エピローグ.1
例年になくヒヤヒヤさせられた桜前線は、
どうやら無事に僕たちの住む町まで押し上げられたようだ。
息せき切らし、ようやくの思いで【心臓破りの大坂】を上り終えると、
むんと匂い立つような濃密な香が胸いっぱいに広がった。
学校の前は、淡い薄紅色で染まっている。
「ああッ、本当にあるんだろうなあ柴公ッ! ここまでやって“ウソでした”、じゃあ、絶ッ対にタダじゃおかねえ。この俺の貴重なゴールデンウィークを無駄にしやがったらテメエ……覚悟しとけコノ野郎ッ!」
「もう、いいから黙って掘りなよ」
「掘りなじゃねえよナツキ、ゴラア! 他人事だと思いやがって! だったら俺を呼ばねえで、自分たちだけでやりやがれッ!」
「……ああ、うるさいうるさい。男なら黙って仕事する秋山呉介。こんな時ぐらい役に立ってみなさいよ。ほォら、柴崎君を見なさい。まるで“バシャウマ”のようにスコップを動かしてるじゃない」
とても褒められた気がしない。
榮倉先輩は先ほどからそんな調子で、
しめ縄の張った大イチョウの根元を掘り進める僕と呉介に交互にムチを打つ。
ここは学校の、バカが付くほど広大な敷地の外れ――
【弓道場】脇の弓道部の部室の傍だ。
野生動物がひょっこり出てもおかしくない周辺の深い森には、
鳥のさえずりがこだまする。
弓道部員はゴールデンウィークの期間中、活動していないようだ。
呉介がいつも喫煙所に使用する彼らの部室は、
ここから歩いて二分の距離にある。
「まあたダメだあ! こんだけ掘っても出ねんだから、ペンシルロケットに騙されたんだろ。柴公、そっちはどうだ?」
「ちょっとォ秋山君! そのスコップ、ウチの家から持ってきたこと忘れない! だから汚れた足を乗せなあい! ……そんなに乱暴に扱うなっての」
「ああッ、じゃあ今すぐ持って帰れッ! いちいちメンドくせえな!」
「もうなんにも貸さない、なんにも貸さない」
「上等ォ、なんにも貸さなくて結構だッ!」
たぶん世界中の男を目の敵にする榮倉先輩は、
頼まれなくともナツキの支援に回っている。
二対一では、さすがの呉介も分が悪い。
呆れている景山部長は、そちらの方には目もくれない。
僕たちは今、貴重なゴールデンウィークを消費して、
“彼”の代わりにそれを実行している。
期限の切れた、タイムカプセルの発掘だ。
「くそう。穴だらけじゃねえか」
しめ縄の張った大イチョウは四本存在した。
もしかしたら、もっとあるのかもしれない。
呉介が指摘したように、周囲には掘り出した大量の土砂によって、
うず高く土壁が築かれている。
「マユちゃんも呼べば良かったかな?」
「ダメよ加賀さん。市原さんはまだ正式に入部してないんだから。ここは“じっくり”攻めるの。彼女はとっても有望な新人よ。あんまり“ゴリ押し”して、最後で逃げられちゃまずいから」
そして榮倉先輩とナツキは、ホホホと笑う。
入部届けの提出日は、ゴールデンウィークが明けての次週の月曜日だ。
穢れを知らない無垢なマユは、
彼女らがめぐらせる謀略の包囲網に絡め取られようとしている……。
「あ」
突然のことに思わず声が洩れた。
そこから微かに見えたのは、すっかり褪せた朱色の金属板――
「出た? 柴崎君」
景山部長が上空から整った顔を覗かせる。
視線を戻し、僕は好奇心に突き動かされるように周囲を慎重に掘り進める。
ナツキも榮倉先輩も、スコップを放り出して呉介も、
僕の上空から一様に顔を覗かせる。
「――や、やりました! たぶん“タイムカプセル”です!」
それまで半信半疑だった僕たちは、泥だらけの四角形の容れ物を前にして、
ささやかな歓声を上げた。
ナツキは手を叩いて大喜びする。
「ね、すぐ開けよ! ほら柴崎君、早く上がって! 早く早くッ!」
結構な重量のある“タイムカプセル”を景山部長に託し、
僕は深い穴の中からようやく這い出た。
爪と爪の間には知らない間にたっぷりの土が詰まっている。
かれこれ二時間――こうして格闘していただろう。
しかし僕の努力を誉めてくれる人の存在はなく、
皆の興味は“十年以上前の遺物”に注がれていた。
「中って大丈夫かな? 潰れてるみたいだけど」
「まさかと思うが、食い物とか入れてねえだろうな。フタを開けた途端、十年分の大量の虫が“ワサワサ”出てきたらよォ! オイどうするナツキ!」
「ちょっとやめてよ! 変なこと言って、人の夢を壊すなッ」
「そういえば、なんだか海苔を入れていた缶みたいねえ……私の家にあるのよ、こういうヤツ」
そう言って景山部長は、輪の中に泥だらけの僕を招き入れる。
「……誰か開けたい人」
誰も手を上げない。呉介の発言で、皆の興味が一気に冷めた。
「こッ、ここは発見者である“柴崎君”に譲るわ!」
榮倉先輩はぎこちない笑みを浮かべて、タイムカプセルから三歩遠ざかる。
それを合図にナツキ、景山部長がそろって同じ行動を取る。
残されたのは僕と呉介だ。
「いつも威勢のいい君まで、まさかそんなこと言うんじゃないだろうね」
「はあ? アホか。こんなモン、ただの箱だろハコ。だからサッサとやれ柴公」
これ以上は退かねえ、なんて偉そうに腕組みしながら、
呉介はそこから微動だにしない。
フタの周りはゴムテープで固定されていた。
持ち上げてもビクともせず、仕方なしに僕はテープの継ぎ目を探し回り、
すっかり黒くなってしまった爪で無理やり剥がし始める。
「“封印”、って感じですかね。な、なんかすっごく不安になりました! ッて、急に静かにならないでくださいよッ! でもこれって、本当に僕たちが開けてイイものなんでしょうか……?」
誰もなにも言わない。完全に僕の独り言だ。
グルグル巻きにされたテープを慎重に剥いでいく。
ねっとりと跡が糸を引いた。粘着剤が長い年月を経ると、
しっかりと定着するようだ。
そうして四苦八苦した後、ようやく禍々しい封印を解き終わる。
僕はガクガクとひとりで震えながら、やがて缶のフタに手を掛けた――




