65
猫の額ほどの小さな庭だけれど、木々の葉の甘い匂いとセシルが植えた花々の甘い匂いがする爽やかな朝の空気が満ちた庭。朝一番んに手入れをするのが習慣化した。セシルにとって、この時が一日のうちで一番幸せな時間だ。
ラングから持ってきた薔薇の苗木もフェンス沿いに植えた。根もしっかり地面に張って、枝に若葉がついてホッとする。本当はこのままずっとここに薔薇を植えていたいけれど、近いうちにまた移動しないといけない。
せっかく土に根を下ろした薔薇の苗木に「ごめんなさい」と謝る。
セイズ王城を出た後に宿を探した。ルークたちがセシルたちを探すとは思えなかったけれど、ディランがなるべく王城から離れた場所に行くようにすすめた。
前世で社会人としての知識があるけれど、現世の世情はなにも分からないのでディランの意見に従う。結局日が沈む前に王都の外壁の外に出れなかった。貴族街を過ぎて中央街、商業街を通りすぎたところにある宿屋が多い場所で宿を探すのかと思ったけれど、ディランは馬車を借りて王都を離れるように言った。
ディランの指示に従うつもりだったけれど、はじめての長旅と城での経験でリンダやリリーの顔に疲労が見えた。もちろんセシルもゆっくりベットで寝たかった。
「ディー。今夜は宿に泊まりましょう。どうしてそんなに急いで王都から離れないといいけないか分からないわ。なんかディーは夜逃げしているみたい。わたしたちは別にもう王さまに挨拶をしないでいいと言われたのよ」
「しかし、セーちゃん」
「うん、私はセーちゃんに賛成。あんまり贅沢な宿に泊まれないけれど、探せばいい宿があると思う」
ディランの言葉を遮ってリリーがセシルの意見に同意する。
リンダはなにも言わなかったけれど、その場に立っているのも辛そうだ。
セシルたちが馬車の待合場所で宿について係員に尋ねていたら、10歳くらいの男の子が話しかけてきた。その子の親が経営している宿をすすめられた。ディランは男の子を警戒したけれど、セシルたちは一条の光に迷いもなく受け入れ、ディランもかなり渋った後に同意した。
街外れの庶民街にある一軒家で、どう見ても宿にしては小さい。
去年父親が事故で亡くなるまでは食堂をしていたらしい。今は母親と姉の三人で宿屋をしているけれど、あまり商売が上手くいっていないみたいだった。
男の子の名前はジョニーと言った。典型的なセイズ国民の容姿だ。濃い茶髪に褐色の肌がさらに日焼けをして濃い。鼻にいくつかあるソバカスが愛嬌があって可愛い。
ついショタ系カップリングを考えようとして、決してショタ系には手を出さないと決めた前世の誓いを思い出し慌てて邪心を捨てた。
ジョニーの家は以前食堂だけあって、一階に大きなダイニングホールとキッチンがある。二階に四つベットルームがあった。一室はジョニーと15歳の姉のアリスイと母親のミリエリーさんが使い、残り三部屋を人に貸していた。
一部屋ベットと小さなタンスしかない。ミリエリーさんが申し訳なさそうに部屋を紹介した。
ミリエリーさんは料理音痴で食堂をつづけることができなくて、部屋を貸して生活をしていると言った。朝食はアリスイさんが作っているから安心して、とミリエリーさんが苦笑いをした。
セシルはやっと頭を横にできると思い部屋の大きさなど気にならなかった。リリーとリンダも今から宿を探すのも嫌だし、なにより他の客、とくに男性がいないことに一番喜んでいる。
ディランも宿を見た後は、ここに泊まることに賛成してくれた。
本当に一晩泊まるつもりだったけれど、セイズ王城を出てから一ヶ月たった今もジョニーの宿に宿泊している。ディランも早く王都から離れようと言わなくなった。
ただ外出する時はインド女性か着るサリーのような薄い布で頭と顔を隠すようにきつく言われている。目元だけ出して、ますますインド女性の恰好だ。
セイズは初夏なのに、ラングに比べて日差しが強いからサリーを被っている女性が多いが、ほとんどの女性は顔を隠さない。サリーの色は赤や黄色、青や緑と鮮やかだけど、セシルたちのサリーは焦げ茶色。
ミリエリーさんやジョニーにもっと明るい色を着けるようにすすめられた。
今後の旅には茶色が一番汚れないから、新しいサリーを買うつもりはない。
「おはよう。セーちゃん。後でバザーに行こう」
「おはよう。リリー。今日はバザーの日だった?」
「うん。二日市だよ」
ラングもだったけれどセイズも安息日を星期一日とし、曜日は星期二日(月曜日)星期三日(火曜日)と一週間は七日としている。一ヶ月が三十日間で年12ヶ月ある。前世の太陽暦とすごく似ている。
セイズ国王都のバザーは大国だけあって、珍しい食材が豊富に揃っている。
地球にあった植物やスパイスを見つけた時は、やはりこの世界も地球と同じなんだろうか、と考える。
うれしいことに米もあった。セイズ国の東にあるリテール国からの輸入品だった。リテール国はミチル国とも国境が接しているけれど、険しい山脈が国境沿いにある。だからラングにいた時にリテールの品はほとんど輸入されていなかったから、米のことを知らなかった。
セイズ国も主食はパンだから、一般家族は米をわざわざ買うことがない。
もちろんセシルはご飯が食べたかったから、奮発して買った。日本米のようにまん丸じゃなくて、長米のインディカ米だった。
今日も米が入荷できるといいな。
「セーちゃん、どうしたの?」
「あっ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
「セーちゃん、まだ寝ぼけているのね。そろそろ朝食よ」
「うん、手を洗って食堂に行くね」
バケツとスコップを納屋に片付けて、水瓶から少し水を汲んで手を洗いキッチンへ行く。すでにジョニーはテーブルに座ってセシルを見て二カッと笑顔になる。アリスイさんが食事を皿に盛ってミリエリーさんがそれぞれの席に皿を並べている。
「ジョニーおはよう。アリスイさん、ミリエリーさん、おはよう」
「セシルおねーちゃん、おはよう」
前歯の掛けたジョニーの笑顔は可愛い。
「セシルさん、おはよう」「おはようございます」
ミリエリーさんもニッコリ挨拶してくれるけれど、アリスイさんはセシルの顔を見ないでボソッと挨拶をした。
「おはようございます。セーちゃん、おはよう」
食堂に入ってきたディランがセシルの横に座って挨拶をした。ジョニーをはじめミリエリーさんもアリスイさんも挨拶をする。アリスイさんはさっきと打って変わって、顔を赤くしてディランに挨拶をした。
セシルはアリスイさんに嫌われていると思う。ミリエリーさんにはそんなことないわ、と言われたけれど。ミリエリーさんは同じ年齢なセシルたちの綺麗さに気後れしているだけと言われた。
同じ年齢だから仲良くしたくて、「私のことをセーちゃんって呼んで、アリスイちゃんって呼んでいい?」と聞いたら「お客さんにそのように呼べません。あたしのことも『さん』をつけて呼んでください」と言われた。
前世でも同性の友人が少なかったから、まあ異性の友人なんてゼロだったし……それより現世では友達百人作りたかったのに。生まれ変わっても対人スキルはなかったみたい……。
(いや! 現世では頑張ってみる!)
と、マイナス思考を横に置いて今は目の前にある朝食を堪能する。
今朝は野菜たっぷりのオムレツのようなもの。ケッチャプも何も使わなくても野菜とハーブのブレンドで美味しい。




