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セシルは今日まで何度も片付けをしたけれど、次々と処分しきれない物が増えていることに頭が痛くなった。悩みに悩んだ末に女官長の言葉に甘えて、後は彼女に処分してもらうことにした。
だから午後からはラング国最後の晩餐と旅行に持っていく料理を作っている。いままで保存していた高級食材をたくさん使うつもり。
ハチミツやシロップ、リンゴバターにケッチャップ、ぶどうジャムなどはできるだけカバンに詰めた。セイズにセシルが創造して作った野菜や果物がどれだけ普及しているか分からない。残ったビン詰を感謝のつもりでセイズの護衛たちに一つづつあげたら、涙を流して『これでさらにモミモミができます』と意味不明なつぶやきをしてに破顔な笑顔で感謝された。
今夜はチーズチキンパーミジャンをメインに、野菜たっぷりクリームソースのアルフレード。
(フェットチーネ・アルフレッドはイタリア料理と勘違いされるけれど、あれ確か違ったんだよなあ?)
前世の変な雑学のことを思い出す。
ときどき自分の前世の記憶について不思議に思う。前世の記憶は破片のように思い出していると思っていた。でも半年前に違うことに気づいた。かーさまのために苺を創造した後に前世の記憶が消えていることに気づいた。苺を作る前に前世で一番お気に入りの『BL平凡総受け、イケメン不良たち×平凡転校生』のあらすじを書いていた。でも苺の種を創造して一日寝込んだ次の日、2日前に書いていた小説の内容が全然思い出せなかった。何度も書いたところまで読んで思い出そうしたけれど何も思い出すことができなかった。
『対価』植物を創造する時に払う犠牲……。かーさまが『対価を払う』と最後の言葉を残し亡くなった。創造する度にかーさまの命が削られたのだろうか。そうなるとセシルも短命になるのだろうか……。
かーさまが創った植物は6つ。セシルが創った植物は……覚えていない……。
ふと眩暈がする。
つい最近自分が記録しているメモを見たはずなのに思い出せない。
セスが緑の民についてあらゆる文献を調べている。その中に創造する緑の民が、「対価を払って創造する」という記録が神殿の奥に保管されている巻物に書いてあった、とセスが教えてくれた。それを書いた人は二つの植物を創った。その緑の民が払った対価は髪の毛だった。彼の知り合いの創造する民は性欲を一年失ったらしい。
彼がこの巻物を残した時代は数百年前。王族が緑の民を所持した時代だった。
古き王国のラング国王も緑の民を側室として子どもを成したが、緑の民の子どもが生まれなかった。庶民はラング王族に緑の民の血が入っていると知らない。昔も緑の民の存在をできるだけ隠していたようだ。
セスたちは自分が払っている対価は体力だと思っていた。毎回創造する度に体力を多く失い倒れるからだ。でもセシルは体力と記憶ということに気づいた。
対価が記憶ということは、セスたちには教えていない。記憶は人にとって大切なもの。でもセシルが持っている創造する力は、この世界の人を助けることができる。
ジャガイモのように飢饉を救える植物。
前世の記憶はもともと余分に与えられた恵みだからそれを対価にこの世界を豊かにできたらいい、とかーさまが亡くなった後に気持ちの整理ができた。
かーさまは自分の命を削って病気を治す植物を創った。人に害をする植物もアシール神の、セシルなど人間に理解できない理由がある、とセスが言っていたからではないけれど、セシルは自分も緑の民だから頭では理解できないが心は理解していた。
「セーちゃん、ぼーっとしてどうしいたの?」
「あっ、う、うん。少し思い出していたの。とーさまがチキンパーミジョンが好きだったなって」
リリーとリンダが料理をする手を休めてセシルの顔を見つめる。
「ええ、そうね。はじめて姫さまがこの料理を陛下に出した時のことを思い出すと。うっふっふふ」
とーさまがチキンパーミジョンを食べた時に、「極上の品」と驚きながら大層褒めた。すぐに料理長に料理法を教えるように頼まれた。
それからとーさまは一ヶ月毎日この料理を食べて、まわりを困らせた。その時は毎日セシルたちにも、宰相などから、「あまりにも毎日同じ物を食すると陛下のお体に悪影響です」「陛下に影響されて、どこへ行ってもチキンパーミジョンを出されます」「陛下の好きな料理という噂を聞いた国民がこぞってチキンパーミジャンを作っています。料理人も競って作っています。などなどの手紙をもらい、「ラング国から鶏が消えます」という相談を受けた。
「チキンパーミジャンは、ラング王が愛した料理と言われていってじーじが言っていたよ。うん、ラング国最後の料理にふさわしいね。今夜のチキンパーミジャンは、チーズたっぷりだよ」
リリーはクッキーの生地と格闘しながらいった。セシルたちは今日はバターもケチらずに使う予定だったから、どんどんリリーの担当するお菓子の量が増えている。
リンダも今夜の料理にモッツァレラチーズたっぷり使っている。この国はチーズの種類が豊富だけれど、セイズ国はどうなんだろうか、と不安になり護衛に聞いた。
「チーズに種類なんてあるのですか?」
という返事をもらって頭を抱えた。
「マッチョイケメン軍隊たっくさん生産するんだから、チーズだって増やしてよ!!」
リンダもリリーもチーズの種類がないという言葉に不満な顔をした。違う国で新しい食材に出会えるのは嬉しいけれど、いままで馴染んだ食材が手に入らないのは心底悲しい。
ついついパンの生地を捏ねる手に力を込める。