春が、いない
初めてなので拙い文章ではありますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
冬の冷たい空気の中を、鳥が一羽とんでいる。
村外れの駅には、俺と彼女の二人しかいなかった。
キチンと足を揃えて座っている彼女に対して、俺は背もたれにもたれかけ、ポケットに手を突っ込んでだらしない姿勢をしていた。二人に共通しているのは俯いてひたすら黙っていることぐらいだ。
この村で十八年間、彼女と一緒にすごしてきて、こんなに二人でいることが辛いのは初めてだった。
どちらも一言も話さないまま、数分が過ぎた。無人駅に、録音された放送が流れる。
『間もなく電車が参ります』
それを聞くと、彼女は顔を上げて、荷物を掴んだ。
線路の向こうを見ると、列車のライトが光り、近づいてきているのが見えた。
彼女が乗り口の所へと歩いて行く。それとともに、走ってくる列車の音がどんどん大きくなっていく。
プシュー
この駅から今日列車に乗るのは、彼女一人だけだった。見送りに来たのも俺一人。
しかし彼女は気にもしなかった。俺が来てくれるだけでも十分だと、そう言って笑った。
「手紙…書くね?」
列車に乗った彼女が、入口で振り返った。俯いたまま近づき、愛想のない相槌を打つ。
「ああ。」
「・・・お父さんたちの事、お願いしてもいい?」
「ああ。」
「その・・・元気でね?」
「ああ。」
二人の間に沈黙が落ちる。どちらも、少しの間なにも言おうとしなかった。
・・・結局、先に口を開いたのは彼女だった。
「奏・・・今までありがとう。奏が応援してくれなかったら私、きっとここまで来れなかった。」
「春乃・・・!」
たまらず顔を上げる。彼女は涙をこぼしながら、にっこり笑った。
「言ってきます、奏。」
プシュー、ガラガラガラ
扉が閉じる。彼女は席に着くと、俺に少しだけ手を振った。そしてもう振り返らなかった。窓から見えた凛々しい横顔は、もう未来しか見ていなかった。
列車がまた音を立てて駅から走り去っていく。・・・そして駅には俺一人が残された。再び、静かな時間が訪れる。
「春乃っ・・・。」
空を仰いで歯を食いしばる。必死で耐えなければ泣き出しそうだった。
彼女の夢を叶えるために、全力で支えたことは全く後悔していない。例え、こうなると分かっていても、それが彼女を支えない理由にはならないと思ったL。
そして彼女は旅立っていった。この村から。俺の隣から。
___奏、ありがとう。
「・・・違うんだ晴香。俺はそんなこと言われるような奴じゃないっ・・・」
夢を果たして、この狭い世界から飛び出して行った幼馴染。それはとても喜ばしい事のはずだ。
ずっとそばにいた事からの寂しさはあるとしても、こんなにも胸が痛くなることはないはずだ。
・・・ましてや、心のどこかで彼女が挫折することを望んでいたはずはない。
俺はゆっくりと息を大きく吸い込むと、もう何の用もなくなったホームから、ゆっくりと降りて行った。
お読みいただきありがとうございました。
もし、おもしろいと思っていただけたなら、続きもどうぞよろしくお願いします m(_ _)m