エピローグ.2
「む、む、む、虫はァ! 居ないようです……たぶん」
その一言で、すぐにも皆の顔が集結する。
「なんだこりゃ? 本と醤油か」
「そんな筈ないでしょ。醤油じゃなくて、ワインじゃない?」
「へえ、ワイン? なかなかオシャレね。手に取って確かめて秋山君」
「……なんで俺ッスか。榮倉先輩が取ったらいいじゃないッスか」
高級海苔が入っていそうな四角形の缶のフタを開けると、
そこには十年前の空気と共に、小さなボトルに瓶詰めされた赤ワインと、
“日焼けした一冊のノート”が現れたのだった――
「奥にも、まだあるんじゃない? ほら誰か、早く取ってよ」
そう言ってナツキは呉介を見る。
「オイ俺かよ! 絶ッ対に嫌だね。ネズミが死んでたらどうすんだ」
「またそんなこと言う! いやあッ、気持ち悪い! 私、想像しただけでダメ。責任とって秋山君がやりなよ」
僕はノートを手に取った。
ひっ、と可愛い悲鳴が榮倉先輩の口からこぼれる。
「……封筒、と、なにこれ? 紙吹雪?」
取り上げたノートの下には茶色い封筒が一通と、
『1』と点数が表記された大量の紙片が乱舞していた。
「これ『ベルマーク』よ。知らない?」
そのひとつをつまみ上げ、景山部長がナツキに見せる。
数字のバックには鈴の絵柄が入っている。しかしそんなものは初耳だ。
――と、その時、もの凄い地響きが迫ってくる。
「こおらあああ秋山ァァァッ! そッこで、なにしとるかああッ!」
呉介の顔が見る見る内に青褪める。
「“イヌ”だ……オイやべえぞ、イヌだ逃げろッ! 生徒指導の“犬飼”だッ!」
まさか……生徒指導の犬飼規一先生……
なんて鼻がいいんだ。まるで見計らったように現れるその異常な勘の良さ。
それに歳に不相応な足の速さ――
盛り上がった胸板と二の腕の異様な太さは不気味でさえある――
桜が咲き乱れ、世間はゴールデンウィーク真っ最中にもかかわらず、
ずっと学校に入り浸りだなんて不健康過ぎるじゃないか――
いや、僕も冷静になっている場合ではない。
こんなに“地面を穴だらけにしては”内申書に大きく響く。
尻をまくってスタコラ逃げる呉介を、景山部長は強い口調で呼び止めた。
「呉君、その金属缶を持って! 柴崎君はスコップ、もう一本は私が持つ。とにかく、ちりぢりに逃げて三十分後に部室に集合!」
そして、景山部長は微笑を浮かべる。
「上手く逃げるのよ、皆ッ!」
スコップを両手に携え、
彼女はそう言って深い原生林の中へ颯爽と消えていった。
「クソッ。イヌのヤツ、すげえ嬉しそうに近づいてきやがる。柴公、ここで捕まったらやべえぞ! 俺はこっちに行くからよ、お前は付いてくんじゃねえぞ」
そう言って、土だらけのタイムカプセルを胸に渋々抱えると、
呉介は野球部の【第一グラウンド】がある東の方角へと消えた。
「えっ? え? マジ? ちょッと柴崎君、どっちに逃げる?」
「加賀さん、いいから私たちはこっち! 話してると舌噛むよ」
「マユちゃん連れてこなくて、ホント良かったですね先輩」
そう言い残して、
榮倉先輩とナツキはひっそりと静まり返る【弓道場】の奥へと消える。
……僕は、どこへ逃げよう。
やはり部長と同じく森か。しかし方向音痴の自分は迷いそうだ。
それにこの“ジャングル”は、なにが出るのか知れたもんじゃない。
「あんだこりゃあ! 誰だァ、こんなことしたヤツは! 秋山と誰だああッ!」
とにかく逃げ出した。
イヌのうなり声が間近に迫ってくる。僕は追い立てられるウサギの気分。
そして僕は……情けないことに走り出して間もなく足がもつれ、
追い打ちを掛けるように、ほんのちょっと盛り上がった地面につまずいて
派手にすっ転ぶ。
持っていたシャベルがビュウウウウと鋭い音を立てて飛んでいき、
サクッとそれは見事に、大地に深々と突き刺さったのが見えた。
ずっと忘れていたこの感覚。苦すぎる土の味。
先日の祭り会場の設営に始まって、
疲れた肉体にトドメを刺す今日のハードな穴掘り……。
“あの頃”と比べ、手足はすっかり衰えている。
「……元サッカー部、だらしない」
僕は、
とても充実している。
日々が、
楽しい。
「お前、秋山の“ツレ”だろ? 見たことあるんだその情けないツラァ。止まれって言ってるのにコソコソ逃げ出しやがって。あんなことをしたのはお前か」
気になる人も、傍に居る。
「名乗れ。そして、ほじくり返した理由を簡潔に述べろ」
どうしてだろう。
無茶苦茶に叫びたくなった。
「なんとか言えこの野郎ッ」
“彼ら”の気持ちが少しだけ分かる。
同じ部活の、遠い昔の先輩たち――
これを誰かに聞かせたい!
皆に知らしめたい!
僕らが紡いだ“物語”を!
「お――」
「ぼッ、僕がやりましたあッ! 2―Bの“柴崎”です! 〈ヨット高新聞部〉の二年、柴崎司ですッ!」
僕の声は【四戸町】全域に轟いたようだった。
思わぬ行動にしばらく動きを止めた犬飼先生は、
それまでの勢いを削がれたようにムカムカしながら近付くと、
無言で僕にきついゲンコツを見舞った。
「とにかく元に戻せッ! それで秋山はどこ行ったァァァ! あんの野郎、相変わらず逃げ足だけは速え」
ヒリヒリする頭頂部を撫でまわしながら、
まるで野生のゴリラのような犬飼先生の後ろ姿を見送る。
それからそこに突き刺さるスコップを嫌々回収する。
くそう。逃げ損なった。
――と、あの日焼けした大学ノートが落ちていた。
無我夢中で、そのまま脇に抱えて走っていたのか。
ジンジンと痛む頭を押さえながらノートを拾い上げると、
ページの隙間から白黒の写真が一枚――黄緑色の芝生にはらりと落ちる。
長い黒髪。
瞳は白、いや青か?
そこに映っていたのは子供用のドレスを着た“とっても可愛い女の子”だった。
すると不思議なことに、たまに見せる景山部長のはにかんだ笑顔が、
色褪せた写真の彼女と不意に重なる。
「もしかして、この女の子……」
写真の裏をめくると、
『我ガ愛娘』とボールペンで走り書きがあった。
書きたいエピソードがたくさん(頭の中に)あります!
霊(?)にベッタリ(←重要)憑りつかれてしまった生徒の話、とか!
いつものように【図書室】で読書をしていたマユが、
見つけてしまった“〇〇”から始まるヘンテコな事件とか!
妄想は尽きません。(笑)
お付き合いいただき、ありがとうございます。
『アヴァロン ~天上の大地~』もミテネ!




