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ルネンさまは気が正常な時と子ども返りする時がある。精神が壊れていた。セシルさまを生んでからも、完全に正気に戻ることはなかった。
だからアシール神は精神が病んでいたルネンさまに、しっかりした大人のように成熟したセシルさまをお与えになったのだろう。
ある意味、幼少時代に普通の子のように母親に甘えることができなかったセシルさまを不憫に思う。子どものように壊れた母親のルネンさまがいるから、リンダさまにも甘えることができなかったのだろう。
子どもらしくないセシルさま。王さまやセスさまは彼女のことも心配していた。
だからリリーさまに悪いと思っていたが、セシルさまの話相手に箱庭に閉じ込めた。もしセシルさまが緑の民、ましては創る緑の民でなければ、普通に王宮で育てることができたのに……。と、ラング王が毎回懺悔室で言っていた。
王さまは二人を普通の生活をさせるだけの力を持っていないことを悔やんでいた。
王さまが力をつけた時に、後宮の女たちをすべて下がらせた。そして、後宮に箱庭をつくった。後宮の部屋から出ることのできなかったルネンさまが、年々ますます幼稚返りすることに気をもんでいた。
箱庭で自然に囲まれて伸び伸び生きて欲しい、というラング王が言っていた。箱庭で生活するルネンさまは、幼い頃の彼女を思い出させた。
ルネンさまと小さい窓越に何度か会話をした。よく孤児院の子どもたちが病気になっていないか尋ねてきた。ルネンさまにはあの時の孤児たちがもう大人になって独り立ちしているとわかっていない。
ルネンさまの幸福な時間は孤児院にいた時だった。だから箱庭で過ごす時間も、自分がまだ孤児院にいた頃のように幼児と思っていたのかもしれない。
だがラング王に対しては女性だった。唯一の人として、恋人として、接していた。
ルネンさまは王さまに抱かれることで心の平安を保っていたようだ。
ルネンさまはセシルさまが自分の子どもとわかっていない。自分が子どもを生んだとも、自分が母親ともわかっていない。
だからセシルさまが成長するにつれて、セシルさまがラング王に抱きついたり仲良くすると、ルネンさまが大声を出して泣いた。
ラング王がセシルさまにとられることを嘆いていた。
物分かりのよいセシルさまは、ラング王と距離をとった。年に一度の建国祭も、セシルさまは一度も参加しなかった。
「建国祭はかーさまが一番楽しみにしているとーさまの時間だから邪魔したくない」
と、おっしゃった。
皮肉なことに、あんなに躍起になって地方神官長になろうとしていた自分が、ルネンさまの事情を知る者として、国のトップ、ラング国神官長になった。
神官長は今度こそ『緑の民』のセシルさまを守らなければいけない。これはセスさまとラング王と三人で誓った。
ルネンさまはまだ若いのに衰弱して亡くなった。ここ三年、食が細くなっていった。セシルさまがルネンさまのためにおいしい食べ物を作った。そして、新しい植物も創造した。もうセシルさまの力は、歴代の緑の民以上だ。そして多くの植物を創るセシルさまは、まさしく神の使者。
ルネンさまはセシルさまが作ったものを喜んで食べたが、食はだんだん細くなり最後は水も飲まなくなって亡くなった。
死期が近づく間際、ルネンさまは正気だった。セスさまに「私は人を殺める植物を創ってしまった。その対価を払います」と言った。
そして、その植物を探して管理して欲しいと頼んだ。ルネンさまは決してその植物を根こそぎ消してと頼まなかった。
ルネンさまが亡くなり、セスさまはその植物を探しにミチル国へ旅立った。
その植物は、真っ白な花で茎や葉っぱに刺がある美しい花だそうだ。八枚の子どもの手の平くらいの花びらをつける。その花の密を吸った昆虫が川や井戸に落ちると水は一日汚染する。
その水を生き物が飲むと激しい吐き気と下痢に襲われて、水を摂取することも許されず死ぬ。
ルネンさまがその植物を『貪る闇の花』と呼んだ。
娼婦舘で見た花を『一時の夢の花』と呼んだ。
ルネンさまが創造した四つの素朴な雑草にしか見えない植物は、人を救った。
ルネンさまが創造した二つの華美な花は、人に害を与えた。
セシルさまが最初に創造した「ジャガイモ」は、餓死を阻止した。だが、扱いを間違えれば毒を含む恐ろしい植物だ。取扱いを知らない者たちは、ジャガイモを悪魔の植物というだろう。
セシルさまのお創りになる植物は不思議で変わった名前の物ばかり……。
幼いセシルさまは、我々への警告の植物を創造した。
「緑の民」の扱いに気をつけろ。と。
セシルさまは、緑の民というだけではなく、神の化身。神童だ。アシール神がラング国を守るためにお使わされた方。
ミチル王族がルネンさまが緑の民と気づいた。そしてルネンさまの死後、セシルさまも緑の民と知られた。多分王妃が漏らしたのかもしれない。
いくら世間では、ラング王が物珍しい植物が好きと知られているが。王妃は長年に渡って、ラング国の情報収集をしていたスパイだった。
度重なるラング王やセシルさまへの毒殺。毒殺で死なない二人を不思議に思ったのかもしれない。
何度か密偵が箱庭に侵入して殺害されている。
ラング王が、「ミチル王がセシルをミチル王太子の嫁にと申し出た。もしこの件を断ると、セシルの秘密をばらして、ルネンが緑の民で人を殺める草を創って人殺しをしたと伝える。いまはその秘密を知っている者は少ない」と言った。
ラング王はその場でミチル王と王太子を殺害した。ミチル王は他人にセシルさまの秘密を漏らしていない。本当に信頼した少しの者だけに伝えたのだろう。
ラング王は他の誰にも貴重な緑の民のセシルさまを渡したくなかったに違いない。
ミチル王は家族になったラング王が、まさか自分たちを殺害すると夢にも思っていなかったのだろう。ラング王は王妃と王太子やアリス姫にも親切にしてた。
それは、親切にすることで彼女の嫉妬がルネンさまにいかないようにするためであって、本当は王妃たちを嫌っていた。
ミチル王族殺害後、重臣たちと神殿長は秘密裏に呼ばれた。
ラング王の親友のセイズ王にこの国を託す。なによりセシル姫を守るのは、もうラング王自らできる力がない。だからセシル姫をセイズ王へ委ねる。
その対価に国を差し上げる。
と。宰相をはじめとする重臣たちは、セシル姫が「緑の民」と知らない。けれど、神童で美しいセシルさまがミチル国にとらわれると、ラング国が危なくなることに気づいていた。
それだけ、セシル姫の発案は偉業で神がかりだった。
「これがルネンさまに関してのすべてです」
部屋には物音が一つもない。神殿長が話している間、すすり泣きの音以外はなにもなかった。
「セイズ王は私が緑の民と知っているのですね」
神殿長の懺悔が終わった後、部屋はしばらく粛然した。その沈黙をセシルさまが破った。セシルさまは幼い頃から我慢強いお方だ。そのくせ泣き虫だ。
いまも無理やり涙を止めようと何度も瞬きをしている。




