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 会合の帰りにルークに会いに執務室へ向かった。


ルークの執務室の廊下は人がたくさんいて前に進むことができなかった。制服を着ていない人たちが、ルークの執務室の近くにいるのはおかしい。セシルの護衛騎士の一人が廊下にいる一人に質問をした。


 城内の下働きの人たちが緑の民を探していたらしい。いまこの世に確認されている緑の民はセシルかミレンと言うかーさまの姉だけだ。最近ミレンはルークを探し回っているらしい。


 セシルは隣にいるディランに人垣から離れたところで待っているように言われた。


「お願いします! お母さんの病気を治す薬を創ってください」

  

 女の人の叫び声を聞こえた。


「対価は? お前は薬のためになにを私に与える?」


「私の全財産を上げますので、お願いします!」


「お前の全財産などたかが知れている。足りない、お前などに薬を与える義理など私にはない。そこをどけ、邪魔だ」


 必死で懇願する女性の声とは別の女性の声は無機質な声で鳥肌がたった。


「なんだよ、緑の民だろ!? 神の力はみんなのために使うのは当たり前なくせになに偉ぶってるんだよ!!」

「そうだ! そうだ!」


 野次馬たちが騒ぎ出した。


「セシル姫さま、はやくここから去りましょう」

 

 護衛の一人の騎士がセシルの前に立って言った。


「あっ! セシル姫だ! もう一人の緑の民がいるぞ!」


 野次馬の一人の言葉に人垣が一斉にセシルの方も見た。


「セシル! どうしてここにいるのだ!? 早くここから離れろ!」


 人波をかき分けながら、真っ青な顔でセシルの方へ来る。ルークの後ろに、かーさまがいた。


「……かーさま……」


「セーちゃん。彼女はルネンさまではありません。ルネンさまの双子の姉のミレンさまです」


 記憶のなくなった間の話を聞いていた。もちろん叔母のミレンについても聞いた。はじめて叔母がいると喜んだが彼女のことを知る度に自分の肉親が非常な人間と分かり腹が立った後、悲しくなった。かーさまは一人の人間だ。双子の妹はスペアーではない。双子はこの世界では受け入れられていないのかと思ったが、ラング国やセイズ国でもそんなことはなかった。もちろんミチル国でも双子が不吉とか、予備とそんな文化はなかったのに、どうしてミレンはそんなことを思ったのか不思議だ。

 セスはミレンやかーさまが育った隠れ里自体が、不健康な思想で成り立っていた村だったから、彼女がおかしくなったのも仕方ないと言った。


 それに輪をかけてミレンの緑の民の対価が「良心」だった。サイコ……ミレンはサイコ。

 どうしてアシール神はもっとも一番に良心を必要としているミレンから良心を対価にしたのか、と神官たちが嘆いていた。人は神の考えなど予測できない……とノブさまが言った。


 ミレンはサイコだけれど、かねての生活は人形のようにボーっと過ごしているらしい。たまに正気に戻り城内を徘徊しているらしい。


「ルネン! どうしておまえがここにいる!? 今度はセイズ国の王子たちを、私から盗むのか!? 

 なぜだ? なぜいつも私からみんなを盗むのだ! ミチルの王子たちも、ラングの王子も! 乳母も侍女たちも! 料理人も庭師も! 村のみんなも!


 なぜだ! なぜみんなおまえだけを甘やかす! なぜ私からみんなを盗むだ!! なぜみんな、ルネンだけ優しくするのだ!


 許さん! 許さん! セイズ王子は私の者だ! セイズ王子だけはおまえなどに渡さん! 私はセイズ王子の側室になって、今渡こそは私がみんなの一番になるのだ!」


 さっきはミレンの言葉が無機質で恐ろしかったが、いまは怨恨のこもった言葉に恐怖を感じる。ブルッと鳥肌が立ち両腕で自分の体を抱きしめる。


「落ち着け! セシルはルネン妃ではない!」


 セシルに迫ろうとしたミレンをルークが止めた。


「セシルもルネンも同じだ! 私の予備のくせに私からすべてを奪い取る者だ! 私が着るはずのドレスも宝石も全部あいつが着けているではないか!」


「セシルは自分の稼いだお金で服や宝石を購入している! 第一、ルネン妃もセシルもおまえの予備などではない!」


 ルークの怒鳴り声が廊下に響く。セシルたちを囲んでいる人たちは、息の仕方も忘れたように成り行きを見守っていた。


「おまえも? セイズ王子もこいつを好きになったのか……」


 疑問ではなく肯定だった。


「ああ、私はセシルを愛している! 決して私はあなたを側室にしないと、何度も伝えているではないか! いったいあなたと私はどれだけ年が離れていると思っているのだ? 兄上も同じですよ。もちろん父上もあなたを側室になどしない」


 ルークの言葉を聞いた後、ミレンさんはなにも言わずに床を向いていた。


「ミレンさま。お部屋に戻りましょう」


 ミレンの後ろにいた神殿騎士の制服を着た護衛が彼女の声をかけた。


 いきなりだった。


 ミレンの手にキノコのような物体が現れたと思った途端、それがセシルの方へ投げられた。手の平サイズのマッシュルームからプシューっと黄色い粉末が吹き出した。


(あ!! かかる!)


 と思った時にルークの体がセシルを覆い被さった。


「キャーー」

「痛い!」

「助けてくれーー」


 セシルの近くにいた人たちが泣き叫ぶ。


「ルーーーークーーーーー」

 バサッとルークの体が床に倒れた。


「セーちゃん。ここから離れて!」


 ディランの右腕の制服が解けていく。そして彼の右手は火傷したように赤くなっていた。

 そして床にうずくまって倒れているルークの背中はシャツが溶けていて、背中が真っ赤になっていた。


「セシル、逃げるんだ……」


 痛みで声を発するのが苦しいのに、ルークはセシルの顔を見上げながら言った。ルークは痛みに耐えるよに歯を食いしばっている。彼の顔から大粒の汗がダラダラと流れている。


「いやー。誰か誰か助けて! 医者を」


 ミレンは緑闇に取り押さえられていた。緑闇は緑の民を守る集団だ。もちろんミレンにも付いている。ミレンの護衛の緑闇が彼女を拘束した。

 毒でも緑の民が創る植物は、すべてアシール神のおぼしめし。だから毒を創ったミレンを罰することはない。でも、同じ緑の民を殺害しようとしたら話は別だ。


 でもいまはミレンがどうなろうとどうでもいい。セシルはルークの横にペタンと座った。


 周りは「黄色い粉末に触れるな!」「怪我人を動かすな!」など野次が飛び交って騒がしい。


 なのに、セシルには世界が止まったように感じた。


「ルーク、いま助けるね。えとね、桜の花びらが舞うと幻想的で綺麗なんだよ」


「せ、セシル! ち、力を使うな! 俺の怪我はすぐに治る」


「ルーク、あなたが好き、愛している。もしまたあなたのことを忘れたら、もう一度あなたに恋に落ちるね」


 両手を天にかざす。


(桜。白色、淡紅色、濃紅色。日本の桜。五枚の花びらは空気中にある毒を洗浄する。アシール神、お願いします)


 前世の記憶に残っている桜の木や花をなんども思い描く。


 ヒラヒラと花や花びらが空中に落ちていく。


(ああ。前世の私が消えていく……)


「セシルーーーー」


 ルークは涙を流していた。イケメンの泣き顔は、やっぱりイケメンだった。

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