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せっかくはじめての買い物を楽しむ予定だったのに、目の前のイケメンのせいで台無しになった。昨日よりさらにかっこいいと思ったのは絶対に気のせいだろう。
「おい。なんで手で食べているんだ!? 令嬢は手で食事をしないものじゃないか? いや貴族はそんなことはしない」
もうさっきから質問ばかりだ。いや会った時からルークは質問ばかり。見た目で騙されていたのかもしれないが、彼はおつむの弱い残念王子なのかもしれない。
「これはピザだから、手で食べるものなのよ。第一わたくしは一般庶民です! そんなに手掴みが嫌だったらフォークとんナイフを使えばいいでしょう。
それより冷めるとチーズが固くなるよ。なりますよ」
ルークにはタメ口でいいといわれたけれど、タイラさまもいるから言葉使いに気をつけないといけない。
(めんどくさい……。)
「やっぱりピザはこのトロトロチーズがいいんだよね~」
隣に座っているリンダとリリーとディランに同意を求める。三人ともハムと野菜たっぷりのピザを食べている。それに対して、セイズ側はセシルたちを唖然と見ているだけだ。
もちろんセシルのむかい側には、タイラさまとルークとレイが座っている。他の護衛たちはセシルたちの座っているテーブルの周りに立っていたが、セシルが嫌がりいまは隣のテーブルに座っている。
だいたい護衛たちに、食事中ずっと見られて食べるなんて考えられない。ビビっておいしさがわからなくなる。
ルークたちはナイフとフォークを使ってピザを食べ始めた。
「ふむ。おいしい」
小さく切ったピザを一口食べたタイラさまがいった。
「……ああ……パンは薄いのに……セイズのパンと違って柔らかい」
ルークが不思議そうにピザを見ている。
「うめー。やっぱりラングの食い物は絶品だな! くー、この味を知った後に、セイズで食べれないなんて地獄だ」
などなどの小声が隣の護衛たちから聞こえてくる。
「これはなんの飲み物なんだ?」
ルークがコップの中身を一口飲んで尋ねた。ルークたちはなにを注文したらいいのか困惑して、結局セシルが頼んだ物と同じ物を頼んだ。
「ユッパに樹の液、シロップを混ぜた飲み物よ。う~ん、ユッパの他のハーブを混ぜているみたいで、この店特有の飲み物だね。
おいしい。
さすがディー、よくこんなおいしいお店知っているよね」
「セーちゃんたちが外に出られたら連れて行くところをあっちこっち探しました。今回はピザが食べたいということなのでここを選びました。
店長は料理長のヤーリさまのご友人で、セシルさまがピザを教えてくださった時に、すぐにこの料理に興味を示されて作られた方です」
ディランがにっこりと微笑む。
(ダメ! ディー、下手に野獣のいる檻の中で笑顔を見せるのは危険すぎ!)
と心配しながら目の前のルークを睨む。理由はルークの存在すべてがいけない。
「おい。ちっと待て。このピザはセシルの案なのか? それよりなんでこいつとお前たちはそんなに仲がいいのか?
いや、ほら、叔父上がこの神殿騎士とみんなの間柄を心配していたから……け、決して、俺がお前とそいつの仲を知りたいというわけではない」
「ぶっーー。し、失礼、ひゃっはっっはっはーー」
さっきからレイはなにがおもしろいのか笑ってばかりだ。
「ディーはセーちゃんと私のおにーちゃんで家族なの」
リリーはルークたちにずいぶん慣れたみたい。
「そ、そうですか! リンダの息子さんでしたか!! そうですか。私はタイ=セイズでリンダに求婚しております者です。どうぞ私のことをリリーと同様、父上と呼んでください」
「「「「ぶっーーーー」」」
『ごほっごほっ』
目の前のルークが食べているピザを吹き出しそうになったのを、かろうじて手で止めた。セシルは食べていたピザが喉につまってむせる。
「叔父上! 求婚とは一体どういうことですか!? いつ求婚したというのですか?」
「……いや。いまから……」
『ガバッ』とでかい図体が立ち上がり、リンダの座っているところへきた。そしてタイラさまが片膝を床につく。
「リンダ。私はいままでこの年になるまで独り身で独身だったのは、あなたに会うためだと。一目あなたを見た時に気づきました。
私の半身はあなただけです。もしあなたと結ばれなければ、私は一生一人の寂しい人生を歩まないといけません。
だからそんな哀れな男へあなたの、女神のような、愛情のひとかけらをお与えください」
「「「……」」」
野獣は詩人だった。素敵なプロポーズを目の前の美中年、おまけに王族の次男、おいしい物件だけれど心を鬼にする。
求婚の相手はリンダだ。セシルの庶民計画に関係なく、リンダは幸せになる必用がある。
「姫さま……」
リンダがセシルに助けを求める。相手はセイズ国の王族。ここで断るとセシルたちの将来がこわされるのではないかと悩んでいるのだろう。
「タイラさま。少しよろしいですか?」