表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

沈黙する少女と一枚の絵

「――ねぇ、聞いた? 最近続いてる失踪者騒ぎの話」


「はい?」


 そんなに親しくもないクラスメートが、帰り支度をしていたあたしに話し掛けてきた。あたしがきょとんとしていると、嬉々として彼女は続ける。


華宮はなみや雅貴まさきに惚れた女の子ばかり行方不明になっているんだって。御崎みさきさん、同じ美術部でしょ? 気を付けなよ~」


 彼女の浮かべた笑みに気味の悪い感情を察して、あたしは嫌な気分になる。


「そうなの。丁寧な忠告ありがとう」


 さらりと返して、あたしは美術室へと向かう。


 別に、あたしは雅貴に特別な感情は抱いていない。彼はこの学校で一番の美形だし、コンクールでは必ず入選するほどの油絵描きであるが、あたしにとってはそれだけだ。


 だから、彼に目を付けられたのかもしれない。


 雅貴はその美貌で女の子を口説いては遊んでいる。どんな女の子でも意のままだったという彼には、あたしという存在が異質に――それだけならまだ良かったのだが、魅力的に感じられたらしかった。





 美術室に入ると、黄色い歓声が静まった。ひそひそ話に切り替わったと思うと、その人集りの中から少年が一人、こちらに向かって歩いてくる。


 華やかさのある端正な顔立ち、さらさらの髪。制服を彼なりに着崩していてお洒落である。上背があって、手足がすらりと長い。モデルでもなかなかお目にかからないだろう綺麗どころの少年は華宮雅貴だ。


紗理奈さりなちゃん、今日はアトリエに寄ってくれるよね?」


 馴れ馴れしく彼はあたしを名前で呼んでくるが、別に付き合っているわけではない。


「一度行けば、もう誘ってこないと約束していただけるなら」


 クラスメートの台詞が気になって、あたしはそう答える。


 雅貴の顔が驚きに変わり、そして満面の笑みに変わった。これまで適当な言い訳をして断ってきたのを承諾したのだ。彼が驚くのも当然だ。


「うん、約束するよ」


「じゃあ、部活が終わってから――」


「いや、今から行こう。この冬最初の雪が降り始めているし、積もったら厄介だよ」


 告げて、雅貴はあたしの手を取る。


「え、でも」


 美術部員たちのブーイングが聞こえてくる。明日からまた嫌がらせが増えるのだろう。


「いいから。行こう」


 強引に押し切られ、あたしは雅貴に引きずられるようにして外に連れ出されたのだった。





「へぇ……ここで絵を描いているんですか?」


 二駅ほど移動した住宅街に、華宮雅貴の家はあった。彼の父親は画家で、雅貴もその血を引いている。小さい頃から父親のアトリエで絵を描いて過ごしてきたらしい。今は家のアトリエは雅貴が使用し、父親は別の場所を仕事場にしているのだと、この場所に案内される間に聞かされていた。


「うん」


 壁に飾られた絵は、静物画が多かった。定番の瓶や、みかんやりんごなどの果物、古びた楽器などが油絵となって切り取られている。かなり上手だ。


「その辺の絵は全部小学生の頃のだよ」


「さすがですね。――この籠の中の金糸雀は?」


「中学二年生の頃のだよ」


 彼の手が、またあたしの手首を握る。


「ねぇ、こっちに来て」


 拒む隙を与えずに引かれ、あたしはギャラリーの奥の部屋に強引に連れ込まれた。ご丁寧に彼がドアに立って退路を塞ぐ。


 ――ここは?


 薄暗い部屋だ。窓は明かり取りの天窓だけ。周りには布が掛かったオブジェらしいものが複数体並ぶ。


「このにおい……」


 埃っぽい空気に混じる、鼻につく錆びた鉄の香り。


 思わず漏れた呟きに、彼は不敵に笑った。


「紗理奈ちゃん、察しが良すぎるよ」


 次の瞬間には頭に痛みが走る。


「君には完璧なモデルになって欲しいんだ。僕が父さんを超えるために協力してね」


 茜色に滲む視界。頭を殴られたのだと理解する前に、あたしの意識は飛んだ。





 こうしてあたしは一枚の絵となり、今も誰かに見られ続けている。


《了》

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ