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けっせん.4


「“頼まれていた物”を届けに来たわ。ぎりぎり間に合ったかしら」



 景山部長はそう言って、薄っぺらい一枚のプリント用紙を差し出す。

 慌てて部屋中をひっくり返したのだろう。安価な茶色のプリント用紙には、

 いくつかの爪の跡が付いていた。



「刷った方でごめんなさい。それでもなんとか見つけた一枚なの。大きい方の、壁新聞だったら丁寧に保管してあるんだけど、こういった場合は持ち運びに不便ね。これからは一枚一枚、こちらの縮小版の原稿もスクラップしておかないと。穴を開けるパンチに、それを留めるファイル代。帰ったら早急に申請しましょうか」


 そして、景山部長から僕は、噂を紐解く最後のピースを受け取った。



「とても上手く出来たシナリオだったって、先生に言ってあげて」



 僕は先月号の〈ヨット高新聞〉を木多先生の前で広げた。


「これは先生も御存じの、僕たちが制作した新聞です。注目していただきたいのは、この左隅の特集記事」


 そこには秋山呉介の思いつきで見切り発車された

 『知られざる地下世界! 【四戸商店街】の足元に拡がる世界はこうだ!』の

 文字が、でかでかと躍っていた。

 空いている小さなスペースには彼が暇つぶしに描いた、

 手足を生やした水道管が陽気に手を振っている。


「始めに言っておきますと、これは問題の多い記事です。取材は現場に行かず、暖房の効いた【四戸町役場】で全て済ませています。それに内容が酷い。言い訳したくありませんが、僕が初めて書いた記事です。部長の手直しも入っていません。そして何より題名が最悪――」

「柴崎君。勝手に自己嫌悪になってないで、話を先に進める」

「す、すみません! こッ、この記事では【四戸町】に広がる地下世界を紹介しています! “下水道”です! 小さいですが、この図を見てもらえば分かる通り、【ヨット高】の下にも一本通っています。……僕は〈さくら姫〉こそ、一戸清次郎さんの娘である仮説を立てました。その障害となるのは“彼女の行動範囲”。現実のラヴィーニャも、表だって行動する自由を制限されていたはず。何故なら彼女は生まれつき身体が弱く、そう簡単に家から出してもらえるとは思えませんからね」



 夕闇が【第三資料室】を包み始めている。

 その窓の向こうで人影が揺らいだ気がした。



 あの影。

 そこで僕たちを見ているのか?



 ラヴィーニャ――



「しかし、それだと綻びが出てしまう。彼女と〈さくら姫〉は“同一の存在”とはなり得ず、伝説が効力を薄めてしまうかもしれない。〈さくら姫〉の物語によると、許されない恋に落ちてしまった彼女は、“誰にも見つからないように”恋人と会い、そして終焉の地である【奥入瀬川】へと出なければならない。きっと貴方はその方法を探したはずだ。これは僕が見つけたルートです。自由を奪われたラヴィーニャと、外の世界を繋いだのは“地下”です。“地下通路”を使えば、彼女たちはどこにだって行ける」


 木多先生が嫌な笑い声を部屋中に響かせる。


「アッハッハッハ! それは面白い。しかし現実的ではありませんねえ。いいですか? 若い乙女が、どうして好んで汚らしい下水道を使うと本気で思うのです。いや、やっぱりそれはないでしょう。机上の空論です」


「木多先生。“机上の空論で成り立つのが噂”です。言いかえれば、可能性さえ見出せば、噂は決して死なないんですよ。それは貴方が良くご存じでしょう? 武笠先生は、どういった立場で居るんですかね。共犯なのか、それとも本当に貴方に騙されていたのか――いや、騙されていたとは考えにくい」

「確かに出来た話です。しかし、それを特定する決め手とはならない」



 影が――増えた。

 窓の向こうに影ふたつ。

 更に増える。


 それらは僕の視線を受けると目の前のコンクリート壁をすり抜け、

 なんと! 僕たちの居る【第三資料室】に入ってくる!


「どうしました?」


 あちこちで囁かれる男女の話し声が僕の耳をなぶる。

 この部屋に居るのは僕と景山部長と、木多先生の三人だけ。他は()えない。



 しかし、明らかに人の気配がする。




 ――どれだけの数が詰めかけているのだ! 




 僕は景山部長を青褪めて見た。

 それでも彼女は不思議そうな表情を隣で返すだけ。


 まさか、気付いていない? この明らかな状況の変化に。


「どうしました柴崎君。私のしたことを証明出来ますか?」

「……ええ。残念ながら、僕の仮説を裏付ける決定的な証拠は現時点で乏しい。しかし僕は、この日をどうしても逃したくなかった。準備不足は明らかですが、それでもここに来たのは今日を置いて、“この一連の真相に迫れる機会などない”と考えたからです!」



 心臓は高鳴っている。



 僕は先生に向けて言った。


「後ろを向いてください木多先生。その肖像の前で、貴方は同じことが言えますか? 何もしていない、と」

「さて。それほど悪いこととも思えませんけどねえ。〈さくら姫〉とラヴィーニャ。貴方の話を聞く限りでは、彼女たちは名前は違えど、もはや“同一の存在”ではありませんか? 一方ではラヴィーニャで、もう一方では〈さくら姫〉と親しみを込めて呼ばれている……不都合がありますか?」

「僕はこう考えます。ラヴィーニャは、昼の世界の住人だった。しかし彼女は〈さくら姫〉に存在を取って代わられ、自身は昼でも夜でもない、逢魔時(おうまがどき)にしか存在を許されなくなった」




「〈さくら姫〉とラヴィーニャは“同一人物”などではありませんよ! 彼女は概念ではなく、今も僕たちの世界に“ちゃんと存在している”!」




 名を与えれば、その性質を備えてしまう。

 商店街の人たちに愛される〈さくら姫〉は、そうなるように作られた。


 彼女――ラヴィーニャとなるように。


 しかし、まったく同一の存在とはならなかった。元からの性質が違うからだ。



「参考までに聞かせてください。君が考える“私の罪”とはなんですか?」

「町の歴史の改ざん」



 それは、枠に収まりきれないほどに膨らんでしまっていた。

 僕の手には容易にこぼれてしまう。


 しかし、もうひとつの方は――


「一人の少女を闇へ追いやった」


 僕の手でも救える。



 

「発信者は貴方ですね」




 これを記事にするなど不可能だ。


「どうして、これほど手の込んだ真似をしたのです」


 何故なら、この話には実体がない。

 長身のその男は背を向けたまま、

「頼まれたからだよ」と淡々と言った。



「それは誰にですか」



 真実を追求する彼女の口調は鋭い。

 彼女の唇から発せられた力強い言葉は、

 僕の『魂』をいつも激しく震わせるのだ。


「まだ、“この先”があるとお思いですか」


 それを聞いた僕は例えようのない、

 得体の知れない恐怖を感じてしまった……。


 雪のように白い肌をほのかに色付かせ、

 美しい彼女は凛として問い質す。


「満足でしょう。貴方の“仕掛けた壮大な謎”を解こうと、奔走する私たちを見て」



 男は、ゆっくりとこちらを振り向くと、(わら)った――




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