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けっせん.3


「……マヤカシ、ですか。君が思う根拠を教えてください。確かな証拠をね」


 思わず微笑する。それを見た木多先生は眉をひそめた。


「証拠ですか。ありませんよ、そんなもの。ただ匂うんです、プンプンと。これは明らかな、“誰かが意図的に作り上げた”偽物の歴史です」


 先生はこちらを見返している。

 その後ろでは、一戸清次郎が僕らを静かに見据えていた――


「何を言うかと思えば。それは言いがかりです柴崎君。確かに〈さくら姫〉の出現は、君が感じるように唐突な印象を抱いてしまうかもしれません。しかし、それも仕方のないことなのです。何故ならば、“近年までその伝承が埋もれていた”からです」

「それを見付けたのが、学生だった木多先生ですか」


 すると木多は僕の顔をまじまじと見つめ、やがて高らかに笑い出す。


「いやいや。君の想像力には感服します」

「先輩に言わせると、それが僕の“武器”だそうです。しかし、あながち僕の妄想というワケでもない。実は、ここに来る前に確認してきました。この建物を管理する学芸員の白瀬さんによると、ここには四戸周辺の郷土史をまとめた同人誌があるそうで、それによると〈さくら姫〉に関する記述が確かに存在するようです。僕は白瀬さんの口からこの悲恋物語を知りました。そしてそれと同時に、“その同人誌を編集した人の名前”を聞いて確信しました」


 嫌な笑い声がぴたりと止まる。


「世に〈さくら姫〉を出した者。それは当時も今も〈ヨット高新聞部〉の顧問――」


 木多はまったく動かなくなった。

 表情は死んでいる。




「武笠先生」




 鍵を握っていたのは、部員である僕たちにとって最も身近な老教師だった。


 いつも飄々と【職員室】で茶をすする好々爺。

 現在の〈ヨット高新聞部〉と、そして過去の〈ヨット高新聞部〉を繋ぐ“鍵”。



「武笠先生が捏造した――と、君はまさか言うのですか?」

「ですが、彼女の性質を決めたのは、貴方ですよ木多先生」


 あれほど圧倒的な存在だった先生が、今ではさほどに感じない。


 形なき実体に惑わされてはいけない。

 僕が今するべきことは、十年という歳月によって幾重にも覆われたマヤカシを

 ひとつひとつ払い退け、その奥で巧妙に隠された真実まで辿り着くこと。


「学校で噂される怪奇現象、〈ヨット高七不思議〉の中に〈歩き回る少女〉という噂話があります。ご存知ですか?」

「さて。聞いたことはあるかもしれませんね」

「僕は、その噂の検証をしていました。寄せられる目撃証言はバラバラで、最初は雲を掴むような話でしたが、調べていく内に輪郭が見え始めました。彼女は幼い。それは大恋愛の果て、恋人の男性と自殺をするような人では少なくともない」

「話が一向に見えてきません。君は何が言いたいのです?」


「単刀直入に言いましょう。当時、新聞部だった貴方は僕と同じく〈ヨット高七不思議〉に興味を持ち、その真相を突きとめようとした。そこで〈歩き回る少女〉の噂に出会い、この陰謀を企んだ。“事実のすり替え”をね」


「事実のすり替えとは」

「とぼけないでください。その偉大な肖像の前で、貴方は真実を告白するべきだ! 一戸清次郎の一人娘――ラヴィーニャが、【四戸商店街】のマスコットキャラクター、〈さくら姫〉の“モデル”であり、貴方の陰謀によって“同一人物”にされてしまった可哀想な“被害者”であると!」

「そこに居るのは景山さんですか?」



 驚いて振り返る。


 後方の暗がりに現れた彼女は音もなく前に進み出ると、

 とても美しい微笑を浮かべた。



「“頼まれていた物”を届けに来たわ。ぎりぎり間に合ったかしら」





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