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レイさんがミリエリーさんたちにも空いた席に同席をするように言った。ミリエリーさんは青ざめた顔で断ろうとしたが、騎士服を着たタイラさまに「座れ」と言われ硬直してしまった。
結局デンディリーさんが隣のテーブルにミリエリーさんを座らせて、アリスイさんとジョニーも彼女に寄り添いながら座った。
「セシル姫、そもそもどうしてセイズ国があなたを処刑すると思うのだ? ルークも我々もセシル姫たちに普通に好意的に接してきたつもりだが、どこで何を勘違いしているのだ?」
タイラさまが辺りの沈黙を破る。
「父上のラング王の行いに罪がないと、ミチル国とラング国の政治にセイズ国が介入して裁くことをしないとルークさまやラング国宰相に聞きました。
でもわたくしたちはセイズ国のしきたりを知らずに、王族に対して無礼の数々をしてきました」
恐る恐る言葉を選びながら話す。
「その通りだ。我々が姫さまを傷つけることはない。セイズ王はセシル姫さまを保護するように我々に命令された。
それを分かっているのなら、どうして床に跪く? と言うか、ラング国では人に懇願する度に床に跪く習慣があるのか? そんな話は聞いたことがないが……。
ところで数々の無礼とは、セシル姫がさっき私に体当たりした時か? 私を蹴って私の大切な所を蹴った時のことか?」
『The 土下座』文化はもちろんラング国にもない。リンダたちにはセシルが教えた。
タイラさまの言葉を聞いてセシルたちは顔色をなくした。
「セーちゃん。処刑台行き確実なんだ……」
「タイラさま! セシル姫の無礼をお許しください。私がその罪を償います。私で償えるのでしたら、な、なんでもします」
「な、なんでも?」
リンダの台詞を聞いた途端、野獣の目がキラリと光った。
(ヤバい! 捕獲される!!)
「ダメー。リンダ、わたくし、自分の罪は自分で払うわ! 弱みに漬け込んで調教コースに持って行って、快楽漬けにして離れられないようにするなんて、三流シナリオは受付ません! わたくしの目の黒い内は絶対にありえません!」
「……ディラン。通訳をしろ。誰の目が黒いんだ? セシルは紫だし……。もういい。ここで深く考えたらなんか負ける気がしてきた」
ルークはさらに疲れた声を出す。
「だから、それはいい。確かにセシルは男性の大切なところを蹴るなどしてはいけない行為をしたが……はあ、つまり」
ルークは話題が脱線するのを止めようとする。
「確かにセシルたちはセイズ国のしきたりや文化を知らない。でも、本当に、処刑など、一体どんな勘違いをしているのだ?
王族に対しての無礼と言うか意味が分からない。まあ無礼は無礼だが……意味が分からない言動と行動が多すぎて。こうして改めて考えると叔父上に対して容赦ないなあ、とは思う。だが一体なにを勘違いしているのかそこをもっとも知りたい」
「「「……」」」
(カースト制度? 野獣攻めs攻め調教攻めコースか、処刑台に貼り付けられて、最後はギロチン……ぎゃーーー?)
セシルは隣のリンダとリリーの顔を見た。二人ともセシルが説明するものと思っているようだ。
「あのー。本音を言って無礼と処刑されませんか?」
「……だから、俺たちがどうしてセシルたちを一々処刑すると思っているんだ?」
「お、落ち着け、ルーク。イライラする気持ちは分かるが、ここは落ち着こう。相手は珍獣だ。貴重な生き物だ。そうだ私も落ち着こう」
タイラさまの台詞が酷すぎる。男性にとって女性は未知な貴重な尊い生き物、女神かもしれないけれど! 珍獣って、なんてボキャブラリーが乏しいんでしょう!
なんか目の前にいるイケメンたちが、途方にくれた顔でセシルたちを見ているのは気のせいだろうか……。
「国が違えば文化も違います。男尊女卑や身分制度の厳しい国もあります。王族に親しく接していきなり剣で切られたりします。
げんにルーク殿下に気安く話しかけた時に殺されかけました。
庶民のわたくしたちがセイズ国の身分の高い人と親しく接したら処刑されます」
多分きちんと説明できたと思う。
「「「……」」」
セシルの言葉を聞いてミリエリーさんたちがタイラさまたちを睨んだ。まわりにいる騎士たちはなんとも言い難い顔で怒っている。
「マリアンナの行いは、騎士としてありえない行いをした。彼女は正式な騎士ではなく、今回は見習いでラングへ同行した。マリアンナの行いを他の騎士たちの行いと思わないでくれ。
我々セイズ国騎士にはしっかりした騎士道を持っている。その中に『弱者を擁護し手助けする気構えを持つ』と言うのがある。
マリアンナはもう一度一から騎士としての心構えを学ばなければ卒業できない」
「……ところで庶民とは誰だ? と言うか! 身分制度とか、もう一つの意味って男が上で女が下と言う意味だよな? と言うか、セシル! お前は頭がいいのか悪いのか、どっちだ……」
(ムっ)
ルークの方が断然残念王子だ。
「ルーク。落ち着け。セシル姫。そなたはまだラング国王女だ。ラング国がセイズ国の一部になった今も、セシル姫は王族として変わらない。そう兄上は考えている。はっきりとした身分については兄上、陛下に会って聞いてくれ。
それにリンダとリリーの身分は、伯爵令嬢だろ?」
リンダとリリーに身分についてすっかり忘れていた。
「わたくし、王族辞めます」
「あ、私も家を出たので伯爵家とはなにも関係ありません」
「私も」
「「「「……」」」」
「ルーク!! 落ち着け。忍耐と言う騎士道の心得を思い出せ!」
立ち上がって、なにか言おうとしたルークをタイラさまが止めた。
「はああ……。いつもは叔父上の暴走を俺が止める方なのに……」
「セシルさま。身分は簡単に捨てられるものではありません。でももしセイズ王族などと関わりたくないとおっしゃるのでしたら、アシール神殿は喜んでセシル姫さまたちの好きな場所へ連れて行きますので、いつでも言ってください」
「ノブさま。これ以上話をややこしくしないでください」
ルークがノブさんを『さま』と呼んだ。
「ノブさま?」
リリーも気づいた。
「ああ、失礼。私はセイズ国アシール神殿長をしています。でも敬称で呼ばれる者でもありませんので、いままでのようにノブさんと呼んでください。
そちらの方が親しみがあって私もうれしいです」
「はい。ノブさんはノブさんですね」
リリーがかわいらしい顔で返事をした。
その反面、隣のテーブルに座っているミリエリーさんたちは、ジョニー以外顔色が悪い。
「さっきまで身分制度がどうのこうのと言っていたが、神殿長はよくて俺たちは怖がるって、なんか変じゃないか?」
「彼女たちだから仕方ない。ルークも常識に当てはめて彼女たちを見ない方がいい。
まあ、リンダのことはこれからゆっくりじっくり全部知り尽くす予定だがな。
それよりセシル姫たちはこの国について学ぶ必要がある。セシル姫とリリーはまだ未成年だ。王都学院で学ぶといい。専門科ではないが一般教育で淑女科がある。ほとんどの令嬢たちが取っている。セシル姫とリリーにはちょうどいいと思う。後で兄上にも進言してみる。リンダは義姉上の元で王族について学ぶといい」
「わたくしたち、自分たちでセイズ国について勉強しますので学校へ行く必要はありません。淑女科って、まるで花嫁修行のような学科ですわ。わたくしたちには必要ありません。
だいたいリンダがなんで王族について勉強しないといけないのか分かりません」
ソフィアの約束もあるけれど、王城にリンダを連れて行くなんてできない。リンダがリリーの父親を見たと言った。もしかしたらセイズ国の貴族の中にリンダを犯した奴がいるかもしれないのに、うかうかと王城へ行けるわけない。
「これまでの不敬を謝罪しますのでわたくしたちのことを放っといていただけませんか?」
やっと言えた。
「「「「……」」」」
さっきからまわりの騎士たちのなにか言いたそうな顔で、無言で、はっきり言って辺りをしらけさせているわよ。