メロディ
「あ」
不意に腕の中の彼女が、小さく声を上げた。思わずきつく抱き締めていたかな、と僕は名残惜しげに力を緩める。だが、君は僕の胸に寄り掛かったまま動こうとしない。
妙に落ち着かなく、脈が心臓が、身体中の血がざわめき出す。
それでなくとも、浴衣姿の君は普段と違い艶やかでなまめかしい。思わず片腕を伸ばし胸に引き寄せていたが、その後の行動を取るには僕らはまだ付き合いが浅かった。
「聞こえたの」
「え?」
聞き返し、彼女を見下ろす。瞼を閉じ僕の胸に片頬を当て、口元には笑みを浮かべている。
今、気が付いた。
君がうっすらと化粧をしている事を。
「何だったかな。子供の時に聞いたと思う、歌の一節がふっと聞こえたの」
「へえ」
僕の素っ気ない返事が気に入らなかったのか、君は瞼を開くと上目遣いで僕を見た。
――やられた。
正にその一言に尽きる、僕の心臓を射抜く顔だよ。
「どうでもいいみたいな返事、イヤだな」
やっぱり機嫌を損ねたようで、今度は目を伏せて唇を尖らす。
そうか。
君は色んな表情を持っているんだね。
まるで、様々に変化するメロディのように、くるくると変わり僕を翻弄させる。
もう一度、腕に力を入れる。今度は両腕を回して、彼女の背中を撫で上げながら、徐にしっかりと抱き寄せる。君の身体が緊張していくのが分かった。
「それ、どんな歌?」
僕の問いに、君は頭を僅かに揺らす。
「忘れた」
吐息の後、小さく消え入りそうな声が聞こえた。
今度は僕の頭の中で軽快なメロディが鳴り響く。リズムは高鳴る心臓の音だ。
早く、早く。
メロディに急かされるまま、僕は君に口付けていた。