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「これは、これは、いい匂いの元凶はここでしたか?」


 シルバーグレーの髪の毛の宰相が台所のドアから入って来た。


「「おじーさまー」」「お父さま」


 リンダが嬉しそうに宰相に駆け寄る。「あっ」っとつぶやき慌てながら真っ白な小麦の手をエプロンで拭き、宰相に頭を下げて挨拶をした。


「セシル姫さま、リンダとリリー。やっと私の夢がかなってこうして三人に会い来ました。いままで会いに来れなくてすまなかった」


 宰相の緑色の目に涙を浮かべている。箱庭に誰も入れないと言うとーさまの決まりがあるから、宰相が謝る理由などどこにもないのに。


「おじーさま、今夜はご馳走だから一緒に食べていってね。いまチキンパーミジャンをお母さんが作っているの。おじーさま、私たちはまだ料理をしないといけないから、ここに座って」


 喜色満面なリリーが宰相の手を引っ張りテーブルの椅子を一つ宰相にすすめる。


「チキンパーミジャンですか? 陛下の愛した料理を食べれるなんて私は幸せ者ですな」


 宰相はセシルたちを一人一人の顔を見た後に椅子に腰をかける。


「セーちゃんはパンを焼いていて、私はクッキーやパンドケーキを作っているの。お母さんは今夜の料理。おじーさま、楽しみにしていてね」


「リリー、お父さまにお茶を出して」


 宰相はお茶を飲みながら終始ニコニコとセシルたちを見守っている。セシルたちが昔の思い出話する度に、宰相はリリーの文句をつづった手紙の話をした。リリーは箱庭の鬱憤はらしを宰相や神殿長、ディランにしていたらしい。


「おじーさま。今夜の夕食にじーじも招待したい! ねえ、いいでしょう?」


 リリーはよい案と言わないばかりにパチパチと両手で叩く。


(う~ん、じーじも来れるといいんだけれど……。やっぱりルークの許可がいるのかな? ううん。ここは私の家よ!)


「そうしましょう! ディー、じーじを招待してきて。わたくしたちは手が放せないから、使いを出すといいわ」


「セーちゃん。ルーク殿下かタイラ殿下の許可を取らないでいいのですか?」


 ディランが皿洗いの手を止めて尋ねる。


「ここはわたくしたちの家よ。わたしたちが誰を招待していいかわたしたちが決めるわ」


 護衛のテルがなにか言おうとしたのを、キリッと睨み黙らせる。その場の不穏な空気に気づいたディランがつづけて尋ねる。


「分かりました。しばらくこの場を離れます。夕食は6時でいいですか?」


「ええ。もちろんそれでいいよ、ディー。今夜はキャンドルをたくさん使いましょう」


 セイズ国はキャンドルよりもランプを使用する方が多いと読んだ。庶民はイグサに似た雑草を乾燥させ芯をほぐし、動物の油に浸したものを使っている。

 セシルたちは蜜蝋を主に使っている。アロマの精油入りのキャンドルは贅沢品としてラング国の貴族に広まっている。アロマキャンドルはセイズ王妃に贈る予定だ。

 今夜はアロマキャンドルをいくつか使うつもり。


 今夜の夕食はポーチで食べることにした。

 天気のよい日は台所の横にあるポーチでよく食事をする。木陰を作る木々に囲まれて、そよ風が気持ちいい。食卓を囲むように咲いている花壇から季節の花の香りがする。所々に設置したキャンドルの照明は夜風に揺れてを幻想的だった。


 いままでとーさまを入れて五人だけの食事しかしたことがなかったけれど、今夜は大勢で食事をする。室内から長テーブルを一つ護衛のノブさんたちに運んでもらった。


 テーブルクロスの上にアロマキャンドルのガラスを置く。庭に咲いている花や草をアレンジしてガラス瓶に飾る。

 夕食の準備がほとんどできた時に、宰相がセシルたちに大事な話があるといったから、セシルの部屋に向かった。宰相はセイズ国騎士たちに聞かれたくない話をしたかったみたいだった。

 応接間よりセシルの部屋の方が秘密話にはいいと思った。

 ディランも一緒にいる。

 セシルの部屋の中に入った途端、リリーが宰相に抱きついた。宰相は何度もリリーの頭を撫でる。


 リリーは宰相のことを本当の祖父と思っている。でもリリーは宰相の孫だから上位貴族で公爵令嬢と頭で分かっているけれど意味を理解していない。

 箱庭で育ったから社会的な身分階級を分かっていない。

 セシルが王女ということを頭で分かっているけれど、その身分についての観念が携わっていない。リリーにとって男爵も公爵も同じ貴族だった。そしてセシルのことも妹と思っている。


 だからあえてセシルもリンダも貴族社会の常識をリリーに教えなかった。多分リンダはリリーに本当の過去を教えたくなかったのだろう。

 それにいまはセシルたちは庶民になるから、ますます貴族社会の常識など必要ない。


 宰相の話はリンダとリリーの身分についてだった。二人に、今度タルード公爵家はセイズ国ではタルード伯爵になるから、二人も伯爵令嬢となる、と。話しが終わった後に「私はセーちゃんの侍女で親友でお姉ちゃんなの」とリリーが笑顔でいった。


 宰相はセシルたちの財産資金に説明をしてくれた。とーさまの遺産があると聞いた時は驚いてしばらく声が出なかった。多額だからセイズ国金融機関に移されると。その手続きに一ヶ月かかるそうだ。セイズ国金融機関から商会ギルドへ預金するといいと教えてくれた。

 金額はいくらか分からないけれど、庭付きの家を借りれるかもしれない。でも一ヶ月かかるからどうしようか悩む。

 セイズ王都に一ヶ月も滞在することになりそうだ。でもセイズ王都で今後どこへ行くかゆっくり考えるのもいいかもしれない。セイズ王都はいろいろな情報を手に入れやすい。


 リンダもリリーもまさか自分たちにもとーさんと宰相から財産を貰うと知り驚き、リンダは涙を流しながら何度もお礼を言っていた。

 リンダが落ち着いた後に宰相がセシルたち一人づつにネックレスをくれた。アンバーで作られた秋のラングの花だった。イエローアンバーが花びらで、筒状花はナチュラルアンバーの琥珀色。葉っぱはグリーンアンバーでできていた。


 セシルの貰った筒状花に種が入っている。他の部分にも葉っぱや果実などの混入物が入っている物が多かった。


「これは種ですね?」


 セシルはネックレスを光にかざして角度を代えながら何度も見る。


「はい。セシル姫さまが混入物入りのアンバーが希少価値が高いとおっしゃられた通りに、いまでは原型に近い形の混入物入りのアンバーはサファイアなどの宝石のように高価で取引されています。

 さすがに昆虫などはセシル姫さまには喜ばれないと思い種子にしました。他は葉や羽毛など入ったアンバーです。

 混入物入りアンバーが流行る前に購入してました。セシル姫さまとリリーの成人式の時に渡そうと思い作らせていた物です。

 もちろんネックレスはセシル姫さまへの贈り物と知った職人たちが全霊を捧げて作り上げた物です」


 自分で宝石の装飾品を購入したことがないから、このネックレスのおおよその値段を想像できなけれど、これがセシルが一生働いても稼げない宝物と言うことは分かり、ネックレスを持っている手がふるえる。


「おじーさま……」


 ネックレスを返そうと思いなんと伝えたらいいかと悩み言葉を濁す。


「セシル姫さまは私のことを『おじーさま』と呼んでくださり本当の祖父のように慕ってくださりました。それがどれだけ私に喜びを与えたか分かりますか? ぜひそれを受け取ってください。秋のラングの花は、祖国をたつ者の贈り物ですよ。

 もし貰うのをためらわれるのでしたら、老いぼれの私に抱擁をくださいな」


 宰相がセシルたちにウインクをした。彼が若い頃大層モテたのは容姿や身分以外にもこういう気配りなのだろう。


「もちろんです! おじーさま、大好きです」


 セシルは宰相に抱きつく。しばらく彼の温かさを感じ、一生この温もりを忘れないようにと力強く抱きしめる。セシルが宰相から離れた後に、リンダも宰相に抱きついた。もちろんリリーも抱きついた。

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