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「お前がそこまで惚れるとは、それほどの美貌なのか? セシル姫は傾国のルネン妃にそっくりと聞いたが、リンダ嬢たちの容姿についてはなにも聞いたことがない。まあ、侍女の噂など知らなくて当たり前だが」
「もちろんリンダはかわいくて綺麗だ。セシル姫より綺麗に決まっておる」
「セシルの方が断然綺麗だ!」
「ほお? ルークはセシル姫を『セシル』と呼んでおるのか?」
ついニヤニヤしながら、ずっと顔色の悪かった息子を見る。
いままで会話に入ってこなかったルークが割って入ってきた。それもセシル姫を『セシル』と呼び捨てをして彼女の美貌について弁明している。
いままで見たことのない息子の姿に驚き興味深く片眉毛が上に引きつけるが、にやけた顔が収まらない。
「ルークは随分セシル姫と仲がよくなったようだな? タイラのように惚れたか?」
きっといまの自分の顔はにやけているだろう。
「そ、そ、そ、そんなことはあってはいけないんだ!」
「おい。ルーク、どうしたんだ?」
少しからかうつもりだった。だがルークの絶望的な顔を見て慌てる。
「父上だって見たでしょう? セシルの資産がどれほどかを? どうしてその額を知った上で、セシルにお付き合いを申し出ることができると思うのですか?」
(ルークがセシル姫に好意を持ちお付き合いをしたい、と言うことだよな?)
ルークの隣で唖然とした顔で彼を見ているタイラに、目で話しかけてみるが、弟はセイズ王の言いたいことを分かっていないようだ。
「ごっほ。そ、そうか……。そ、そうか……。ルークはセシル姫に好意を持っていると言うことか? そ、それで、彼女に求婚ができないのはどう言うことか?」
いま室内にいる者たちは口が固く信頼しておる者ばかりだ。こうして重大な話をしていても決してこの部屋から先には漏れない。
「きゅ、求婚、ま、までは。できればセシルと添い遂げたいと思いますが……。兄上より重要な嫁をもらうわけにはいかないのです」
かねて自身のある息子の姿と違い、セシル姫といれないと言う息子が痛々しい。
ルークの考えも一理ある。だが、
「わざわざセシル姫たちの持参金を公表する必要などあるのか?」
「えっ?」
ルークは成人したと言ってもまだ未熟だ。別にそれは年を取るにつれて解決する。こうしてセイズ王に相談してくるだけでも立派だ。
「ルークとの結婚はラング国領との合併を円滑にするため、などいろいろ理由をつければいい。ルークが心配しなくてもノエールもすばらしい相手を見つける。
だが、ルーク。親友のラング王が最後の願いは、セシル姫の安全と幸せだった。もちろんリンダ嬢とリリー嬢の安全と保護だ。
だからわしがセシル姫にお前との結婚を命令することはできない」
「も、もちろんです! 父上はセシルになにも言わないでいいです。俺は自分の力でセシルの心をつかみます!」
さっきまでの顔と正反対だ。いまは清々しい顔をしている。
「がんばれよ。セシル姫たちに会うのが楽しみになったな」
ルークがセシル姫と結婚して、リリー姫がノエールと結婚すればすべてうまくいく。
ミチル国の問題もすべてうまくいく。後はルークがセシル姫の心を掴んで、ノエールとリリー姫が恋に落ちる。
タイラとリンダの婚姻を早くし、とりあえず二人の安全確保だ。
いっきにここ一ヶ月悩んだ問題の解決の糸が見つかり、セイズ王は一ヶ月ぶりに心の余裕を感じる。弟と息子が愛する人を見つけたことに喜ぶ。
弟と息子を腑抜けにした女性たちに会うのが楽しみだ。もちろん隣国まで広まった美貌を見るのも楽しみだったが、親友の愛し子が自分の息子と結ばれるかもしれないと心が弾む。
セシル姫がルークと結婚すれば、アシール神殿が我が王族側につく。緑の民の血が王族に入る。
「兄上。こちらも目を通してください。これはセシル姫の行った事業と彼女の彼女自身の所持金です。セシル姫は神童です」
タイラの側近に渡された書類に目を通す。
(親友が残した莫大な資産以外に、セシル姫の資産? まだ成人していない女の所持金額をわざわざ王に見せるのか? 神童?)
書類を読みながらまたため息が出た。
(なんだ、これは!!)
「ここに記されている内容は事実なのか?」
「はい。私も信じられなかったが、宰相や他の重臣、ラング国神殿長に聞いた内容で、すべて事実です。セシル姫は神童です。
ラング国がここ十年豊になった理由はほとんどがセシル姫の偉業でした」
親友が賢王で国が豊になったのではなかった。いまなら分かる。
タイラの言うようにラング国が豊になったのはセシル姫の偉業だ。
彼女は創造する緑の民だ。彼女とルネン妃が創った植物を確認しなければいけない。
「これ以外にもセシル姫の偉業があるのか?」
「はい。我々にはすべて調べることができませんでしたが、ラング国は本当に豊かで一歩先に文明が発達した国に感じました。
もしラング国がセイズ国と合併しない未来だったら、いつかセイズ国はラング国に国力を抜かれていただろう」
タイラの言葉に部屋にいる者たちは息を飲む。信じられないとセイズ王の側近たちは思っているだろうが、セシル姫の所持している国宝の書類を見た者たちはすぐにそれが起こった未来と思い直す。
「ラング国、重臣たちが、もしセイズ国がセシル姫に粗末に扱うことがあれば、牙を向けると言うことで……」
「それはそうだろうな……」
親友は国民に愛されていた。あの頭のキレる宰相がなにかするだろう。ふとリンダ嬢と弟が結婚することになれば、あの宰相までが親族になるのか、と少し頭が痛くなる。
ラング国民が暴走する前に、緑の民を守る神殿がなにかするだろう。全世界に広まっているアシール神殿がセシル姫を守っている中、セイズ王もセシル姫が自分たち側になることに心強い。
もしセシル姫と敵対したのなら、セイズ国はアシール神殿の敵に見なされ、滅びはしないと思うが国が荒れるだろうな。
親友ラングはどうしてアシール神殿を使い、ミチル国を滅ぼさなかったのか……。
ふと賢王と呼ばれた親友の思考をたどる。
神殿はセシル姫が緑の民と言うことを隠して、彼女の敵を滅ぼすことが可能だ。
親友はセシル姫を普通の王女として育てたかったのかもしれない。神殿に100%セシル姫の権限を委ねたくなかったのかもしれない。
父親として娘を最後まで自分の手で守り抜きたかった……だが、愛するルネン妃を亡くし、かねての落ち着いた判断ができずにいた……。
親友の気持ちを考えることはできるが、死んでしまったいま彼の本当の動機を知ることはない。
ただ親友の娘たちを守ると言う彼の望みを叶えることが、いまセイズ王にできることだ。




