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ラング王城に来て、2日たちやっとセシル姫のいる後宮に出向くことができた。セシル姫たちの安全は女官長に聞いていたから後まわしになった。
セシル姫に会見する前に、王宮内の混乱を収める必要が先決だった。アリス王女も王宮に戻り、ルークたちと対面した。アリス姫は自分の立場を理解していない浅はかな女だっだ。周囲の気配りも周りの者の意見を聞く気もない奴だ。
彼女に仕えている侍女たちへの態度がひどすぎる。王宮での彼女と王妃と王太子の評判は悪い。だからラング国がセイズ国になることを喜ぶ者も多くいた。もちろん爵位を持たない者だけだが。
ラング王とルネン妃は国民に愛されていたようだが、王妃、王太子とアリス妃は嫌われていた。将来王太子が国王になる前に、セイズの一部になる決断をしたラング王は、やはり賢王だという者もいた。
ラング王の心中は分からない。父王からいつか理由を聞けたらいいと思う。
アリス姫はラング王女の前に、ミチル王国の姫だと言った。だから自分はラング王国がなくなっても高貴な存在。ルークと同格と勘違いをしている。
ルークがおとなしく聞いているのをいいことにふざけたことをほざく。自分と結婚すれば、ラングの土地を簡単に統一でき、ミチル王国にも多大な影響を与えると言った。
はっきり言って、アリス姫はミチルの王女のように豚ではないが、目が小さく鼻がワシのようで女性として残念な顔だ。ラング王は優男と聞いたが……ミチル王族事態見た目のよい者がいない。頻繁な玉座奪略の結果だろう。
アリス姫の妹のセシル姫も、もしかしたらたいしたことがないかもしれない。いくら母親が傾国でも、娘まで美人とはかぎらない。
後宮の真ん中にある高い壁に囲まれた広範な敷地。噂には聞いていたが、ここまで厳重な砦とは想像していなかった。普通できない。
生まれてから一度も外を知らないで生きてきた姫。まだ会ったことのないセシル姫を思い可哀想になり庇護欲が沸く。一緒にいる騎士たちもルーク同様の思いをつぶやく。
唯一ある門にある鍵を壊すのに時間がかかった。
鍵が壊れ門の中に入る。叔父上は今回他の用事でいないから、ルークが先頭に足を踏み入れた。
門に入って、自分たちを迎え入れる美しい光景に立ちすくむ。自分は天国に入ったのかと思い身動きができなかった。この楽園に侵入していいのかと躊躇った。
黒い簡素なドレスを着ているが、それがかえって彼女の美しい銀髪を引き立てる。侵入者を咎めるようにまっすぐ見ている。背丈は女性の平均より少し高く、背の高いルークにちょうどいいととっさに思う。
ルークは彼女の知性的なアメジストの目に魅入った。彼女の顔のパーツ一つ一つが端正な神の芸術品だ。
アシール教は創造神の具像を作らない。だから神の性別など分からないが、もし女神がいるとすれば、目の前の女性のようだろう。
「殿下?」
もしレイが声をかけなかったら、ルークはいつまでも目の前にいる女神に見とれていただろう。
彼女がセシル姫。傾国妃の娘だが、彼女こそ傾国姫だ。世の中の男どもが彼女のためにすべてを投げ出そうとしても、ルークはその男たちをバカにできないと思った。
セシル姫はアリス姫より王族だった。身につけている身なりは、貴族より劣っていたけれど、彼女自身高貴な王族だ。
ルークも王族としての帝国を学んできたが、自分の命より使用人の命を大切にする。頭で分かっているが、これを実効できる王族は何人いるのだろう。
同じ王族として、王族という身を失う目の前の王女を可哀想になり、守りたくなる。ましては生まれて一度もかごの中で育てられた少女だ。
それよりこの侍女たち! これで親子なのか!? セシル姫に目を奪われていたが、この姉妹のような親子は、男の欲望をつめたような姿をしている。
赤いカールの髪に真っ白で丸い顔。北国のラング人はもともとセイズ人より色素が薄いうえに、茶色や黒色以外に色彩豊かな髪と目をしている。セシル姫の銀髪紫眼も珍しいが、この侍女たちの鮮やかな色彩もめずらしく目を惹く。
顔の半分を埋めるエメラルドの眼。なにより背が低いのに、ボリュームある胸と尻と細いくびれ。セシル姫が月の女神ならば、この2人は太陽の女神。セシル姫は手の届かない完璧な美で、この2人はかわいい美しさだ。
ラング王がこの者たちを囲んだ理由が分かる気がした。セシル姫もルークたちを恐れているがそれは侵入者としてだ。だがこの2人は男に恐怖を持っている。
(一体この三人をどうやってセイズ王都へ連れて行けばいいのだ?)
残りの任務を考えて頭が痛くなる。
それなのにこの世間知らずの女たちは、庶民になって自分たちで生きていくだと!!
セシル姫の持つ宝石を差し出して出て行こうとするし……。ルークは略奪者ではない。父王も今回の任務で無法な殺生や暴力、略奪を禁止されている。血を流さす平和的にラング国を吸収することは、民の統治も楽にでき国益も増える。
まあセシル姫の宝石はセイズ王都へ無事に運ぶために、今は預かっておくつもりだが……。普通の女は宝石をそう簡単に人に差し出すものか? ましては要求もしていないのに。
話をすればするほど、セシル姫の常識が異常なことに気づく。何度目の前の女の頭を割って中を見たくなった。これは生まれて一度も幽閉されていたからなのか? しかし、セシル姫は無知の姫ではない……。
セシル姫の家は後宮なのに質素な簡易な住まいだが、綺麗に掃除されていて居心地のよい空間だ。どこか田舎の一軒家にいる気がする。
居間から見えた景色は森にいるようだった。庭は貴族の庭ではなく農作物が植えている畑や果物の木。セイズで見たことのない植物ばかりだ。
任務の一つでセシル姫のいる後宮は、セイズの限られた者しか出入できない、とある。この家になにがあるのだ?
セシル姫がセイズへ出発した後、薬師研究者たちがここを管理する予定だ。