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一ヶ月は長かったと思う。この宿は居心地がよくて、勝手に自分たちの家のように居座ってしまった。
2日前に商業ギルドでお金をおろした。リンダたちも女官の時に稼いだお金をおろした。セイズ国金融機関へは行かなかった。
セイズ国金融機関でお金をおろすことをディランが猛反対した。たしかにとーさまの残した遺産に手をつけるのを迷っていたからディランの言う通りセイズ国金融機関へは行かなかった。
ディランとお金をおろしたらすぐに王都を離れると約束したけれど、準備に手間取って二日もしまった。昨日からディランの周りはピリピリとした空気が張っている。
アリスイさんの言葉の通りだったら、一体誰がセシルたちを探しているのだろう。
ラング国の重臣たちや知り合いには、セシルたちの近況を報告する手紙を送った。
一瞬、セシルを捕まえてラング国復興を言う人がいるのかな? と嫌な考えが浮かんだけれど、それはない、と却下する。
もう一文無しの元王女と結婚したからと、大国のセイズ国に国の独立を要求するなんてバカらしい。そんな人がいるなんて思えない。
だからやっぱりアリスイさんの気のせいで、ディランは神経質過ぎるのだろう。
(別に急ぐ旅行でもないのに……)
セシルたちがモタモタして出発をのばしているのを、ディランがもどかしそうに見ている。だからアリスイさんのことがあって、セシルが出発する日を決めたのでディランは喜んだ。
でも今日は市場に行って、旅行へ持って行くスパイスを買いに行くつもり。そうディランに伝えた時の彼の顔が恐ろしかった。滅多に見たことのない美形の怒っている顔。
つい「市場には行きません」、と言ってしまいそうになった。
でもディランに怒られるより美味しい料理の方が勝った。今後の潤い食生活のために。
市場に行って、シナモンをはじめとした珍しい香辛料を手に入れないと!
リンダはディランに気をつかって、宿に残り出発をする準備をすると言った。庭の薔薇を布に根っこを包んで持ち苗にしてくれると言ってくれた。
市場は午前中なのに、人で混んでいて熱気がある。エキゾチックなスパイスと食材を料理している屋台の匂いが混ざり、胸がワクワクする。
リリーと離れないように腕を組んで見てまわり、二人の後ろをディランがピタっと付いてくる。
リリーもだけれどセシルも一軒一軒屋台を素見しながらゆっくり歩く。セイズ国民性なのか店員たちはおおらかで冷やかし客のセシルたちにもニコニコ話しかけてくれる。
前世も市場は楽しかった。この世界も異国の市場は新鮮で楽しい。
多分ディランもセシルたちがずっと箱庭にいたから、こうして世間に触れた経験がないから、二人を急かすことはなかった。
一通り全部の店を見終えて買い物をした後に、出店で焼き鳥を買う。串には刺さっていないけれど、木の器にスパイスの効いた鶏肉。ただ焼いただけだけれど、セイズ国独特のピリッと辛い香辛料で鶏の皮におこげがほんのりあってまた美味しい。
レタスのような葉っぱに包んで食べる。飲み物はユッパのお茶を買った。どの店も木の器で、食後に返品する。
お腹もいっぱいになり、そろそろ宿に戻ることにした。なんか周りがいつもより騒がしい。
「王子がこの道を通る」、と人々が噂している。
ディランに隠れるように言われ、リリーと一緒に道の端に移動する。周りの人々は王子を見るために道の脇に移動する。ちょうどセシルたちの前に人垣ができた。
周りが噂をしている王子がルークなのか第一王子なのか分からない。
でもセシルはドキドキしいていた。最後にルークを見たいと言う思いがわく。知り合って数日しか会わなかったけれど、お互いのことを何も知らないのに、彼を一目見たいと言う気持ちが溢れる。一ヶ月もたったから、ルークはもうセシルのことなど忘れたに違いない。
隣にいるリリーにそう伝えた時に、胸がチクっとした。自分でルークがセシルのことなど覚えていない、と言ったくせに。セシルは自分の心が分からないでいた。最後にルークをもう一度見たく、王子たちが過ぎ去る様子を見ていた。
ルークを先頭にレイさんと後二人騎士が歩いている。軍服ではなく白いシャツに黒いパンツ。腰に剣がある。
(かっこいい~~~)
やっぱりルークは王子さまだ。おとぎ話に出てくる金髪の白馬の王子さまじゃなく、アラビアンナイトに出てくる異国のがっしりとした王子。
(最初から自分と住む世界が違ったんだ……)
そう自分に言い聞かせながら、周りの黄色い声をあげている女性たちのように彼の姿を鮮明に覚えようと、じっーと見つめる。
一瞬、紫と茶が交わった。
「セシル!!」
一瞬だった。
茶色の目が見開かれて、獲物を見つけたハンターのように茶色の目がセシルを捕まえる。
一瞬のことで何があったか分からない。目の前に黒のターバンをつけたディランの背中がある。もちろんディランも布で目以外を隠している。
「ディランだな、そこをどけ!」
「人違いです」
ディランの声がいつもと違った。低く異国のアクセントだ。
「いや、セシルだ。お前の後ろにいる女性はセシルだ。セシルの顔を見た。
なにより、彼女からセシルの匂いがする! 茶色のサリーを好んで着るのはセシルたちしかいない」
「「「……」」」
(匂いフェチ?)
腐女子として、フェチカップリングを忘れてた! と一瞬バカなことを考えたが、ルークと顔を合わせてはいけない。話たくない、と言う気持ちが大きくて咄嗟に足が動いて逃げ出す。
またルークと会話をしたら、更に彼を忘れられなくなる。忘れるのが辛くなる。
「おい!」
「セーちゃん」
(リリーーー!)
リリーも何が起こったのか状況についていけないようでボーっとしていたけれど、セシルが走り出すと慌てて後を追ってくる。
セシルの名前を呼んで!! もうバレバレだ。リリーには後で危機感と言うものをきちんと教えないと。
周りの人ごみを、ちょこちょこと逃げる。さすが前世の日本人スキル、プラス、学校でいじめられっ子のようだったから逃げ足は早い。と走りながら思う。




