春嵐
ここから、少し間があくと思われます。申し訳ありません。
「許さん!!」
ガチャン!バタバタ、ドスッ!
隣の家から聞こえてきた怒声と、モノが壊れるような音に驚いて、俺は春乃の家の方を振り向いた。
物音はいまだに続いている。俺はあわてて靴をつっかけて、隣の家へと走った。
___さっきの声は、春乃の親父さんの声だった。
春乃の親父さんは気の良い人だが、若干昔かたぎで怖いところもある。しかし、あんな声を聞いたのは初めてだった。春乃の家のドアを開ける。
「入るよ!・・・どうしたの、小父さん!?」
部屋に入った俺の目に映ったものは、倒れた椅子、机の上で割れている皿やコップ
___そして、怒りでたち震えているおじさんと、それを必死に止めようとしているおばさん、その足元の床に倒れている春乃の姿だった。
「春乃!?どうしたんだよ?何があったんだ、小母さん!?」
彼女を抱き起こすと、左頬が赤くなっていた。まさか、おじさんが殴ったのだろうか。
「んっ・・・か、なで・・・?」
少し唸って、彼女がゆっくりと目を覚ました。
「奏ちゃん、ごめん!春乃をどこかに連れて行ってくれる?・・・お父さん、落ち着いて!」
「わ、分かりました!」
春乃を背中に担ぐと、俺は駆け出した。彼女はまだぐったりとしている。
(本当に何があったんだ!?)
「う、裏山・・・。」
「え?」
「裏山の秘密基地に連れて行って・・・。あそこなら、ゆっくり話せると思う。」
彼女の声に頷いて、足を山の方へと向けた。ここには小さい頃に作った小さな机といすがあって、今でも時々行くのだ。
たどり着いた場所には、子どもサイズの木で作ったボロボロのイスと机があった。俺はイスを木の傍に置き、座った彼女を幹に、もたれかけさせた。近くの沢でハンカチを濡らし、彼女の頬に当てる。
「何があったんだ?」
尋ねる俺に、彼女は少しためらった後、ぽつりと言った。
「あのね・・・私、大学に行きたいの。」
「!」
俺は驚いた。春乃は高校卒業した後、家を継ぐための準備に入る予定だったはずだ。…それが、大学進学だなんて。
「…この村で、大学に行くのは難しいぞ。誰も、『外』に出ようなんて思わないから。」
「うん…。でも、行きたいの。」
「…いつからだ?」
「結構、小さい頃からかな。」
また驚いた。気付けなかった悔しさからか、声がきつくなる。
「俺は……ずっと、おまえは家を継ぐことを望んでると、思ってた。」
「うん、別に家を継ぐのが嫌な訳じゃないの。お父さんは昔気質だし、憧れのままにしておこうと思ったんだけど…やっぱり、色々な事を『外』で学びたいと思った。…それで、今日の二者面談でそろそろ言わないとだめだって言われて・・・。それで、お父さんたちに話したら…こうなっちゃった。」
彼女はそういうと、頬にそっと手を当てて悲しそうに笑った。
「……あきらめるのか?」
そう呟いた俺の声には、それを望む気持ちが無意識に入り込んでいた。春佳が軽く笑う。
「まさか、頑張って戦うよ。この村に帰ってこれなくなるとしても…もう決めたから。」
彼女の瞳はゆるぎなかった。この村の人間が簡単に村を出ていけるわけがない。たとえ大学に行くことができても、彼女を村が受け入れることは、おそらく二度とないだろう。それでも、彼女は出ていく。
……俺は、当然のように彼女がずっと傍にいると思っていた。どんな関係だとしても、自分が思い描く風景の中に春佳の姿があるのは至極当然のことだった。
「ねぇ…奏。…お願いがあるの。」
ひどく弱弱しい声で彼女が呟いた。俺はできるだけ優しい声で尋ね返した。
「…なんだ?」
彼女はまっすぐに、こちらを見つめてきた。瞳に揺れるのは、懇願と恐れ。
「奏だけには、私の夢を『無理だ』とか『やめろ』とか言わないで欲しいの。…勝手だって分かってる。でも、奏にまで反対されたらきっとおれちゃうと思うから。」
…なんて、残酷な事を言うのだろう。俺は喉をコクンっと鳴らした。気分としては絞り出すように、けれど春佳には大したことでは無いかのように聞こえるように、声を出す。
「…良いよ。俺だけは、絶対にお前の味方だ。」
「ありがとう。よーし頑張るね。絶対お父さんたちに認めさせてやるんだから!」
彼女は元気を取り戻したらしい。勢いよく立ちあがると家に向かってずんずん歩き出した。俺はその後ろを慌てて追いかけた。…まるで子供の頃に戻ったかのように。
あくまでフィクションということでお願いします……!