けっせん.5
「きっと主張したくて、うずうずしてたと思うわ。まるで子供。誰かに早く見つけてほしい――ようやく自分のしたことを暴いてくれる柴崎君が現れて、良かったですね、先生」
景山部長はそう言った。
木多先生にとって、この物語はどんな意味を持っていたのだろう。
歪んだ積年の思い。
本当に彼は、誰かに見つけてほしかったのだろうか。
自分がしたことを。
「真実を教えてください」
僕は彼にそう言った。
木多は言った。
「シンジツ? 全て真実ですよ」
「僕が知りたいのは、高校生の貴方がしたことだ! どうして武笠先生も一緒になって、こんなことをしたんですか!」
「こんなこと、とは?」
「歴史の改ざんです! これは重大な問題です木多先生! ここで行われようとしているイベントが、これからの貴方の発言次第で“成り立たなくなる”! 話の根本が“ひっくり返るんです”! もしもこれを公表したら――」
この話を公表する?
そんなことをしたら……一体どうなる?
してもいいのか?
もし。
もしも僕が今それをしたら。
――“十年積み上げた信仰”が崩れてしまうじゃないか!
ざわめいている――
ざわめいている!
部屋中がとにかく騒がしい! また気配が増えている気がする!
この【三資料室】のあちこちで、
僕らを刺すような鋭い視線を絶えず感じる!
この男は、他人の動揺を敏感に感じ取ることが出来るようだった。
「どうして人はそれを信じると思う?」
呑まれていた。
僕は完全に手玉に取られている。
「全ては受け取った側に委ねられる。他人がどう思うかではなくて、自分がどう感じるかだ。人は信じたいものを信じる。そしてそれは正しい。間違っていない、ではなくて正しい。〈さくら姫〉の伝説がすんなり受け入れられたのも、それを町の人が信じたからだ。信じるだけの材料を、彼らが自分の目で見つけたからだ。だからそれは正しい」
木多は笑いながら、“それ”を放った。
「“言葉”はね、柴崎君。形を宿すのです」
――そんなこと、僕は知っている!
これまで幾度となく振り回された。言葉は凄い。つくづくそう感じる。
先輩たちの一言で、僕は発奮するし、悲嘆にも暮れる。
たった一人の言葉でそうなのだ。
勝手に歩き出した噂話は、何十、何百、何千もの人を介し、
時に“怪物”となるのは当然だ。
「本当に、人を煙に巻くのがお好きなんですね」
僕の隣で、景山部長が冷ややかに呟く。
「先生にとっての言葉は、どうやら限定的にしか使われていないようです。そのツールは、もっと豊かに表現しなくてはならないのに。文字は目から、言葉は耳から。素晴らしい言葉は、まるで音楽のように人の心を震わせる。相手に思考をいちいち促す言葉は、良い言葉ではありません」
しん、とする。
彼女が口を開くと、それまでの喧騒がウソのように引いた。
先生は僕の前で大げさに両手を広げる。
「景山さん、やっぱり、とっても素晴らしいです“貴方の言葉”は! これぞ“至高の言葉”ではありませんか!」
「――いいえ先生。“至高の言葉”とは、その一言で完結するものです」
景山部長は、木多先生が発した言葉を一笑に伏すのだった。
「先生が作ったお話は、どんなに出来が良かろうと人々の記憶に残らない。噂なんて、そんなものなんですよ」
木多先生が鬼気迫る表情で景山部長を睨みつける。
彼女には、最初から分かっていたのだ。
景山部長が〈ヨット高七不思議〉に興味を示さない本当の理由は、
それが徒労に終わることを知っていたからだ。
現にこれだけの謎を調査して、僕の手には何が残った?
ほんの微々たるものじゃないか。
「教えてください先生。高校生だった木多孝造がしたかったことを。真実は自分たちで見つけます。そうでしょう柴崎君?」
しかし、そこに僕は価値があると思う。
他人から与えられるものでなく。
思ったまま、感じたまま。
自分の内に最後まで残るもの。
たとえそれが、どんなに小さなものだったとしても。
それこそきっと、僕が求める“真実”なんだ。
まるで打ちのめされたように木多は、
ぽつりぽつりと中空に向かって独り言を呟くと、
やがて僕たちに向けて淡々と語り始めるのだった――




