18
室内に入って、驚きで歩調を止める。
「どうして!!??」
祈祷館の中は人でいっぱいだった。理由がわからずにまわりを見渡す。セシルたちの入場に気づいた人々が席を立って、彼女の方にお辞儀をした。
「どうして? とはどう言うことだ?」
奥座に近い前列の席から、ルークが来た。今日も黒い軍服を着ている。昨日も彼の姿を見たはずなのに、今日の彼はさらにかっこいい。
セイズ人は南国特有の浅黒い肌をしており、濃い髪の色や目の色をしている。
ルークの髪の色は、茶色で、目の色はこげ茶だ。茶色のアンバーを思い出す。
「みなの者、面をあげよ。着席を許す」
静寂した室内にルークの威圧感のある声が響く。
「こんにちは。どうして? とは、どう言う意味だ?」
もう一度ルークがセシルに聞いた。彼は相変わらず背が高い。彼は少し前かがみになりセシルの顔をのぞきながら尋ねる。
「だって! あっ、失礼しました。ご機嫌いかがですか? ルーク殿下」
ルークに王族への礼をする。後ろにいるリンダたちもセシルを見習ってお辞儀をした。
「ああ、貴殿たちも面を上げよ。それでセシル姫。質問に答えていただきたいのだが?」
ルークはあまり頭がよくないのかもしれない。最初に会った時から、質問ばかりだ。普通考えればわかる質問ばありしてくる。
「どうしてこんなに人が多いのかと思いましたので……」
犯罪者のとーさまの葬式には人が多すぎる。
「それは一国の王の告別式だ。王の顔見知りは多い」
「ま、まさか! お、囮なんですね!! とーさまへの忠誠心の強い者たちをおびき寄せて、全員まとめて処罰をする! お願いします! この者たちは決してセイズ王へ反逆する者たちではありません! お慈悲を!」
早口でまくしたて、土下座をするために膝をつこうとした。
「ひっ!!」
リンダとリリーもセシルのように土下座をしようとした。
「おい!! なんでそんな結論に達するんだ!!?? というか、そこで、なんで! 土下座をしようとする! 俺をラングの国民の前で悪者にするつもりなのか!!??」
土下座をしようとしたセシルを、ルークが阻止するために、彼女の両肩を支えた。ルークの体温が顔にかかる。顔が赤くなるのを感じる。
(えっ?)
ルークの言葉の意味がわからない。
「キャアーーーー」
リンダの悲鳴でセシルは自分の状況に気づいた。さっとルークから離れてリンダを見る。
巨大な軍人がリンダを支えている。糸の切れた操り人形のようにリンダは意識を失っていた。
「リンダ!!」「叔父上!」
セシルとルークの声が重なる。
(ルークの叔父上? セイズ王弟? タイラ=ファン=セイズ。今回の総司令官。将軍閣下。)
ルークも背が高いと思ったけれど、タイラさまはさらに背が高い。
「どうしたのですか?」
ルークがタイラさまに話しかける。
「いや。この女性の顔色が悪そうだったから注意して見ていたら、床に倒れかけたんだ。倒れる前に間に合ってよかった」
「……そ、それは、ち、……」
(違う! 違うと思う! 多分リンダは土下座しようとしたら、でかいあんたが近くにきたから失神したのよ! な、なにこのイケメン中年オヤジ! 下手に顔が整っているのが、さらにけしからん! 美中年攻めか! 天然オヤジ攻めなの!?)
「セーちゃん」
リリーが不安そうな顔をしてセシルの服をひっぱった。
「タイラさま。お初にお目にかかります。ラング国第二王女のセシルと申します。わたくし付きに侍女がご迷惑をかけました。後はこちらで介護しますので、リンダを下ろしてください」
多分、リンダはタイラさまから離れたら気がつくと思う。少し意識が戻ったのか体が緊張して固まっている。
「いや、いい。気にせんでいい。このままでいい」
「よくありません!」
静粛な祈祷館にセシルの怒号が響いた。
生まれた始めて大勢の人の前で醜態をさらしたのは、すべてルークと天然オヤジのせいと何度も心の中で悪態をつきながら、アシール神殿長の話を聞いていた。
普通だったら、いま涙をポロポロ出してさらに醜態をさらしているところだが、どうしても神殿長の話に集中できない。
通路の反対側の席に座っているセイズ王族のせいだ。
リンダをタイラさまの視線から隠す。反対席からタイラさまの目線ビームで何度殺されたか……。
(見るな! リンダが孕む! リンダが汚れる! 自国の騎士団だけで、オヤジハーレムは十分だろ! リンダはノーマルなの!)
何度も怨念をタイラさまに送ったんだけれど、成果が見えない。きっとセシルの怨念を、タイラさまの横にいルークによって妨害されているのかもしれない。
ルークも所詮、王族で男だ。なにより野獣の家族。断然、セイズ王族に関わらずに、さっさと市井で生活しないと。
グダグダと考えたりタイラさまとリンダが気になって、式どころじゃない。
(全部、あのセイズのせいだ。くっ、二人まとめて王族受けに決定! 相手はもちろん二人付きの従者!)