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『パッチン』


 ルークがソフィアの頬を殴った。会場のところどころで女性の悲鳴が木霊する。

ソフィアは床にフラフラと倒れた。


「私がなにも知らないと思っているのか? お前がセシルの悪口を言って、根も葉もない噂を広めているのを知っているのだぞ。


 王妃の姪と言う身分で周りの者たちを諫めているのも知っている」


「ルークさまはその女に洗脳されています。タイラ閣下も陛下も騙されています」


 ソフィアを助け起こした後にマリアンナさまが言った。


「洗脳?」「洗脳だと?」「どういうことだ」


 周りがガヤガヤした。


「王妃が体調を崩した理由は精神状態の異常です。王妃は洗脳されていたのです。その薬草はセシル姫の母親、ルネンさまが創造したものです!


 ルネンさまは緑の民だったのです!」


 会場が騒ぎたった。「緑の民って、あのお伽話か?」など架空人物の話題が出て会場は混乱で騒ぎ出す。


「いま、ミチル国で起こった疫病もルネンさまが創った薬草です。ルネンさまは緑の民の力でラング王を洗脳しました。

 しかしラング王の寵愛が度を越してしまい監禁されてしまわれました。王の寵愛が年頃の娘のその女に移ることを恐れて、セシル姫を殺害しようとしたところを陛下に見つかり殺害させられたのです。

 でもルネンさまが死ぬ前に、ラング王に暗示がかけられました」


「嘘よ!!」


 セシルの叫び声は周りに打ち消された。


「もしラング王がセシル姫に手を出した時に、彼は自害する。


 そしてラング王はルネンさまの創ったもう一つの薬草で疫病を広めて国々を滅ぼす。自分のいないこの世はいらない、らしい」


「嘘よ。そんなデタラメよ!」


「本当の話よ。ルネンさまは緑の民でしょ。そして、あなたも、緑の民でしょ?」


 かーさまとセシルが緑の民と言うことと、かーさまがとーさまを洗脳して殺したと言う話や国々を滅ぼそうとしたと言う話は全然違う。


「セシル、セシルは緑の民なのか?」


 ルークがセシルの顔を覗き込んで言葉をつないだ。


「わ、わたくしは、緑の民よ! でもマリアンナさまの言っていることは嘘よ。デタラメよ!」


「ルネン妃も緑の民なのか?」


「そうよ。でもかーさまは洗脳などしていないわ。とーさまを洗脳して殺害などしていない」


 ルークとつながっていた手がセシルから離れた。彼の声がひどく低く冷たい。


「ルネン妃はそのような薬草を創ったのか?」


「あれはかーさまが創った薬草と似ているけれど違う!」


 セシルを見るルークの目が変わっていた。


(どうしてそんな目で私を見るの!? どうして私の言葉を聞いてくれないの!!??)


「どうして自分が緑の民と言うことを黙っていたのだ!? 怪しい薬草でこの国を乗っ取るのか? 滅ぼすつもりなのか?」


 ルークの言葉が胸に刺さった。


「違う……」


「ルークさま。セシル姫の言葉に騙されてはなりません。元にノエールさまが疫病で殺されかけています。

 もしあなたがルネン妃と違うと言うなら、ノエールさまを治す薬草をこの場で創ればいいのよ」


 マリアンナがセシルを見下した目で言った。マリアンナの言葉を指示するように周りもセシルに薬草を創造しろ、緑の民の力を仕え、と騒ぎ立てた。


「……ルーク?」


 彼に助けを求める。ルークはどんな時もセシルのことを信じると言ったから。セシルを愛していると言ったから。


「兄上を治す薬草を創れ。それくらい簡単だろう。もしこの国を乗っ取るつもりでなければ、兄上を治す薬をつくれ!」


 目から涙が溢れる。ルークのセシルを見る目が、言葉が、彼女の身を裂いた。セシルの心を壊した……。


 セシルは床に崩れ落ちる。護衛の緑の闇たちがセシルと周りを隔てる。涙でぼやけた視界の先にルークの姿が見える。でも彼がどんな顔をしているか見えない。見えないでよかった。もうこれ以上ルークがセシルを忌嫌う顔なんて見たくない。


(ドクダミがいいかも。体に溜まった毒を取るように。食材やお茶になるように。

 日本では道端にも生えるたくましい植物だった。小さい白い花びらが可愛かった。

 ドクダミ。この世界では種は空気の栄養を吸収して一日で育つけれど、一週間で種に変える。次は一ヶ月後に育つ。


 ドクダミ。アシール神、力を貸してください! 対価を払います。私の命を全部あげます)


 セシルの対価は記憶と体力だった。でもそれは前世の正確な記憶の元で、実際に触れた野菜や植物を再現したから対価はそれだけで済んだ。


 でもいまセシルが願ったドクダミは前世の地球に生えている植物と違う機能が含まれている。

 『体内の毒(病原菌)を排除する』


 どのくらいの時が過ぎたのだろう。一瞬だったのか数時間たったのか。セシルにはもう時間の感覚もなにもなかった。ただ手の平にウズラの卵のような種がセシルをこの瞬間に留めている。


 アシール神に感謝の言葉を言いながらポタポタと涙がこぼれる。セシルの涙を浴びなが小さい種から緑の茎が生えてきた。


「ドクダミ。体内の毒を排除する薬草。そのままに放置したら一日で白い花を咲かせます。葉っぱを食したりお茶にしたり、好きなように取ってください。ノエールさまには何度も元気になるまであげてください。

 白い花は一週間過ぎると枯れます。葉っぱを乾燥したりして薬草として保存してください……」


 緑の闇さんがセシルの体を抱き起こした。頭がぼんやりして体がだるい。体中が熱くなる。視界がもうなにもみえない。


「ルーク。わたくしは、あなたを愛していました……」


 別にルークに伝えるために最後の力を振り絞ったわけじゃない。セシルは自分の心を壊さないために呟いた。愛している、ずっとこれからも愛しているのに。言えなかった。


(ルーク。私は、あなたを愛している。さようなら。愛しい人)


 暗い闇に意識が沈んでいく。

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