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セイズ王が親友の故ラング王から密書を受けて一ヶ月たつ。密書は燃やしてしまったが、一句一句親友のつづった言葉を覚えている。
一年前にどうして自分は親友の願いを受け入れていなかったのかと、国を率いる者として後悔などあってはならない行為だが、親友に関しては後悔ばかり湧き出る。いまだ若かりし時を一緒に過ごした無二の親友の早き死を受け入れられずに悔やみ思い弔いやまない。
密書にはこの世界にとっても重要な秘密と親友がこの世を去る内容が記されていた。すでに親友がこの世を去ったか分からないが、早馬を出しても親友の死に際に間に合い彼を止めることなどできないと分かった。
一年前にラング王から娘のセシル姫と、セイズ国王子、息子の一人との婚約の打診を正式に受けた。
一年前にセシル姫を息子の一人の婚約者にしとけば、親友ラング王は自害しなくてすんだかもしれない。婚約が成立しておけば、まだラング国は存在していたのかもしれない。
もし親友がセシル姫の秘密を知らせた上で婚約を打診していれば、セイズ王は受け入れていた……かもしれない。
もしあの時、あの選択をしていたら。決して国王はしていけない「もし」と言う問答を密書を読み終えた後に幾度しただろうか。
生まれて背負わされた「大国の王子」と言う生。いまは国も安泰している故、政略結婚を息子たちに強いる必要はない。だから息子たちには、人生の長い時間を一緒に過ごしていかないといけないパートナー、妃を自分たちで見つけて欲しかった。
セイズ王も先王が自分にしてくれたように息子たちに、愛する人を身分や政治の駆け引きなどにとらわれずに選んで欲しかった。
普通の王族の政略結婚ではなく恋愛結婚を取り入れることは、後宮廃止や跡取り争いを避けるために重要なことだと先王の方針だった。セイズ王自身も運良く上級身分の伯爵令嬢と恋仲になり結婚した。そして王子を二人もうけた。王としてではなく父親として息子たちにも自分のように愛する人と結ばれて欲しかっただけだった。
セシル姫については噂でしか彼女のことを知らない。側室に似た美貌で、後宮に幽閉され育った王女。数人の者以外彼女の姿を見た者はいない故本当に実在するのか不明とさえ噂されていた。以前親友に側室と娘を後宮に幽閉をしている理由を尋ねたことがあった。
親友が彼女たちの美貌を他者が見せたくない、と言う世間の浅はかな噂を信じていない。
「二人を守るためだよ」と親友ラング王が寂しい顔で言った。いまでもあの顔を思い出す。幽閉しないとなぜ守れないのか。
不思議だった。
その理由が密書に書かれていた。
親友ラング王が最後にセイズ王へ当てた手紙。ラング王の隠密がセイズ王の隠密集団の守りを回避して、自分に直接もたらせた密書。
親友の手紙を読んで数時間、ただ一人執務室にこもった。
親友の背負っていたもの。
親友はこの世の運命、希望を握っていた。
何度も手紙を読み直して、親友のことを思って涙を流しては、セシル姫と息子の婚約話を断った一年前の自分を恨んだ。
ラング国は古き国家でアシール神のメッカ。隣国のミチル国と同じくセイズ国の北に位置し領土人口はほぼ同じだったが、親友ラング王が統治した故、秀でて頭角を出した。
ラング国の経済発展は隣国はもちろん遠く離れた国々に噂が広まっている。一攫千金のおこぼれを少しでも受けようと商人たちが、ここ十年ラング国へ目指す。
海路を使う以外に陸路でラング国への入国は、ミチル国かセイズ国経由だけだ。もちろん商人たちは決してミチル国を経由しない。
ミチル王族たちは何代に渡って略奪で王座を取った。略奪を回避するために、近年では男女や直子や庶子に関わらず王の第一子が次期王族と決められた。噂によれば第一子が女の場合、生まれてすぐに殺害していると聞く。
そんなミチル王族の統治下で、ラング国が栄えるに反し、ミチル国は衰退していくのは自然の流れだ。
国内は王族派と貴族派で国が真っ二つに割れている状態。次期国王に、故ミチル王の弟にしようとする貴族派と、元来の規程通りににアマンダ王女にすべきと言う王族派。
それ以外に国を統一できる王族を遠縁から探そうとしている者や王族などいらないと言う者。ミチル国内はいつ薄い氷が割れて内戦になるか分からない状態だ。
だから前ミチル王弟は、正式な王権継承権保持者アマンダ王女は未熟だから彼が保護し王になると、セイズ国の後ろ立てを得るためにセイズ王城に一ヶ月も滞在している。
アマンダ王女は前ミチル王の意向で、セイズ王子たちの内の一人の婚約者の座を得るために留学と言って二年以上ミチル王城に居座っている。
もちろん前ミチル王から滞在費を受け取っていたが、彼の死後はそれが途絶えた。アマンダ姫への帰国を急がす使いが幾人か来たが、彼女はそれを無視している。
前ミチル王弟がアマンダ姫の滞在を延ばしているのだろう。いま彼女がミチル国へ戻れば彼は王座からますます遠ざかる。
アマンダ姫も荒れたミチル王城よりセイズ王城の方が居心地がいいようだ。
前ミチル王弟も我が物顔で城に滞在し、どれだけ居座るつもりなのか。さすがに品行が日に日に悪くなっている。よって、そろそろ滞在費を請求して城から出てもらおうと考えている。前ミチル王弟は客人として居座っている。彼の側近及び護衛にかかる経費は、我が国で払う義理はない。大国なのにケチくさいと言われようが嫌な相手に我が国の国民の金を使用などしたくない。
公務の客人として滞在するのであれば、経費が出る。
だが前ミチル王弟は公務ではなく彼自身の私的な行動だ。ミチル国に彼の訪問の理由を知るために公式の書を出したが返事がない。アマンダ姫への使者たちに返事の催促をしたがいまだに返事がない。
いまミチル国は宰相が政を行っている。セイズ王自身、彼のことは認めている。彼は王族や貴族にではなく、国民に忠義を立てている。だからいままであの王族たちの国政で滅びなかったのだろう。だが宰相と言っても軍力を抑えていなかった故、王族や貴族をまとめ上げることができなかった。少しづつ国が崩壊し、いま国の最期を迎えようとしている。
いまもなお、前王の亡き後、正当な王を立てなければ通常の国政もできずに苦難に立たされている。彼はアマンダ王女に対して王の素質を見い出せないでいる。ミチル宰相はアマンダ姫を傀儡したくなかった。決して傀儡政権を望んでいない。
前ミチル王の死後すぐにミチル宰相から相談を受けた。ちょうど親友ラング王から密書が届いてすぐの頃だった。ミチル宰相はこのままミチル国もラング国同様、セイズ国に合併して欲しいようだ。だが、セイズはその望みをいま受け入れることはできなかった。
ミチル国はラング国のように富をもたらさない。負債ばかりだ。正式国王継承者がいる中で、国の合併などあってはならない。
他国が許すわけない。
しかし、親友の密書に書いてある真実が世間に知られれば……。
(世界が変わる。)




