20
神殿長の執務室は、整理されて落ち着きのある部屋だ。
壁にはセシルとリリーがあげた絵が一面を埋め尽くしていた。部屋に入った途端、リリーが壁を見て騒ぎ出す。
「セーちゃん。絵が下手だよね~」
「リリーは、刺繍が下手だよね~」
リリーがぷく~と頬を膨らます。
「もう二人とも」
リンダがやっと笑った。箱庭から出てからずっと固い顔をしていたからほっとする。
「リリーさまの好物のお菓子を用意していますよ。飲み物は、ハチミツ入りのユッパです。ディランが用意します」
『ユッパ』は紅茶に似た飲み物。紅茶は高級品で貴族しか飲まないけれど、ユッパは香りがないだけで紅茶の味がする。
ユッパは庶民で日常で飲まれている飲み物だ。どんな気候でも雑草のように育つ植物。多分、緑の民が創ったのかも。
「ディー!?」
(ディラン!!)
執務室の繋ぎ部屋から、神殿騎士の制服を着た男の人がお盆を持ってきた。
「あ、あなたがディランなの?」
食器をテーブルに置き、王族へお辞儀をした彼に声をかける。
「はい。お初にお目にかかります。やっとセシルさまたちに、こうして出会えたことをアシール神に感謝を捧げます」
ディランが目元を下げて柔らかい笑顔をした。
「全然、絵と違う!」
リリーが声を上げた。セシルもリリーに同意して何度も頭を上下に動かす。
「それはまだディランは7歳だったから、セシルさまのように絵が上手じゃなかったのは仕方ないではないか。ふぉほほほ」
神殿長がシテヤッタという顔で笑った。
ディランは神殿長の養い子。孤児だったディランを育てた。神殿の騎士や神官、巫女たちの結婚は認められている。それぞれ持ち家から神殿に通っている。
「ディー、きれい~」
「リリーさまやセシルさまの方が何十倍お綺麗です。もちろんリンダさまもお綺麗です」
ディランの顔が赤く染まる。
「もう、ディー、なんで手紙のようにリリーに話しかけてくれないの?」
リリーが頬を膨らまして言った。もちろんディランの顔を見ていて、リリーもリンダも、セシルの顔も赤い。
ディランは長い豊かな金髪を三つ編みにしている。彼の目の色は、ラングの花と同じ水色だ。
「ディーの目。春のラングの花の色。綺麗な水色だね。とーさまは、私の色じゃなくて、ディーの色を水色にすればよかったのに」
「ラングの花は、セーちゃんの色ですよ。私も陛下から色を授かりました。覚えていますか?」
ディランとリリーはセシルのこと、『セーちゃん』と呼ぶ。
ディランは二人にとってお兄ちゃんだった。セシルにとっては弟の気でいたが。リンダも何度もディランに手紙を送っている。彼女にとってもディランは息子だ。
やっと字が書けるようになって、文通をはじめた。それまで絵を交換していた。リリーがなかなか勉強をしたがらなかったから、セスと神殿長が文通をはじめることを提案した。
「緑?」
「覚えていらっしゃったのですね!」
(破顔したディーは、ヤバい!)
男どもの餌食になってしまう。決して大切なディランを、飢えた男どもに与えてはいけない! なにが美形受けだ! そんな邪心なことを考える奴をハゲ攻撃で呪おうと強く決意した。
この神殿にも力の強い者が多い。
(ヤバい! ディーは神殿騎士だ。まさか、騎士たちに……。いや、神殿長の息子に手を出す輩は今はいないだろう。で、でも、じーじがいなくなった後がヤバい! ヤバすぎる。)
「じーじ。長生きしてね」
「はっ!!??」
神殿長をはじめとしたみんながセシルをぽかんと見る。
「あ~。せーちゃん。また変なことを考えて思考脱線したんでしょう?」
「……えっ、う、うん。ディーの書いた手紙をリリーと何度も読んだから覚えているよ。
とーさまがディーの色は緑だって。すべての植物の色で、注目されない薬草でも人の役に立つ。その話を聞いた時、てっきりディーは、不細工なんだと思っていた。ディーの似顔絵もおばけみたいだったから……。
でも、ディーはどんな見た目でもディーで私たちの大切な家族だよ。
もちろん、じーじもだよ。だから長く生きてね」
「はっ、もちろんです。うれしいお言葉をありがとうございます」
大勢の孤児がいる中で、どうして神官長がディランを引き取ったのかわからない。でも、文通をしはじめた時のディランの描く絵が黒い色ばかりで寂しい景色ばかりだった。
ずっとディランと文通して、本当にディランのことを家族と思って接していた。もちろんリリーもリンダも、とーさまもセシルと同じ気持ちだ。だからとーさまはディランに、彼の色のバラのブローチを上げた。
形はとても小さい。でも花びらは緑のアンバー。この国の宝石。とーさまは緑のアンバーをこの国の宝石と決めた。
ラング国は植物に恵まれた国。と宣言した。
神殿の紺色の制服にとーさまからの贈り物のバラのブローチがメダルのようにつけている。
「ディランも座って聞いてくれ。じーじの話とお願いを聞いて欲しい」
神殿長がユッパ茶が覚めないうちにとすすめた。
「ディランには、セシルさまとルネンさまが緑の民と話ました。お許しください」
「そうですか。頭を上げてください。ディーは私の大切な家族だから、秘密を持ちたくないから、いづれ話すつもりでいました」
神殿長とディランが安堵した顔をする。
「今から話すことは、ルネンさまのことです」