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ミチル国で疫病が発生したらしい。
ノエールさまもかかったと言う知らせでここ数日王都は重い空気だ。今夜の夜会も中止になると言う噂があったが、王宮学園卒業舞踏会は開催される。
ノエールさまのことを考えれば不謹慎だろうけれど、セシルはルークのパートナーとして舞踏会に出る予定だ。
疫病は高熱と頭痛、吐き気の症状が出ているらしい。
ミチル国、病状。はじめて症状を聞かされた時にかーさまの作った薬草が頭に過った。
(まさか! そんなことない)
脱水症が一番危ないから塩入りの水やスープをこまめに取るように陛下に伝えた。その他の薬草を携えた王宮医師たちがミチル国へ行った。
もうセシルにはなにもすることなかった。
王都の暗い空気を消すために、いつものように業務をするようにと言うセイズ王の言葉でみんな普段の生活をしている。
ルーク自身もノエールさまが心配なはずなのに、セシルを励まそうと完璧な王子さまをしてくれている。
二次元BLでタキシード姿に萌てニヤニヤしていたけれど、三次元リアルの王子の正装騎士服は発狂して死にそう。
「セシル、私の姫。今宵美しい女神を私がエスコートすることができ嬉しくて、幸せで、この気持ちを言葉に表現できない。
俺の、いや、私の横に、これからずっと、永遠にいて欲しい」
ルークが片膝をついてセシルを見上げながら、薔薇の花束を差し出した。
ルークがセシルの部屋に迎えに来た時、彼女の前に跪いた。
(愛しい)
ルークに恋をしている。大好きで……愛している。これ以上、何度も何度も深くもっと彼にときめき惹かれるなんて。
ドキドキで顔から火が出そう。セシルの目尻が下がり、唇が綻ぶ。
「わたくしもずっとルークの横にいたい。あなたに相応しいと、誰からも思われるように頑張るから、ずっと隣にいさせてください」
「セシル、愛している。愛しています」
ルークの広くて固い胸に抱きしめられた。彼のスパイスの匂いがして胸のドキドキの音がうるさくなる。
永遠にずっとこのままで……いたい……。
「殿下、二人の世界からそろそろ戻ってください。いまから卒業舞踏会と言うのに、最初からデレ~っと甘い空気を作っていると周りが甘さで倒れます」
「レイ、黙っていろ」
ルークの他にもレイさんがいたんだ。セシルは恥ずかしくなったから、彼から離れようとしたけれどできない。
「ルーク?」
「ちぇっ」
ルークが舌打ちをした。
レイさんが「はしたない」と小言を言う中、セシルはルークにエスコートされながら王宮にある舞踏会会場に行った。今夜はリリーは参加していない。リリーはノエールさまのことで部屋にふさぎこんでいる。
今夜の舞踏会は王宮学園の卒業生たちとそのパートナーと親たちが参加する。ルークが卒業生でセシルはそのパートナーだ。
会場は王宮内で催しされるけれど、あくまでも学園主催なので王族の参加者は先生のマイクさまとルークとセシルだけだ。
会場入りは最後になる。セシルとルークは付き合っているけれど、逢瀬は王宮居館内だけだった。公で二人でいることはなかった。もちろん同じ王族として公で会話をすることがあったけれど、なるべく付き合っていることがバレないようにしていた。
ルークとソフィアの婚約話の噂が消えるまで我慢するつもりだったけれど、噂は消えるどころか大きくなっている。
王妃の体調がよくなったから、セイズ王が婚約の話はなかったと宣言した。王妃が、かわいい姪と息子のルークと結婚をして欲しいと思っていたけれど、お互いの愛した人と結ばれて欲しい、と重臣会議で言われた。
なのに二人の婚約話は消えない。
だからルークがこれから公の場でも恋人、婚約者として横にいてくれとプロポーズされた。結婚についてはまだ心の準備ができていない。
セシルがセイズ国で成人した時まで正式な婚約はしないとなった。
ルークとセシルが会場入りをした途端、騒がしかった室内がしずかになった。
「ルーク、どうしてこの女をエスコートしているのですか!」
他の女性より頭一つ大きい盛り頭のソフィアさまがドカドカと人垣の間から叫び声を上げながら近寄ってきた。彼女のドレスは毒々しいピンクと黄色のストライプだった。顔が可愛いのに……。前世のセシルだったら「もったいない」と思うだろう。
「ソフィア、セシルはこの国の王女だ。言葉に気をつけろ」
ソフィアが顔を歪めてキッっとセシルを睨んだ。
「あなた、また我侭を言って、人の婚約者にエスコートを頼んだのね!」
セシルはなにを言われたか理解できずに言葉を失っていた。だいたい今夜の卒業舞踏会にはセシル自身参加することはない。ルークがパートナーにと誘われたから参加しているのだ。
「ソフィア、私とあなたは婚約などしていない。私の愛する人はセシル姫だ。彼女の成人の後すぐに正式な婚約をする。私の妃はセシル姫だ」
静まり返った会場にルークの言葉が響き渡った。
ルークとつながっている手が一瞬力強く握り締められた。彼の男らしい姿勢に、守られていると言う安心感に胸がはち切れそうになった。
「わ、わたくしと、婚約破棄をして、この悪女と婚約するとおっしゃるのですか!」
「悪女とはセシルのことか! だいたい婚約していないのに、どうして婚約破棄ができるのか!」
もしセシルがルークの手を握っていなかったら、彼はソフィアを殴っていたかもしれない。
「その女は悪女よ。男をたぶらかし国を乗っ取る傾国の娘よ! 傾国の娘は悪女よ!」




