同じようにお酒を片手に、です。

 ベリーザさんは私の母親と同世代の魔女で確か三百歳ほどだと伺っています。見た目は私とほぼ変わらないくらいの少女なのですけど、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる体型なんですよ、ちくしょうめー。


「ミネーリアの娘なら多少は上乗せしてやるさ」


 ふぅ、と一息つきながら湯に浸かるベリーザさん。

 たゆん、と大きく揺れた二つのものが、更にお湯で浮かぶのを尻目に私は感謝の言葉を伝えました。


「相場より一割も高く買い取って頂けて本当に感謝しています。私の住んでいる村は通貨が流通していなくて、どうしてもお金が手持ちになくて困っていますからすごく助かりました」

「そうそう、それ聞きたかったのだけどさ。ラティみたいな若手は大きな街のほうが似合ってるんじゃないの? なんで小さな村にいるの?」


 私のような百歳にも満たない超若手・・・は、出来るだけ他の魔女がいる街に住んだ方がメリットは大きいのです。

 一応里で錬金術の勉強をしますし何か新しい発見があれば知識の共有として里に連絡はいきますから、得る時間に差はあれど知識量としては殆ど変わりません。ただし経験差というものは非常に大きく、新人は出来るだけ他のベテラン魔女の近くにいたほうが何か合った場合に助けて貰えます。

 それに一人だと採取で外出することはなかなか出来ませんけど、複数の魔女がいれば共同してローテーションで採取しにいけば問題がなくなりますからね。


 しかし私はあの村で一生、とは言わないまでも滅びるまではいるつもりです。

 悲しい事に人間の街や村なんて数百年、下手をすれば数十年で消えていく事も珍しくありません。

 あの村だって私が住み始めた六十年前は一千人程度の小さな町規模でしたけど、今では百人ちょっとしかいない村となっています。

 人口減。

 特に収入に不安のある村では、若手が大きな町へ出稼ぎにいく必要があります。しかしながらそのままその町に居着いてしまい、村に帰ってこなくなるケースが多々あるのです。これが多発していくと結局村に残るのは老人か子供だけになり、最終的には町に住んでいる親族が引き取りにきて誰もいなくなります。下手をすればそのまま放置される事だってあるでしょう。

 あの村も近い将来そのようになる可能性が高く思います。少なくともあと百年は持たないでしょう。

 でも私はあの村が滅ぶまでいます。

 それが約束ですからね。


♪♪♪


「あらまあなんてこと、この山って意外と薬草類が豊富ですね」


 生まれてから三十一年、ようやく魔女の里を卒業した私は気の向くままに空の旅を楽しんでいました。かといって空を飛ぶ魔物はいるので、注意は必要ですけどね。

 里を出て一ヶ月、大陸の西側を色々と飛び回りながら楽しんでいると、ふと眼下の山に注意が行きました。珍しい薬草がありそうな気配がするのです。


魔女魔法ウィッチマジックの一つ、魔女スコープ!」


 私の声と共に視界がぐっと迫ってきました。遠くの物を近くに見えるようにする魔法で、私のオリジナルです。千里眼という魔法を少々アレンジしただけですけどね。

 千里眼は両眼がズームするのですけど、魔女スコープは片眼だけなのです。つまり反対側の片眼だけで見ればすぐ周囲を見ることができる、という訳ですよ。これは望遠している最中すぐ側に敵が来ていても見る事が出来なくなる欠点を無くした素晴らしい魔法なのです!


 複数人で行動していれば問題ないんですけどねー。


 魔女は基本ぼっちなんです、仕方ありません。

 それはともかく、ズームした視界には様々な薬草が生えていました。

 人の手は僅かながら入ってそうですけど、どちらかといえば獣を狩るほうで、薬草や山菜は誰も採っていないようです。そして周りを見ると少し離れたところに村……いえ小さな町がありました。

 なるほど、あそこの住人がこの山を狩り場にしている訳ですね。更にはあれだけ手つかずの薬草が残っている事だし、おそらく薬草師や薬師はいないでしょう。

 売り込める可能性は高いですが、先輩の魔女がいないのはさすがにちょっぴり心許ないですね。

 でも一人だってやっていける事を証明するチャンスです。


 私は生前の記憶があり、どうしても父親知らず、というより家族全員で暮らせないのが我慢出来ませんでした。

 魔女という種族の性質上、一定の理解は出来ますけどね。子は必ず魔女になるしそこまで出生率も高くなく更に種族の維持を行う上で子は魔女側に欲しいですし、エルフ以外の種族では寿命的に必ず相手が先に亡くなります。

 でもね、うちの母親なんて里にいる長老格の魔女、余生を過ごしている一千歳近いおばーちゃんたちに私を預けたまま街に戻って殆ど顔も見てないですし。そりゃ母のいる街は魔女が母のみで長期間不在にすると大変になるのは分かりますし、里までの距離が遠くなかなか帰省できないのも分かりますけど、三十一年の間に母の顔を見た回数が片手で数えられる程度しかないってどうよ?

 それならいっそ一人でずっと暮らして子を作らないほうが幸せじゃない?

 また、近くに魔女がいればそれだけ子供作れというプレッシャーが強くなるのは必至です。実際私も生前実家に帰省する度に早く子の顔が見たいわー、なんて親戚一同から何度も言われましたからね。


 以上の理由で私はぼっちで生きていこうと思い、良い街か村があるか物色していたのです。


 先にあの町の町長か村長かは分かりませんが、申し込んでおこうかな。それとも眼下に生えている薬草を採ってからのほうがいいかな。

 うーん、売り込むなら目の前で薬を調合して見せたほうがより一層効果的かも知れません。ならば先に薬草を採ってしまいましょう。

 一応周囲を見渡して、危険そうな動物や魔物がいないことを確認しなきゃ。

 攻撃魔法もいくつか使えますけど、所詮女の身体能力では接近されたら一発でお陀仏です。索敵重要先手必勝見敵必殺一撃必殺。意味不明ですね。

 私はおそるおそる着地しました。


「おおう、これはファイレイ草ではあーりませんか! しかもこっちにはカレイラ花、更にあそこにはフミレ蔦まで! なんという宝庫! 私はとても果報者です!」


 周囲そっちのけで私は採取に勤しんでいました。

 だって魔女の里の周囲は基本的に薬草はほぼ刈り尽くされており、あまり生えている現物を見ることは少ないのです。

 そしていつの間にかおばーちゃんたちから餞別に貰った魔法の袋が半分くらい埋まる勢いで採取したのに気がついた私は、ふと気がつきました。


「あ……もう夕刻じゃないですか」


 おかしいですね。私がここに下りた時は確かお天道様が天頂に到達する少し前、つまり昼前だった気がします。一体何時間私は夢中で採取してたのでしょうか。

 今日は町長か村長の家にお邪魔しようと思ってたのですかこの時間だともう遅いですよね。

 仕方ありません、今日のところは宿に泊まってゆっくり寝ましょう。ついでに身体も洗いたいですしね。


 背負っていた杖を取り出し、魔法の袋を結びつけようと思った時、ふと周囲に気配が生まれました。


「……っ!」


 いつの間にか十体以上のゴブリンに囲まれていました。その距離わずか十メートル。

 なぜこんなに接近されるまで気がつかなかった私! ドジ!

 杖に乗って飛ぼうにもこの距離では飛び立つ前に襲われるでしょうし、魔法を使うにも良くて一〜二体くらいしか倒せません。その間に他のゴブリンに袋だたきに合うでしょう。心臓が早鐘を打ちます。

 やばいまずいこのままではここで死んでしまいます。前世では二十九歳で、今世は三十一歳でお亡くなりになってしまうのでしょうか?

 やったねラティさん両方合わせれば六十歳、人間五十年より長生きしたよ!

 なんて言っている場合じゃないです。杖を右手に持ち掲げて威嚇してみます。ゴブリンは弱い生き物だから、もしかすると強力な魔法使いと思って逃げてくれるかもしれません。


「ウギィ」


 一応警戒してくれたみたいです。が、逃げるところまではいきませんでした。相手からすれば数で有利に立っているのですからね。

 こうなったら自棄です。

 既に覚悟を決めた私は火の攻撃魔法を唱えようと掲げた杖に魔力を注ぎ込み始め……。


 いきなりゴブリン二体が切り刻まれました。


 火の魔法を使おうと思ってたのに風になったの?

 しかもまだ詠唱すらしてないよ?


「大丈夫か!!」


 だけどそれは間違いで、立派な鎧を着て大きな盾と片手剣を持った二十歳半場くらいの男性が私へと駆け寄ってきました。

 私の前に立ち塞がりゴブリン達から守るように動く男性。更に後ろからも男性の声が聞こえてきました。

 そこでやっと私は理解しました。


 冒険者だ、助かった。


 私は安堵と共にその場に座り込んで……腰が抜けたようです。


♪♪♪


 私はもうとっくに空となった徳利の中をのぞき込むようにし、でも頭の中ではその時のシーンが今も色鮮やかに再生されていました。

 くい、とベリーザさんが残ったお酒を飲み干すと、私のほうを細い目で見つめてきました。


「へぇ、危機一髪だったんだ」

「はい。あの時はもう本当にダメかと思いました。助けてくれた冒険者たちは三人いまして、攻撃役の両手剣戦士、防御役の盾剣士、回復役の女僧侶でした」


 あの町に薬剤師がいなかったのはこの女僧侶がいたためです。回復魔法で全部解決ですからずるいですよね!

 でも一日に何十回も魔法は唱えられませんし、それに命の恩人ですから大きな声では言えませんでしたけど。


「彼らのパーティには攻撃魔法を使う人がいませんでしたので、私が加わりました」


 そこから数年間彼らと一緒に行動し、色々な場所を旅して。

 ……そしてとある魔物と戦い、不慮の事故で盾剣士が亡くなりました。


「亡くなった盾剣士はあの町の生まれでした。あの町を愛し、そして死ぬ間際託されたのです」


——ラティ、君の力でどうかあの町に住む病気や怪我の人を救って欲しい。


 残った二人の年齢も三十才となり肉体的にもそろそろ下り坂だったので、それを機にパーティは解散し、私はそのままあの町で薬屋として住むことになったのです。


「女僧侶ベルアさんと両手剣戦士のアライブさんは同じ出身地で、ご結婚して故郷に戻りましたが、私は町に残りそして今に至ります」

「ふーん、それにしても意外ね、ラティが冒険者やってたとは」

「ええ、何故か妙にその盾剣士に懐かれまして。強引に誘われましたよ」


——ラティ、君の魔法があれば僕たちはもっと高く飛べるよ! 是非僕たちと一緒に来てくれ!

——残念ですが飛べるのは私だけですー、それにラティって呼ぶな、ラッティーネと呼んでください。


——何この薬! 凄い効き目があるよ! ラティ、君は天才だね!

——魔女の薬ですから当たり前ですー、それとラティって呼ぶな、ラッティーネと呼びなさい。


——だからラティは愛称で家族や親族専用の呼び方です! 貴方はラッティーネと呼んでください!

——ええ? 同じパーティ、つまり家族みたいなものだからラティで問題ないじゃないか。それに長い名前は覚えにくい。

——アーヴァインさんの記憶容量は三文字までですか!? 貴方が大声でラティラティと連呼するおかげで町の人たちまで私の事を愛称で呼んでくるんですよ? どう責任取ってくれるのですか!


 不意に色々な事を思い出し、思わずちゃぽん、と肩まで浸かると、ベリーザさんは私を覗き込むように顔を近づけてきました。

 しかも妙に笑顔で。


「……なんでしょうか?」

「その盾剣士クンの事が好きだったんだ」

「なっ!? ち、ちがいますー! 好きじゃなかったしー、色々とからかわれたしー、大体いい歳した大人でしたのに行動は子供すぎる人でしたしー! ちっとも好みじゃないですー!」


 私の反応の何が面白いのか、ケタケタと笑うベリーザさん。

 うちの母と同じくらいの年齢のくせして、この人子供過ぎます!


「あはははははは。それにしても惜しいねぇ。その頃のラティってまだ四十歳にもなってなかった頃よね。成人してたら襲ってたでしょ?」

「な、何を言うのですかベリーザさん!? そんなはしたない真似出来ませんし、襲いませんし!」

「昔のミネーリアと全く同じ反応するねぇ、さすが親子。でもあいつは成人したら速攻襲ってラティを生んだんだけどね」


 母さん、貴女何をやっているのですか! 私まで同類に見られてますよ!

 ううー、と口までお湯に浸かると、何故か達観したかのようにベリーザさんが肩を叩いてきました。


「あたしら魔女からすれば数年なんてあっという間だけど、一期一会、例え短い期間であっても、その時の気持ちを大切にもってなさい。それが経験となり糧となるからね」

ご年配・・・の魔女様からのご教授、ありがたく受け取らさせて頂きます」

「はっ、可愛くないわね。ほんとミネーリアと同じよ」


 そう言ってベリーザさんは立ち上がりました。

 そういえば結構長い時間浸かってますし、そろそろ私も上がらないとのぼせてしまうでしょう。本当はもう一杯くらい飲みたかったですけど、明日から暫く採取が待っていますから二日酔いは避けなきゃいけませんしね。



 脱衣所で私が濡れた肌をタオルで拭いていると、既に服を着たベリーザさんがちょっときつめの口調で言い寄ってきました。


「ラティ、貴女二十年ほど里帰りしてないわよね。いい加減そろそろ顔を見せにいきなさい」

「うっ、分かりました。スケジュール調整して近いうちに里帰り致します」

「本当なら十年に一度は里帰りしなきゃダメなんだから、きちんと顔を出すのよ? ミネーリアも三十年以上顔を出していないし、本当に似てるわね」

「……全くもって反論できません」


 里は私たち魔女の情報交換の場でもあります。

 新しい調合が発見されたかも知れませんし、確かに一度きちんと長老さんたちとお話する必要がありますね。

 はぁ……向こうに行けばおばーちゃん達に叱られそうです。

 それに村から里まで一週間はかかるんですよね。今回も一週間留守にしますし、あまり頻繁に村を開けるわけにもいきませんし、どうしましょう。

 帰ったら村長に相談しないといけませんね。


 私は軽く酔った頭で今後の事を考えながら、布団に潜り込みました。

 みなさま、お休みなさいませ。




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[気になる点] 前世の記憶の存在感が薄い [一言] 大胆な母親だったんだな
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