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リンダたちが戻り次第に、城下へ行き宿を探そう。日暮れまでまだ時間があるから、城下まで乗せてくれる荷馬車があるだろう。
隣にいるディランに相談したら、神殿で滞在しませんか? と言われた。ディランは神殿騎士だから神殿に泊まれるけれど、セシルたちには泊まることができない。
リンダたちを待っていると、綺麗な恰好をした女性がセシルたちに近づいてきた。その女性の髪の毛はアリスさまより高い盛髪をしている。顔の1.5倍の髪型だ。前世見たヨーロッパの女性の髪型を思い出す。
なにより女性の髪は小麦粉がふられているようだ。もともとが黒髪のようだけれど、灰色っぽいからもしかしてと前世のヨーロッパおしゃれを思い出した。前世中世ヨーロッパで小麦粉をかけることが流行ったのは、白髪をごまかすのがはじまりだったが、いつの間にか埃やゴミを隠すために小麦粉をふるようになったと聞いた。セシルの間違えであって欲しい。
セイズ国に入って泊まる旅館で毎晩風呂に入ることができなかった。セイズ国はあまり風呂に入る習慣がない。
ラング国でも、セシルたちのように毎日お風呂に入る人はいない。毎日お風呂に入れないのは、セシルたちには苦行だった。
人一人いない廊下でリンダとリリーを待つ。ここは本当にセイズ王城なのか……。別館にしても人気がなく寂れている。
派手な女性集団が廊下を通るので端により顔を下にさげる。馬車の中で、リンダたちと身を守るためになるべく人に顔を見せないと話し合った。リンダたちは滅多に見ない美女。田舎で落ち着いて生活するまで 帽子やスカーフで顔を隠すことにしている。ディランもコートのフードを常に被っている。
「ちょっと。あなた。犯罪者の娘のくせに貴族や王族の男を手玉に取っている売女はあなた?」
派手な女性たちがセシルとディランの前で止まる。ディランが剣に手をつけたのに気づき、急いで彼の腕に触れてとめる。
派手な集団の後ろには数人の使用人たちの他に護衛騎士たちがいた。その中にアリスさまも一緒にいる。
「わたくしはラング王女セシルと申します。どなたか他の方と間違えていらっしゃるのではありませんか?」
セシルが顔をあげると、女性たちは一瞬表情を固めて顔を歪める。後ろにいる使用人たちはセシルやディランの顔を、呆気な顔で見ている。
犯罪者の娘と目の前の盛髪頭が言ったのがセシルのことと気づいている。女性たちの中にマリアンナがいた。一人だけ黒い騎士服を着ている。
「いいえ、この女です。ルークさまに色目使って! あなたのせいで私だけ先に城へ戻されたんだから! 別にゆっくり軍行に付いて行きたくないけれど、せっかくルークさまと一緒にいられる時間だったのに!!」
マリアンナの甲高い声が廊下に響く。女性騎士でかっこいいと思ったけれど、彼女は嫉妬する普通の女と同じだったんだ。騎士はもっと正義感のあるイメージを持っていた。彼女が騎士なんて信じられない。どうしてわざわざ騎士なんてなったのか? と思ったけれど、ルークの側にいたかったんだとあっさり答えが出た。
「あなた。ご自分の立場をわきまえていないと聞いたので、こうしてわたくしがわざわざ説明に来たのよ」
盛髪女、ソフィアさまが、セシルと会話をするのも汚いと言う顔をして、手に持っている扇子を開き顔半分隠す。ソフィアさまは大半のセイズ国民の容姿をしている。
浅黒い肌にも小麦粉を塗って薄くしているのかもしれない。ファンデーションはこの世界ではまだきちんと発達していない。セシルは最近ファンデーションに使える植物を探して、いろいろ研究をしている。運良くセシルのまわりの人たちにはファンデーションが必要なかった。
口紅やアイシャドーなどの他の化粧品はいろいろある。
ソフィアさまの髪の色は黒色なのに小麦粉をまぶされていて本来の艶を失っている。
目の色はこげ茶でかわいい色なのに、紫のアイシャドウや真っ赤な口紅などの派手な化粧であまり気づきにくい。ここまで残念な化粧について誰も何も言ってあげないのか……。
「わたくしは第一王子の婚約者で、将来の王太子妃。ソフィア=キルディア。キルディア侯爵家長女よ。王妃さまの代理で城の管理をすべてわたくしがまかされているのよ」
「失礼。第一王子ノエール殿下はまだ誰とも婚約していないと聞いておりますが?」
ディランが言った。
「はっ! おだまり! 王族の内情なんていちいち世間に教えていないものよ! あなた神殿騎士だったわね。神殿騎士の入城は許可していないわ! さっさと出てお行き。まあ、わたくしも神殿騎士と仲違いをするようなことはしないけれど、わたくしの話を聞いて出て行くといい。無知なあなたたちには一度きちんと説明するべきね。それからでもあなたたちがお城を出て行くのも遅くないわ。それが一番得策と分かるわ」
ソフィアさまはディランを神殿騎士と知っていた。神殿騎士に対して強く物を言えないが、この場で彼女が一番身分が上と知らしつけたいようだ。
「わたくし以外で誰が王太子妃になれる者がいるの? 発表はまだだけれど、それも時間の問題なのよ。そんな大事な時期に、ラングなどの田舎国が問題をセイズ国に持ってきて。
この方は故ミチル王の娘、アマンダ王女よ」
アリスさまの隣にいる太った女性に向いて言った。年齢は太っているから分かりにくいけれど、セシルと同じくらいだと思う。アマンダ王女とアリスさまはそっくりだった。髪や目の色、二人が姉妹と言った方が、アリスさまとセシルが姉妹と言うよりまわりは納得すると思う。
ただアマンダ王女は太っており、釣り目が頬の筋肉に押されて目の色をじっと見ないと分からない。
「あ、あなたの父親がわ、わたくしの、あ、兄とお、お父上を、こ、殺して! お、お母様が泣いています! だ、だ、だから、あ、ああ、あなたは父親の罪をか、被って、処刑さ、されるのよ!」
目の前の王女の声はどもりが激しい上にドラ声で耳障りが悪い。
「わかった? セイズ国としても仲介を頼まれて公平に処罰するために、あなたの処刑を行うよよ。あなた一人の命でミチル国民の怒りを抑えることができ、新しい王が着任する儀が異なく行われると言うことなのよ。
ルークさまとタイラさまには、本当のセイズ王陛下の意図をきちんと汲んでいなかったようですが。
わたくしにはよく分かっております。この城はわたくしの管轄なので、これからはわたくしの指示に従ってもらいます。
だから、お分かり? あなたは見せしめ公開処刑されるの。アリスさまは一応ミチル王族の血が入っているので彼女も親族を亡くした被害者なのよ。わかった? あなたが一番罪人なのよ」
ソフィアさまの言っている言い分が分からない。どうしてまだ結婚して王族じゃないのに城内の権力を彼女が握っているのか?
ルークさまやタイラさまがセイズ陛下の意向を知らないはずがない。