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「すみません。ご会計はどのようになさいますか?」
お店の給仕をしている女性が恐る恐る声をかけた。
「割り勘で。こちらの四人の分と別にお願いします」
「割り勘ってなんだ? 会計は王宮へ請求すればいい」
ルークの言葉に耳を疑った。
「ちょっと。一々一般庶民が王宮に請求なんてできるはずないでしょう。割り勘というのは、それぞれが頼んだ料理代をそれぞれが払うことよ。
リンダとリリーとディーの料理代はわたくしたちで払いますので、後はそちらで払ってください。
それよりルークさまたちはお金を持っていますよね?」
つい疑ってしまう。
「叔父上?」
「金など持ったことない」
「レイ?」
「急いで出てきましたのでありません」
「お前たちは?」
「ラングの貨幣は持っておりません」
「……」
結局セシルたちがお金を払った。セシルが下着から銀貨を出そうか悩んでいたらディランが支払ってくれた。
「もう後でお金を返してくださいね!! わたくしたち仕事も家もない貧乏人なんだから。それよりセイズ国へ行くまでかかる一人あたりの旅費はどれくらいかかりますか?
セイズ王都の宿のだいたいの相場はいくらですか? セイズへ馬車を一台用意しないと荷物全部乗せられないよね……。
ああーー。やっぱり個人で馬車を借りた方がいいよね。セイズまで5日間だから相乗りで乗ると大変。
ディー、帰りにセイズ行きの馬車の予約しにいかないと。
誰かセイズまでの貸切馬車の値段いくらか知っていますか?」
「ちょっ、ちょっと待て!」
「殿下。相手は女性です。落ち着いてください」
レイがルークに言った。
「ああ。もう少しで彼女の頭を割って中を見るところだった」
同じ言語を話しているけれど、ルークたちの話す内容がときどきわからない時がある。
「殿下。深呼吸です」
「ああ。セシル。先ほどの質問はどういう意味だ?」
レイに言われたとおり一息吸った後にルークが聞いた。
「旅費がどれくらいかかるか尋ねたの。それと馬車を借りないといけないと思い、いまディーに手続きの相談をしているところよ」
「「「……はあ……」」」
ルークをはじめセイズの者たちがあんぐり口をあけてセシルを見ている。しばらくしてルークが気を取り戻して尋ねた。
「そ、それは……ってなんだ? ラング王族は自分で旅費とか、宿泊場所とか食事代とか馬車の手配とか一々気にするもんなのか? そんな王族がいるなんて聞いたことない! いや貴族でも普通しないよな……。
セシルが貧乏ってどういう意味だ?
大体、割り勘って、食事代をそれぞれ食べた分、それぞれが払うっていうことって、普通貴族がそんな些細な金銭的なやりとりをするなんてありえねーー」
「殿下、落ち着いてください! セシル姫殿下。旅費も馬車もこちらで手配しますのでなにも心配しないでいてください」
ルークはぼっちゃんすぎて金銭的な感覚が鈍いようだ。これでは将来彼は苦労するだろう。と残念な子どもを見る目でルークを見る。
でもセイズ国王都までタダで行けるなんて、儲けもんだ。懐が温かくなって気分がいい。自然にほっぺの筋肉が緩む。
「まあ。そうですか? そんなに寛大な申し出に感謝します。
これで少しでも現金を貯めることができます。じゃあ、みなさま、ここでご機嫌よう。
ディー、リンダ、リリー行きましょう」
「「「失礼します」」」
リンダたちもセイズの者たちに頭をさげる。セシルたちは店を出て、ディーの案内する方向へ向かう。
「ちょっと待てーー」
歩き始めたセシルの腕をルークがつかむ。なぜかタイラさまはリンダの横にいる。リンダはなるべくタイラさまから離れようとディランの方へと寄っている。
「まだなにか? わたくしたちもあまり時間がないのですよ」
質屋に小物を売った後はなにも予定がないけれど、この街に訪れるのは最後なるかもしれないからいろいろ見てみたい。
「だ、だから、どこへ行くのだ?」
「これから質屋へ行って小物を現金と換金してもらうのです」
ルークはなにからなにまで質問してばかり。ルークを彼氏に持った女性を可哀想と思ってしまった。なのに、ルークの彼女という言葉で胸がチクリっとしたの気づかないふりをする。
「王族が質屋で換金……。レイ、俺、頭痛がしてきたんだが……お前は?」
「くっくっく。失礼。いいえ、私はいまこうしてここにいれることをアシール神に感謝しているところです。あっはっっはっは」
セシルはおつむの弱い残念イケメン集団を無視して歩きはじめる。
「わ、わかった。俺もついて行く。叔父上もリンダと友好関係を築きたいようだからな」
「結構です。こんなに大勢のセイズ騎士団に付きまとわれたら、まわりの人が怖がります」
と何度もいうのにルークは質屋までついてきた。いつの間にか隣にいるリリーの代わりにルークと並んで歩いていた。
リリーの横にレイがいて、リンダの両側にディランとタイラさまがいた。その後ろをゾロゾロと黒い軍服を着ている護衛たちがついてくる。かろうじてセシル付きの護衛四人は今朝私服に着替えていた。
それでもセシルたちが歩く度に人々が道端に寄って、道をあけてくれる。
質屋でも店長は何度も汗を拭いて、セシルが話かける度にどもって返答した。たまにルークやタイラさまが質問をすると「ひー」と声にならない悲鳴をあげた。
店長のことを可哀想だと思ったけれど、セシルは有利な額で小物を換金した。セシルが少しでも高く換金してもらおうと店長と話している時に、「ありえねーー。令嬢がたった鉛貨一枚を値切っている……。レイ、これがラング王族では普通のことか? 後宮から出たことがないはずが、なんでこんなことができるんだよ?」とブツブツいってうるさくて、もっと値切れたのに集中できなかった。レイの馬鹿笑いやタイラさまのしつこいおしゃべりという名のリンダのアプローチもうるさかった。
「セーちゃん、商才もあったんだね」
リリーたちがセシルを褒めてくれたから満足した。前世いくら家族と住んでいてもお一人さまのお邪魔虫だったから、細かい現金の管理はきっちりしている。
庶民の生活をしたら、収入は薬師になる。それもセイズ国の免許に切りかえれるかわからない。
質屋を後にして両替所へ行く。国境で交換してもらう時間がないと思う。この大陸の国々の貨幣は同じ素材で価格が同じだけれど、それぞれの発行国の徴がついている。価値は同じだけれど、それぞれの国で微妙に価値が違ってくる。
もちろん経済が安定している大国のセイズの貨幣が何割が価値が大きい。
今後はラングの貨幣はなくなるのだろう、とルークも言っていた。