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薬師学科から馬車で帰った。もう以前のように王族居館以外で自由に歩くことはできない。
部屋に戻ってリリーとお茶を飲んでいると、セイズ王の側近の一人が来た。
陛下の執務室に来て欲しいと言われた。急ぎの用事じゃないと言われたから、服を着替えて、リリーと護衛のディランと一緒に陛下の執務室のある建物に向かった。
執務室は王族居館から馬車に乗り五分した所にある。
「よく来てくれた。タイラとノブ殿以外の者は部屋からしばらく出て欲しい」
陛下の部屋にはセシルの力を知っている者たちだけ残った。ノブさまと挨拶をしたりして世間話を少しした。
「セシル姫、この茶っ葉についてなにか分かるだろうか?」
セイズ王はセシルに力を使って欲しいと言う意味だ。生態を調べる時は対価をほとんど払わなくていい。でも緑の民に力を公使するゆえ、アシール神殿長のノブさまがここにいるのだろう。
「はい」
う
出された箱に親指くらいの量の茶っ葉があった。セシルは茶っ葉に人差し指で触れる。
「この茶っ葉は紅茶のようなお茶です。でも……」
(どうして!? なんで!? かーさまの創った草と同じ生態なの!?)
「セーちゃん、どうしたの? 顔色が悪いよ」
隣に座っていたリリーがセシルの体を抱きしめた。セシルは無意識にふるえていた。
「セシル姫さま。落ち着いてください。ゆっくりでいいので息を吸ってください」
ノブさまの落ち着いた声ではっとする。
セイズ王もタイラさまもセシルが落ち着くのを無言で待っていた。みんな心配そうな顔でセシルの顔を見ている。
「すみません。取り乱してしまいました」
「いや、それはいい。体の具合はどうだ? 力の使用で体を壊したのではないか?」
セイズ王が尋ねた。セシルの本当の対価について知る人はセスしかいない。リンダもリリーもセシルが使う力の対価は体力消耗だけだと思っている。
「いいえ。大丈夫です。植物の生態を調べるのにはほとんど対価を払わないでいいのです。
取り乱したのは、このお茶について驚いたからです」
セイズ王はセシルの言葉に「そうか」と頷いた後に言った。
「セシル姫。本当のことを教えて欲しい。それは普通のお茶ではないんだな?」
「……は、はい。ユッパは水のように体内になにも影響のない飲み物です。紅茶は香りや味がいいですが、カファインが入っています。
カフェインと言うのは、精神刺激作用があり眠気を覚ましたり、持続回復や疲労回復があります。副作用でとる過ぎると眠れなかったり利尿作用が活発になったりします。そして中毒性もあります。
このお茶は、飲むと、脳や神経に害を与えます。そして、とくに中毒性がカフェインより高くて、このお茶の効き目がなくなると禁断症状になります」
かーさまの創った『一時の夢の花』と効果がそっくりだ。でもセスが『一時の夢の花』は花で、火で燃やした煙を吸えば幻覚作用があるが、禁断性などの中毒性などなかった。
でもこのお茶は幻覚作用と中毒性があり、お茶の摂取を止める禁断障害が出る。
「すまない。セシル姫の言っている内容がほとんど分からない。ここに王妃の主治医を呼ぶ予定だが、このお茶についてもう一度彼に説明してくれないか?」
主治医を待っている間に侍女たちがお茶を出したが、部屋にいる誰もお茶を飲まなかった。
しばらくして真っ白な髪の毛のおじいさんが部屋に来た。お互いに自己紹介をする。彼は王宮筆頭医務官で伯爵だった。
伯爵は「セスさまの愛弟子のセシル姫さまとリリー姫さまと以前から話たいと思っていました」と、おっとり言った。
セシルは最初普通のお茶に入っているカフェインについて説明した。その後に陛下に渡されたお茶について離した。幻覚症状や禁断症状や中毒性について説明をした。
伯爵が王女の付きの医者と聞いた時から気づいていた。王妃はこのお茶を飲んでいた。
セシルが幻覚症状のある状態の時に、暗示がかかりやすくなると言った途端に周りの人たちは顔を苦しそうに歪めた。さらに禁断症状の説明をしたら陛下は悲しそうな、苛立った顔をした。
「セシル姫さまのおっしゃるとおり、王妃さまはいま禁断症状を出しています。セシル姫、どうか王妃を治してください」
伯爵が頭を下げた。つづいてセイズ王も頭を下げた。「兄上」とタイラさまが焦った声を出した後に、彼もセシルに頭を下げた。
「セシル姫、知識を与えて欲しい。王妃を助けてくれ」
「わたくしは医者ではありません」
前世の記憶なんて全然専門的なものじゃない。セシルは医者じゃない。
「もちろん分かっておる。なんでもいい。なんでもいいんだ。王妃を助けてくれ、セシル姫の望むものをなんでも与える。この王位や国は与えられないが、金銭や土地などわしのできる範囲で与える」
陛下は王妃のことを愛しているんだ。セシルがルークを思うように。
もちろんセシルもルークのお母さんを助けたい。助けたいけれど、セシルには医療知識などない。でもこの世界より病気について知っていることもある。
「わたくしにはどれほど力になれるか分かりませんがお手伝いをさせていただきます。王妃さまの診療記録を見せてください」
王妃さまは舞踏会の夜から睡眠をほとんど取っていなかった。睡眠薬の薬草を取るように伝えたが、セイズ国の医者は睡眠薬の薬草があると知らなかった。運よく、セシルはラング国から持って来ていた。
王宮薬師官で今後セシルの教えた睡眠薬の薬草を取り扱うことになった。
お茶を飲む前は、月経の異常に加えめまいや昼夜を問わず眠く、全身の倦怠感が強かった。記憶の低下がみられたり皮膚が乾燥して掻きむしったりしていると診断書とあった。
王妃さまはまだ更年期障害になるには若い。でもなにか婦人病にかかっているようだ。
女性の病気……もしかしたら緑の民が創ったあの薬草が使えるかもしれない。
もしかしたらこれは運命かもしれない。
マイクさまの集めた薬草の中に、『ホルモンを正常にする薬草』があった。ほうれん草のような草だ。毎日そのまま食べるらしい。
セシルの力で薬草の効果や生態が分かっても、実際に病気を治すのにどれだけ使用したらいいかなんて分からない。
自分に力がないことを悔やまれる。でもセシルにできることをしよう。
「王妃さまのもともとの病気は、婦人病です。女性のかかる病気です」
セシルもきちんと説明できなかったけれど、医者の伯爵には通じていた。伯爵が何度も感嘆の声でセシルを褒める度に後ろめたかった。
マイクさまの持っている薬草を増やしながら王妃さまの食事に加えることになった。
元来の病気がよくなる。でも中毒は治らない。
セシルは王妃を助けるためにある決断を下した。本当はかーさまの創った二つの薬草について誰にも言わずに秘密にして、この世から末梢したかった。
セスはセシルの意志を汲んで、かーさまが創った『貪る闇の花』をミチル国に探しに行っている。もちろんとーさまを治す薬草を探しているが、こうしてとーさまが亡くなった後もまだセシルに会いに来ないのはまだ『貪る闇の花』が見つかっていないからなのだろう。緑闇にセスへの連絡を頼んだがまだ返事がない。
もう一度、伯爵を抜きで話をしたいと頼んだ。伯爵は医務室に待機していますのでいつでも尋ねてください、とにっこり微笑んで部屋を出ていった。
セイズ王たちはセシルがなにか緑の民についての話があるのだと察して、セシルの言葉を待っていた。
「みなさまもご存知のように、わたくしの母、ルネンは緑の民でした」
セシルの言葉にセイズ王たちは頷く。
「母上は緑の民の中の『創造する緑の民でした』。母上が創造した薬草は六つです」
「「「!!六つもだと?」」」
ノブさまも知らなかったようだ。
セシルは四つの人のためになる薬の説明をした。そして残り二つの説明をする。
「他の二つの薬草は人のために役立つ薬ではありません。
でもセスがいつも言っていました。薬は本来毒にも薬にもなる物だ、と」
緊張して次の言葉を一瞬忘れた。
「ラングの神殿長が、緑の民が創造する薬草は、それがたとえ害する物でも、神がお与えになった物で尊い物と言われました」
ノブさまが「そうだ」と頷いた。
「かーさまの創造した『一時の夢の花』が、このお茶の効果がそっくりだ。でも似ているけれど全然違います。『一時の夢の花』は花で、火で燃やした煙を吸えば幻覚作用があるけれど禁断性などの中毒性はありません。
この薬草は乾燥していても使えます。わたくしもいくつか所持しています。種を陛下に渡します。
この薬草を使用して王妃さまのお茶への中毒を少しづつ治してはどうですか?」
つまり洗脳を解く、または新たに洗脳する……。




